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第二十八話

 ルシフェルカら一行は疲れを知らず、薬草ブラン・オールを求めて慣れ親しんだ双竜山を歩き続けた。この日は天候にも恵まれたのが幸いしたようだ。

 少女が住んでいた山小屋を通り過ぎると道らしい道が徐々に減り、黒竜族の男衆による巡回用の細道ばかりになった。

 一行の前後の組み合わせはいつの間にか変化しており、案内役であるルシフェルカの横にはユルグ老、その後ろをイオンとルーエが兄弟弟子らしく道端の草草について話しがはずんでいた。

『もうすぐだと思います。大地から、ブラン・オールの気を感じます』

 ルシフェルカが見せた妖精の髪が織り込まれた手巾に浮かんだ文字を見て、毒物監査係長であるユルグ老は、気難しそうな面持ちで顎をさすった。

「何度見ても不思議な布ですな。ただの絹布にしか見えませぬ」

 生来好奇心が旺盛なのであろう、ユルグは一瞬ブラン・オールのことなど頭から消し飛ばしてしまっていたようで、控えめな少女のかわいらしい笑い声に我に返った。

「これは失礼。この手巾に言霊を吹き込む能力といい、ブラン・オールの気配を感じることといい、ルシカさんの実のご両親はきっとウォルド王国ご出身なのでしょう。貴重な力です。大事にされたほうがいい」

 普段のユルグを知っている者からは想像もできないほど優しい口調だった。

 ルシフェルカはすかさず手巾に息を吹きかけた。

『気味が悪くありませんか』

「あなたの人柄を見てそう思うのは、研究狂いの輩とよほどの臆病者でしょう。あなたは堂々とされるべきだ」

 ルシフェルカはユルグの優しいまなざしに胸が温まるのを感じると同時に、目頭が熱くなった。鬼の監査係長の少しくすんだ青い瞳にはやはりルーガと通じる輝きとぬくもりがあり、その心地よさに心から安堵の笑みがこぼれた。

 と、そのときであった。

「……何」

 思わず声に出して呟いてしまうほど唐突に異変を感じたルシフェルカは、冷水を浴びせられたかのように青ざめ、立ち止まって背後を振り返った。

 その瞬間、小道を外れた雑木林から大きな葉ずれの音がしたかと思うと、雄の猪ほども大きい黒い物体がルシフェルカの視界をすばやく横切って行ったのだ。

「ルーエ!」

 先に叫んだのはイオンであった。

 そう、大きな物体は、偶然ほんの数歩だけイオンより前にいた幼いルーエに飛びかかるや否や、その体を(くわ)えて着地、人を警戒するように咽喉を鳴らした。

「これは、トラロック王立図書館の守護獣ではないか」

 孫であるルーエが獣に咥えられるという信じがたい光景に呆然としたユルグが声を震わせた。

 獣は、良く見れば猪ではなく黒毛の獅子であった。大陸の南部にしか生息しない獅子は通常黄金色の皮毛をしているのだが、改良を重ねられた結果、夜闇にも似た黒毛となり、トラロック王国が誇る護身獣として世間に認知されるようになったのだ。しかし、未だその気性に問題があるため、表だって連れ歩けない現状があり、図書館員が危険な調査を行うときのみ檻が解錠されるという猛獣なのだ。

「なんと……いうことだ――ルーエ!」

 ユルグ老が絶望の声を上げ、イオンもまた血の気が失せた顔色で言葉を失っていた。

 なぜ、このようなところに王立図書館員ではなく猛獣がいるのか。

 なぜ、幼いルーエが目の前で猛獣に捕まらなくてはならないのか。

 なぜ、なぜ、なぜ……!

 イオンはもとより、ユルグの頭の中でさえ混乱が渦を巻き、咄嗟の判断ができずにいた。

 黒獅子の顎からは赤い血液が滴り落ち、餌となった少年は微動だにせず、その生死を判断することはできなかった。

 そんな中、大気中に染み入るような静かな少女の声がした。

「イオン、ユルグさん――さがっていてください」

 黒獅子を見据えたままのルシフェルカであった。

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