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第二十二話

 それからしばらく、双竜山に不法侵入者を報せる笛が鳴り響くことはなく、黒竜族の里に平穏な日々が戻っていた。

 ルーガの館に身を寄せるルシフェルカの体調も良好で、彼女の体調管理を理由に同じく館で寝食をともにするイオンも舌を巻く回復ぶりであった。それもそのはずで、ルシフェルカの首には、あの痛々しい呪具を着ける必要がなくなったのだ。今は『呪具の咎め』の痕を白い包帯が覆っている。

「おはようございます、ルシカさん。今日の体調はどうですか」

 よく晴れた朝、厨房裏から顔を出した朝陽の輝きに勝るとも劣らぬ金髪をしたイオンが、裏庭の干場で洗濯物を竿にかけているルシカの背中に声をかけた。

『大丈夫よ。とても良いわ』

 笑顔で振り返ったルシフェルカは、声は出さず、唇だけゆっくりと動かしてイオンに応えた。

「よかった」

 ルシフェルカの穏やかな笑顔を見ただけでイオンの頬は思わず緩んでいた。純粋に少女の回復が嬉しいのと、自分の仮説――つまり、異能力と免疫力が密接に関係しているということが間違いではないとの確信が持てたからである。

 上機嫌なイオンの様子に、ルシフェルカは苦笑しつつ、心の底から感謝していた。たしかに、双竜山は『薬草山』と異名をとるだけあり、道端に生える草一本にしても他とは異なる強い生命力を帯びているため、ルシフェルカが精力を分け与えてもらっても枯れ果てたりしない。しかし、なんといってもイオンが調合するブラン・オールの丸薬の効能は素晴らしく、ルシフェルカの体力が一気に向上したのは紛れもなく目の前にいる小さな天才薬草学者のお陰であったのだ。

 体の調子が整えばその分心も軽やかで、何をするにしても楽しいと思える気持ちになれたことに、ルシフェルカは涙が出そうなほど喜びを感じていた。




 朝食後、里人とともに山の巡回に出かけていったリノンとギルウスを見送ると、ルシフェルカは庭の手入れをしに裏庭の道具小屋へと足を運んだ。

 と、そこにはルーガがすでに佇んでおり、ルシフェルカに気づいて笑顔で振り返った。

「ルシカ、また庭の手入れをしてくれるのか?」

 長身の青年に歩み寄りながら、ルシフェルカは肯いた。

『ここの庭の奥に、野イチゴが群生しているのよ。毎日少しずつ収穫して砂糖漬けにしたらルーエが喜ぶでしょう』

 手巾越しにそう伝えると、ルーガはわざと渋面をつくった。

「あいつ、すっかりルシカになついたな。しかもちゃっかりお前が作る砂糖漬けをもらって帰るし。誰に似たんだろうな」

 わんぱくなところは完全に叔父であるルーガに似ていると思ったが、ルシフェルカは小さく笑うにとどめた。

「今、心の中で俺とルーエを同類扱いしたな」

 くすりと笑った少女の心中を読んだルーガが不満げに言ったが、当の本人はあえて否定してみせた。

『それより、ルーガ。こんなところにいるなんて、何か用事でも?』

 ルシフェルカが妖精の髪を織り込んだ手巾に吹き込んだ問いに、ルーガはそういえば、と、話題を変えた。

「そうそう。これを渡しておこうと思って」

 そう言ってルーガは首に下げていた『風の石』をルシフェルカに渡した。

「この石は俺の風の精霊と反応する特別な石だ。俺が傍にいないときに何かあったら、俺の顔を思い出しながらこの石を強く握りしめてくれ。石が光を帯びてきたら、『流星』が反応している証拠だ」

『大事なものでしょう……』

 すまなそうに見上げてくる愛おしい水色の瞳に、ルーガは優しく微笑んだ。

「大事だからこそ、だよ。俺がお前を守りたいんだ。だから、ぜひ持っていてほしい。了解?」

『了解』

 ルシフェルカは素直に風の石を首に下げた。守りたいと言ってくれたルーガの気持ちも嬉しいし、この水晶にも似た風の石から滲み出る澄みきった力が心地よかったのだ。

「さすがルシカ、気づいたか。その石は『流星』の風の力と、大地の力を存分に吸収して生まれた石だからな。お前の体にも良い影響をもたらしてくれると思う」

 ルシフェルカが心地よさそうに石を撫でるのを見て、ルーガが石の説明を補足した。

『ありがとう、ルーガ』

 言葉では言い尽くせぬ感謝の気持ちに、声を出せないもどかしさも手伝って、ルシフェルカはルーガに抱きついていた。これまでに感じたことのない深い安心感と、体中を包むような温かさがさらに生きる気力を補ってくれるのを感じながら。

「ルシカ……」

 ルーガも少女を抱きしめ返すと、至福の時に瞳を閉じたのであった。


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