第三十話
負傷したルーエにまっ先に駆け付ける余力があったのはルシフェルカだけで、イオンとユルグ老は少女の特異能力の影響を受けて地にうずくまったままであった。
「……ルーエ、ルーエ」
ルーエの腹部からは止めどなく赤い血があふれ出しており、ルシフェルカはわななく唇で幼い少年の名を呼び続けた。止血を試みたが、努力も空しくまったく効果がなかった。
ルーエの命が徐々に無くなっていく恐怖に、ルシフェルカは助けを求めてイオンやユルグ老を振り返るが、未だ動ける状況にないのは明白であった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。私のせいでこんなことになってしまって」
ルシフェルカは、自分に手を差し伸べてくれたすべての人々にそう呟いていた。
山小屋で静かに暮していればよかった。
これは罰なのだ。ルーガをはじめとする人々の厚意に甘え、油断し、あまつさえ自分が犯した罪さえ忘れかけていたことに対する戒めにほかならない。
ルシフェルカは涙を堪え、ふと天を仰いだ。
頭上には森の緑が天井を作り、風に揺れる葉音が静かに心に染み入った。その音はルシフェルカに大地と光の精霊の声を伝えていた。
「みんな、ありがとう」
小さく呟くと、ルシフェルカは死にかけているルーエを守り包むように抱えなおした。
「絶対に死なせないから。助けてみせるから――」
意識を失った少年にその声が届くことを祈りながら、ルシフェルカは精霊たちにこう言った。
「地の精霊よ、我が右手に。光の精霊よ、我が左手に宿れ。この躰を道としかの者の糧となれ」
淡々と紡いだ言葉に、束の間風がぱたりと止んだ。次いで、地上からうっすらと湯気が立ち昇ったかと思うと、ルーエの腹部に当てていたルシフェルカの左手が白銀色に淡く光ったのだ。
「ルシカさん、だめだよ……!」
いち早く回復し始めたイオンが、悲痛な叫び声を上げた。ルシフェルカが自分の体と命を媒体とし、周囲の精霊たちの命をルーエに分け与えていることがすぐにわかったのだ。
それもそのはず。周囲の緑から気を吸収した大地の精霊が地熱を立ち昇らせ、その力を取り込んだ光の精霊がルシフェルカの命に従いルーエの中にゆっくりと溶け込んでいくのが見てとれた。
幼い少年一人に、どれだけの膨大な気が必要か。それは周りの木々の葉が黄色く枯れていくことでイオンやユルグ老にも実感することができた。
かつて、トラロック王国は王立図書館員に強要され、ルシフェルカが広大な森をまるごと枯らして何十人もの図書館員の命を救ったという話も事実であることがこれで疑いようもなくなっている。
そうして、常人には信じがたい光景――精霊たちの働きは十本指を二回ほど数えるうちに終わり、間もなくもとの穏やかな森の静寂が帰ってきた。