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第三十一話

 ルシフェルカたちを追い求めて館を飛び出したルーガは、いつになく焦燥感に駆られ息苦しさを感じていた。

 山道の木々の枝が大きく揺れるほどの速さで疾走しているからではない。

 己の半身とも言える風の精霊『流星』の風の石に対する反応が芳しくないのだ。

「ルシカ……俺を思ってくれ。風の石に想いをこめてくれ」

 早春の牡鹿のごとく跳躍するように駆けながら、ルーガは苦しげに呟いた。

 ルシフェルカに危険があった際にすぐさま駆けつけられるよう、流星と呼応し合う風の石を渡したのだが、なぜかその風の精霊は時折迷ったように速度を落としてしまうのだった。

 ルーガは生唾を思わず飲み込んでいた。

 いかなる時も楽観主義を自負する若き黒竜族長は、嫌な予感がじわじわと大きさを増すのを自身でも止めることができなかった。

 珍しく不安という彼らしからぬ気持ちの中、ルーガは出立前に聞いた右竜・リノンの言葉を思い出していた。


『ルシフェルカはね、長くないってトラロックの医者に言われているのよ』


 驚きのあまり絶句したルーガに、リノンは追い打ちをかけるようにこうも言った。


『今度大きな力を使ったら、命が危ないかもしれない』


 トラロック王国は王立図書館で被検体として扱われたルシフェルカの小さな体は悲鳴を上げ、限界に達しようとしていた。そうなる前に研究所から脱出させ、少しでも生き永らえられるようにと、義理の兄二人がリノンにルシフェルカを託した。寂しさはあるかもしれないが、静かで平穏な日々を取り戻してやるために。

 そうやって双竜山で人知れず暮らし、木々の生命力を徐々に吸収しながら自然な笑みを取り戻すまでに回復した少女はしかし、またしても命の危険にさらされようとしている。

 ルーガは、また速度を落としてしまった流星を苦しげに見上げながら、生まれて初めて自分の力不足を思い知ったのだった。

「くそっ……」

 ルーガは自分自身の不甲斐なさに舌打ちした。

 結局ルシカのためになることを何もしてやっていない。自分には黒竜族長としての力量が十分に備わっていると自負していた。しかし、この有様はなんだ。風の精霊頼みで、うろたえるしかないとはなんと無様なことだ。

「俺は何をしている」

 己の無力さを呪いながら吐き捨てるように呟くと、ルーガは完全に歩を止めた。

 開き直ったのかどうかはその厳しい表情から正確な感情を読み取ることはできなかったが、何かを決断したということだけは背中から立ち昇る気迫で知ることができた。

「流星、ごめんな、任せてばかりで」

 ルーガは、優しくまとわりついてくる淡く光る風の精霊に微笑んだ。そして、すぐに表情を引き締めた。

「でも、お前はこの黒竜族長、ルーガ・レクスの相棒だ。だから力を貸してくれ。その代わり、今度は俺もお前に協力するからな」

 そうだ。風の石を感知する流星にだけ頼っていてはいけない。その逆に、こちらから風の石の気配を探し当てるのだ。流星とその主であるルーガが力を合わせてルシフェルカの居場所を突き止めればいい。

 ルーガの冴えた青色の双眸に光が閃いた。

「弱気になっている暇はないぞ。絶対にルシフェルカを探し出してみせる」

 不吉な予感に折れそうになっていたルーガの心は、愛おしい少女の存在によってみるみるうちに立ち直る強さを得たのだろう。

「流星、俺の中に入れ」

 今までほとんど精霊との一体化をしてこなかったルーガが、流星を求めた。精霊を体に取り込むということは、非常に精神力を要する行為で危険だ。失敗すればそのまま精霊に心を奪われてしまう。人間と人ならざる存在が相容れない理由の一つである。

 だが、今のルーガに躊躇している暇はなく、また、流星に精神を支配される不安もなかった。

 首筋からするりと入り込んだ流星を感じながら、ルーガは春の泉のような優しい水色の瞳の少女を心に思い浮かべ、双竜山そのものを感じるため、そっと両目を閉じたのであった。


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