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第二十一話

 黒竜族長の館に迎え入れられたルシフェルカは、数日のうちに暮らしになじみ、帰郷した右竜・リノンを驚かせた。

「私がいない間に何があったの」

 目を丸くする友人に屈託ない笑顔を返すルシフェルカの声は相変わらず聞くことができなかったが、その様子から体調はすこぶる良好であることが窺い知れる。

 黒竜族長の館の中で右竜にあてがわれている部屋で一息つくリノンに、ルシフェルカは朝食とともに温かい薄紅色の茶を提供した。

『長旅ご苦労さま。疲れたでしょう』

 妖精の髪が織り込まれたこの世の珍品の一つであるスミレ色の手巾には、まず自分のために西の大国トラロックにある実家に出向いてくれたリノンへの労いの言葉が浮かび上がっていた。

 その気遣いに、黒竜族長の片腕である女傑は明るく笑って見せた。

「このくらい、どうということはないわよ。体力ならその辺の男に負けないわ」

 ルシフェルカが淹れた甘い香りの茶に手を伸ばし一口すすったリノンの表情が和むと、そこへ彼女の自慢の甥っ子であるイオン少年が顔を出した。

「リノン伯母さん、お帰りなさい」

 耳朶(じだ)の辺りで切り揃えられた輝かんばかりの金髪をさらさらと揺らしながら、イオンは頼れる伯母の傍に歩み寄った。そうして、リノンの傍にいたルシフェルカに向き直ると、手に持っていた小ぶりの巾着袋を渡した。

「ルシカさん。これ、今日の分のお薬です」

「なぁに、それ」

 イオンに巾着袋を手渡され、声なく礼を言うルシフェルカの手元を不思議そうに覗きこんだリノンに、イオンが快く説明をし始めた。

「それは、ブラン・オールと数種類の薬草を調合した丸薬だよ。一日のうち、三回に分けてその一袋分を飲みきってもらうんだ」

「ブラン・オールはまだ服用する用途では未認可じゃ……」

 心配したリノンは眉間にしわを寄せた。袋を開けて中を見ると、小指の爪よりも一回り小さいくらいの薄緑色をした丸薬がごろごろと袋の底を埋めていた。

 ブラン・オールはその薬効はおろか、栽培方法さえ確立されていない植物で、通常の薬草よりはるかに免疫力を高める作用があることしか知られていない。服用して人体にどのような影響を及ぼすか分からぬものだ。

「伯母さんの言っていることはもっともだよ」

「イオン、このことはルーガとギルウス、それからユルグ老には?」

「もちろん、話してあるよ」

 イオンの返答にも、リノンの表情が和らぐことはなかった。

「あのね、イオン。あなたは私の自慢の甥っ子で、大人顔負けの頭脳を持っていることも承知している。でも、植物の薬効は頭脳で判るものではないわ。実証する必要があるのよ――こんなこと言わなくても分かっているでしょうけれど。どういうつもりでルーガ達が許したのか知らないけれど、私は……」

 険しい表情のリノンに責められても黙っているイオンを見かねて、ルシフェルカが二人の間に割って入った。

「ルシカ?」

『私が薬を飲むと言ったのよ』

 信じがたいと息をのみこんだリノンが、ルシフェルカの華奢な両肩を掴んで言った。

「どうしてそんなことを……。副作用があったらどうするの」

 リノンは明らかに未認可である薬草を使用した薬の服用を非難している。いつでもルシフェルカを心配してくれる彼女だからこそだ。

 ルシフェルカはリノンの想いに感謝しながら微笑んだ。手巾に息を吹きかけ、リノンに見せる。

『心配してくれてありがとう。でもね、このまま呪具を着け続けていたら私は長くないと思うの』

「そんな……」

 手巾に浮かび上がったルシフェルカの冷静な見解に、リノンは衝撃を受けたようだった。

『私が生きていられるとしたら、ほかからたくさんの命をもらうしかないでしょう。そんなことを繰り返すことはできないわ』

 にこやかに話すルシフェルカとは対照的に、リノンの眉は下がり、今にも泣きそうな表情になっていった。

「お、伯母さん聞いて」

 いつもは黒竜族長を叱り飛ばすくらい豪胆なリノンの狼狽ぶりに、イオンが慌てて説明を加えた。

「これまでの俺の研究からすると、異能力には免疫力がかなり関係している。だから妖精族や有翼人みたいな異能者が多く生まれる人種は短命である確立が高いんだ。人として生きる力が弱いということは、より自然――つまりこの世界に近いということだからね」

「イオン、あなたそんな研究を?」

 天才的頭脳を持った少年は、その美しい(かんばせ)を自信で輝かせて頷いた。

 と、そこへ、また別の声が部屋の入り口から割って入ってきた。

「リノン。ここはイオンに任せても大丈夫だと思うぞ」

「ルーガ!」

 堂々たる足取りで部屋に現われたのは、黒竜族の若き長・ルーガであった。

「おかえり、リノン。ご苦労だったな」

 その場の重苦しい空気が一掃された。窓から差し込む陽光に光の精霊が踊り、風の精霊も浮足立ったように舞い始めた。その存在感が、ルーガ・レクスその人の魅力だ。

 その時だった。いつもながら太陽のような輝きを放つ青年に小走りで駆け寄った存在があった。

「ルシカ……」

 あっけにとられて呟くリノンにも気づかず、ルシフェルカはごく自然に、そして心底嬉しそうにルーガを笑顔で見上げた。

「ルシカ。よかったな、リノンが戻って」

 ルーガもルーガで、慣れた仕草でルシカの肩を抱き、この上なく愛おしそうに少女を見つめた。

「ちょっとイオン、どういうこと」

 視線を目の前の光景から逸らすことができないまま、リノンがイオンに問うた。

 その質問に、イオンがふてくされた口調で答えた。

「見たとおりでしょう」

「帰郷早々、驚かせてくれるわね。この数日間何をして過ごしていたのか、あとでじっくり話してもらうわよ、イオン」

 歯ぎしりが聞こえそうなほど苦々しげにもらすリノンは、渋い表情のイオン同様、幸せそうな二人を手放しで祝福できない複雑な心境であった。


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