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第十八話

 朝の穏やかな陽だまりに暖められた客室に、束の間冷たい沈黙が首筋のあたりを撫でるように流れたが、我に返ったイオン少年の怒りで一掃された。

「あいつはいつもいつも……勝手すぎる!」

 女神の繊手(せんしゅ)が生み出した宝石のような菫色の瞳は激しい感情により一層輝き、少年とは思えぬきめ細かな色白の肌は紅潮していた。

 しかしながら、鼻息は荒いものの、白布を清潔な箱に収め、膏薬が入った小さな壺にふたをするその手つきは優しい。

 心の赴くままにルシフェルカを担いで部屋から出て行ったルーガに腹を立てながら処置道具を片づけている少年に、もう一人とり残された男がすまなそうに声をかけた。

「悪いな、イオン。ルーガがあの子に危害を加えることはないから、許してやってくれ」

 少年が族長をあいつ呼ばわりとは、普通なら叱責するべきところだが、黒竜族長の片腕である左竜・ギルウスはそうしなかった。イオン少年をその年齢以上に評価していたこともあるし、何より黒竜族長であるルーガ自身がイオンを己と対等の存在として扱っていたからだった。

 筋骨たくましい心優しき左竜に謝罪されてしまったイオンは、逆に恐縮して慌てて首を横に振った。

「ギルウスさんのせいじゃないですよ。その、俺はルシカさんの体調が心配なんです」

「ああ、それはそうだな。それに、お前が彼女の体調に気を配っている努力が無駄になる。その薬液は、彼女のために自分で調合しているんだろう。花の香りがする」

 ギルウスは、木桶の中の薄緑色の液体を指差した。薬液はほのかに草をすり潰した臭いがするが、その中に爽やかな甘い花の香りが混在していた。

 ギルウスの指摘に、イオンの表情が明るくなった。嬉しそうに瞳を輝かせると、本当に美少女のようなのだが、それは本人には禁句である。

「実は、ブラン・オールを使用しているんです。従来の金鳳花(きんぽうげ)を薬用にする時とあまり変わらないんですけど、ほんの少し、花弁と葉の汁を混ぜてみたら、薬効が段違いに上がったので、それに抗炎症作用のあるカミツレや、青臭さを軽減するためにラベンダーなんかも入れてみました」

 先ほどの怒りはどこへいったのか、薬草の話しになると、イオンは饒舌になり、普段なら苦笑するところだが、ギルウスは内心舌を巻いていた。

「ユルグ老は栽培するのも難しいと言っていた植物なのに、よく実用にまでこぎつけたな」

「はい。栽培に関しては、ルシカさんの能力のお陰もあるんですけど、とにかく調べつくしました。ご本人に了解を得て、通常の金鳳花と同じ煎じ薬の使用方法から始めて、それから少しずつ俺のやり方で薬液を作ってそれを処方させてもらったんです」

「試験なしか」

 ギルウスの声に、わずかに非難の色が混ざったことで、イオンは神妙な顔つきになった。

「はい。試験なしで、しかも無認可の薬物を人体に使用することはこの黒竜族の里では追放を意味しますが、ルシカさんの場合は生きるか死ぬかの状況でしたので」

 自分の発言が言い訳じみていると感じたのか、イオンの握りしめた拳がわずかに震えていた。

 それを見たギルウスは、ルシフェルカの首のひどい(ただ)れを思い起こした。

 喉頸(のどくび)を侵食した重度の火傷にも似た爛れは思わず眉根を寄せてしまうもので、あれが本当の火傷であったなら、呼吸困難に陥り死亡しているだろう。

 どのような事情があったのか想像もできないが、今のギルウスに、必死で人を救おうとしている少年を責めることはできなかった。

「イオン、俺はお前が意味もなく薬の実験をするような人間ではないことくらい分かっているさ。ルシフェルカの場合は特殊なようだし。でも、あとでユルグ老には報告をしておけ。あの人は保守的だが、けっして頑なではない。お前を助けてくれるはずだ」

「……ありがとうございます。ギルウスさん」

 穏やかなギルウスのまなざしにほっとしたのか、体の緊張を解いたイオンの菫色の双眸は潤んでいた。


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