第十四話
ルシフェルカを追い、重々しい闇に沈んだ樹海へと分け入ったルーガは、そう進まぬうちに、異変に気がついた。
「何の気配もない」
足を止め、そう呟いた自身の声のみが唯一の生きた「気配」であった。
いくら夜になったといっても、夜行性の獣の息遣いや虫の声がするのが普通である。それに、ルーガが一番親しんでいる風の息吹すら感じられない。あるのは、精霊・流星と、己の独言だけだ。
「ルシカ、どこだ」
周囲の闇を見回しながら、ルーガは珍しく焦燥感を滲ませた声音で問いかけた。
すぐに追いかけたのだ、追いつけないはずがない。しかし、なぜこうも一切の気配が断たれているのか。
右腕を庇って走って行ったルシカ。早く見つけ出して無事な姿を確認したい。
「ルシカ――!」
もう一度、今度は声を大にする。すると、空中を緩やかに旋回していた流星が、名付け親たる青年に何かを伝えるべくその首筋を撫でるように通り過ぎて行った。
そうして淡く光る流星が行く先に見つけたのは、ルーガが求める少女の後ろ姿であった。
「ルシカ、大丈夫か」
地面に力なく座り込み、傍にある一本の樫の木の根元にぐったりともたれかかっている少女が心配で、声をかけながらそっと肩を掴み自分のほうを向かせたルーガは、思わず息を呑んだ。
流星の青白い光に照らされているというだけではなく、ルシカの顔色は死人のそれのように血の気をまったく失っていた。春の泉を思わせる優しい瞳は見ることを拒んでいるのか虚ろである。
「怪我をしたのか」
少女の頬を両手でそっと包み込んだあと、確認のために肩、腕、背中に手を当ててみたが出血している様子はなく、また、少女が痛みを訴えることもなかった。
命にかかわるような大怪我をしているのではないと判り、ひとまず安堵したルーガは、人形のように支えていなければすぐに傾いでしまう少女の華奢な体を自分の胸に引き寄せた。そして、やわらかな髪を撫でながら、彼女の耳もとで囁く。
「もう大丈夫だ……王立図書館に戻る必要はない。どんな事情があるかは知らないが、お前が否だというのなら、決して引渡したりしない」
「――っ」
ルーガの言葉に、ルシフェルカが嗚咽を漏らした。無反応だった少女が、見る見るうちにその心に生気を取り戻していくのがわかった。自分から青年の温かな胸にしがみつき、肩を震わせて大粒の涙を流していたのだ。
ルーガは何も言わず、包み込むように少女を抱きしめてやった。
――俺の傍にいてくれ――
そう心の中で強く繰り返して。
気づけば、フクロウの声に、木々の葉のざわめきが耳に入ってきた。
その現象はまるで、ルシフェルカの涙とともに、双竜山の夜に生気が甦ったかのようであった。




