第二十三話
冬の名残である薄寒さが消え、ようやく春らしい暖かさに満たされた双竜山は黒竜族の里では、ヨモギの新芽摘みにいそしむ里人の姿が多く見られた。
ヨモギは、大陸では東の大国とこの双竜山にもっとも多く自生しており、多年草である上に薬草として大変有用だ。春は食用、夏以降には健胃剤、そして怪我をした際には止血にも利用できる。特に健胃剤は、黒竜族の里で外部に提供している薬の中でもかなりの人気を誇るありがたい植物なのだ。そのありがたいヨモギはいたる所に生えているため、新芽摘みは子どもにうってつけの仕事なのだろう、かごを小脇に抱えた少年少女たちのはしゃぎ声が響き、それは春風の精霊の来訪を歓迎する里の行事のようなものになっていた。
そんな子どもたちを横目に、山奥へと分け入ろうとする一行があった。ルシフェルカとイオン、そして監査係長を務めるユルグ老に孫のルーエである。
「ルーエ、今日は仕方ないとして、明日はヨモギ摘みをしろよ」
ルシフェルカの左隣を歩くイオンは、同じくルシフェルカの右隣を陣取っている幼い少年ルーエに渋い顔をして見せた。
同じユルグ老の弟子として、兄弟子であるイオンはルーエの面倒をよく見ている。薬草の知識に関してもそうだが、生活態度に至るまで弟弟子の行動に責任を持つことが使命だと思っているようであった。今日も、ユルグがルシフェルカの案内でブラン・オールの群生地を見に行くとわかると、ヨモギの新芽摘みを放り出してついてきてしまったので、明日きちんと仕事をさせなければならない。
「わかってますよぉ。あしたはルシカ姉ちゃんといっしょにヨモギをつむんだもんね。そうだよね、ルシカ姉ちゃん」
幼さを武器に、イオンに当てつけるようなわざとらしい表情をしながらルシフェルカの細い腕に絡みついたルーエを見て、イオンは思わず声を荒げた。
「お前っ。ルシカさんに手伝わせるなんて、何てずうずうしいんだ。そういうことなら、今から帰ってヨモギ摘みをしてこい」
「やだ。ルシカ姉ちゃんといっしょがいいんだもん」
「ルーエ!」
まるで本物の兄弟喧嘩である。それだけ親密である証拠なのだが、こうなると誰かが止めなければならない。三人の後ろを黙って歩いていたユルグ老がいよいよ口を開きかけたときであった。
「喧嘩はなしよ」
ルシフェルカの穏やかな声が、イオンとルーエを一瞬にして黙らせた。
「……ルシカさん、声を出しても大丈夫なんですか」
心配そうに問うイオンに、ルシフェルカは首肯した。
「短い言葉なら大丈夫よ」
力の制御ができるようになっているのは、イオンや皆のお陰だという言葉を聞き、イオンの表情がみるみる明るくなった。
「これはますますブラン・オールの繁殖方法の研究を進めなければなりませんな」
いつも厳格なユルグも相好を崩している。
「ぼくもおじいちゃんとイオン兄ちゃんを手伝うよ」
頼もしい申し出は、天才と謳われる兄弟子に鍛えられているルーエのものだ。
喧嘩などいつの間にかどこへやら消えてしまい、四人の道中は出発前よりも穏やかな空気に変化していた。
ルシフェルカはイオンら三人に礼を言うと、春の陽光に目を細めた。
甘い草の香り、そして瑞々しい力に満ちた大地の力。
全てがルシフェルカの命を助けてくれていることを強く感じた。ルーガの言うとおり、この双竜山からたくさんの元気を与えられていることに改めて感謝したルシフェルカであった。