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第三十九話

 ルーガは黒く大きな獅子にも怯むことなく立ち向かった。相手は体が大きい分、いささか俊敏さに欠けていたのだ。黒獅子の懐に飛び込んで各急所を正確に狙っては身を引く、という動きを繰り返すと、徐々に優劣が目に見えて表れ始めたのだった。

 もちろん、ルーガを敵とみなしている獣も必死である。一番の武器となる太く鋭い牙と爪を最大限に活かし、一撃必殺を試みてはくる。が、しかし、黒竜族の大きな特徴の一つである皮膚の竜化――褐色の肌色がさらに濃くなり、竜のごとく硬化するのだ――によって、鋼鉄の鎧よりも強固な守りを手に入れた金の竜には文字通り歯が立たなかった。

 若き黒竜族長の実力の一端を見せつけられ、慌てたのはトラロック王国からの侵入者たる図書館員二人である。このままでは守護獣を倒され、自分たちまで捕縛されてしまう。そうなれば、黒竜族長の許可なくこの双竜山に足を踏み入れている事実が露呈し、王立図書館から除籍されてしまうだろう。焦燥感からそんなことを考え、保身に走ろうとする二人の研究者は未だ若く、ともすればルーガよりも年下のようだ。こういった危機に対処するには経験不足なのか、もっとも単純な行動、つまり、逃げの一手に出ようとお互いに頷き合った時であった。

「ルーガ……!」

 はっきりとした少女の声が聖域に響くと共に、白い光の塊が徐々に近づいてくるのが誰の目にも明らかに分かった。すると、その光との距離が縮まるにつれ黒獅子の動きが鈍くなり、ついにはルーガに歯向かうのを止め、その場に伏せておとなしくなってしまった。

 声に背を向けていたルーガもさすがに驚き、黒獅子が目を閉じて完全に静止したことを確認すると、すぐさま自分の名を呼ぶ少女――ルシフェルカの声に振り返った。


 その光景はまばゆいばかりに神々しくも優しいものであった。


 聖域の緑の絨毯の上をゆっくりと歩むルシフェルカは白い光に守られ、まるで精霊の女王の示現じげんを思わせた。光に目が慣れてくると、視力が未だ回復していない少女は、美しい金色の髪の青年に手を引かれていることが分かった。その青年は、ルーガが風の精霊・流星と一体化した際に出会った異界の青年だ。

 異界の青年は、驚愕の光景に絶句した三人の人物らに気付くと、新緑色の瞳に楽しげな光をきらめかせてやわらかく微笑んだ。

「異界の者を視認できるなんて……これは被検体が引き起こす幻覚か」

 トラロック王国の王立図書館員のうちの一人が思わず呟いていた。

 あくまでもルシフェルカを被検体と称する輩に舌打ちしたくなったルーガであったが、今はそのような小さな怒りよりも、先ほどまで瀕死状態であった少女が目覚めてくれた喜びのほうが勝っていた。

「ルシカ。よかった、意識が戻ったんだな。歩けるまでになるなんて、ちょっと予想外だったけどな」

 ルシフェルカが伸ばした手をそっと掴み引き寄せたルーガは、そのまま目の見えない少女を抱きしめた。

「ルーガ、怪我はない? ああ、また目が見えなくなったから、あなたの様子がわからないわ」

 風の眷族である青年が手を離したため、再び視力を失ったルシフェルカは、ルーガに抱きしめられたまま不安げに問うた。おそらく、視力同様に回復しきれていない体は間もなく力を失うであろうことは分かっていた。

 だから、ルシフェルカはいつになく口早になっていた。

「ルーガ。ごめんなさい、ルーエをあんな目に遭わせて。この後、私が再び倒れたら、どうかそこにいる王立図書館員の方たちに引き渡して。そうしたら、もう守護獣を連れてこの双竜山に入ったりしないと思うの。ルーガや黒竜族の里の人たちがこれ以上危険な目に遭わないように――」

 そんな謝罪するルシフェルカの言葉を遮るように、ルーガが少女を抱きしめる腕の力を強めた。まだ色を失っている柔らかな髪を撫でながら、叱りつけるように囁く。

「謝る必要なんてない。お前は自由なんだ、戻りたくもない場所になんて戻るな」

「ルーガ、でも……」

「俺の傍にいてくれ」

 ルーガの言葉に、ルシフェルカのか細い体が震えた。あまりにも嬉しい言葉であったが、その好意に素直に頷くことはできなかった。その迷いに気力が引き寄せられるように、少女の体から徐々に力が抜けていき、同時に白い光も消えてなくなっていった。

「ルシカ!」

 糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた少女の体を支えながら、ルーガは痛む胸の苦しさに眉間にしわを寄せた。

 ルシフェルカの苦しみを取り除くことはできないのか。どうしたら、あの優しい笑顔でいてくれるのだろうか。その答えは、黒竜族長として考えたところでわかりはしないのだ。

 生まれてから今まで、黒竜族長として判断することが当然で、それがルーガ個人の判断であると思っていた。だが、愛する少女に出会い、彼女と黒竜族を秤にかける事態になって初めて気がついた。

 黒竜族長である前に、ルーガはルーガであったのだと――。

 そう気づくと、自嘲気味に微笑んだルーガは、ルシフェルカの白い額に口づけた。

 そして、背後で絶句したままの王立図書館員らを振り返ったのだった。


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