第二十六話
「ねぇ、ルシカ姉ちゃん。あのね、ぼく、お姉ちゃんにあやまることがあるの」
そう言ってルシフェルカの袖を軽く引っ張ったのは、林檎のようにおいしそうな頬が愛嬌のある少年・ルーエである。時には母親よりも口うるさい兄弟子のイオンが後ろに退がってしまい、祖父であるユルグと何やら話し始めたので、これ幸いとしおらしく切り出してきた。
当然、何を謝罪されるのか思い浮かばないルシフェルカは、淡い栗色の髪を揺らして小首を傾げた。しかし、ルシフェルカの瞳をまっすぐ見上げるルーエのまなざしは真摯なもので、幼いなりに覚悟を決めての発言のようであった。
『どうしたの』
ルシフェルカが唇だけ動かして問うと、ルーエはほんの少し泣きそうな顔をして、口を開いた。
「あのね、ルシカ姉ちゃんちの野イチゴをかってに食べたことがあったでしょう?」
ルシフェルカは笑顔で肯いたあと、気にしていないと唇を動かして伝え頭を横に振った。
「うんとね、野イチゴのことは、おじいちゃんにもうんと怒られて、すごくはんせいしたよ。でもね、今日あやまるのはね、『まほう使い』とか言ってごめんなさい、なんだ」
ルシフェルカは驚いて目を丸くし、文字通り絶句した。確かに、山小屋の庭で野イチゴの盗み食いをしていたルーエと遭遇した時、ルーエは言っていた。『ここはまほう使いの家なんだぞ! まほう使いは双竜山に住んじゃいけないんだから、かってに入ってもいいんだもん』と。だが、一時傷ついたものの、その後ルーガやリノンにイオン、そしてほかでもない明るいルーエ自身のお陰で、そのようなことは忘れて過ごすことができた。
ルーエはルシフェルカが怒ったりしないことが分かっているようであったが、それでも必死に弁解した。
「まほう使いって言ったのはね、お姉ちゃんの庭にはいろんなきせつの植物がそだっていたからなんだ。あと、イオン兄ちゃんがそだてるのがむずかしいって言っていたブラン・オールがあったし。それでとってもひどいことを言っちゃった……。イオン兄ちゃんが、お姉ちゃんは体がよわいかわりに、しぜんとなかよしなんだって言ってた。それなのに、あんなこと言って、ほんとうにごめんなさい」
どんぐりまなこを潤ませ、迷子の子犬のように頼りなげにルシフェルカを見上げて謝罪する姿に、ルシフェルカの目頭が熱くなった。いつも天真爛漫に見えたルーエは、ずっと心を痛めていたのだ。言われた本人すら忘れてしまっていた小さな言葉に。
今日までの心優しい少年の心痛を思うと居ても立ってもいられなくなり、咄嗟に立ち止まったルシフェルカは、ルーエのふっくらとした温かい子どもらしい体を抱きしめていた。
「ルーエ、大好きよ」
短い言葉だが、今度は声に出してそう呟き、林檎の頬に唇を寄せた。
「ぼくもルシカ姉ちゃんのことだいすき!」
ルーエは白い歯をのぞかせて満面に笑みを浮かべた。そんな表情はどことなくルーガの面影があり、ルシフェルカも目を細めて微笑んだのであった。