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第十話

黒竜族長の館を訪れた客人たちがいなくなった頃には、日はすっかり暮れてしまい、天井から吊るされたランプに火が点された。


 本日二人目にして最後の客人であったルシカは、彼女の親友であるリノンに付き添われて笑顔で帰って行った。ルーガは自らが送っていきたい衝動に駆られていたのを抑え、同じく少女に付き添いたいと顔に書いていたイオンを半ば強引に引き止め、ともに館に残った。


 ルーガ、左竜・ギルウス、イオンの三人は、黒竜族長の書斎に場所を移した。数人で込み入った話をするには程よい広さである。


「……話ってなんだよ。だいたい想像はつくけど」


 最初に口を開いたのは、その金色の髪が薄暗闇でも艶やかな光を失わぬ美少年であった。


 ギルウスが天井のランプに火を点し終らぬうちに切り出した少年――イオンは、ばつが悪そうに菫色の瞳を黒竜族長たる青年から逸らした。


 しかし、ルーガは、幼さが残る少年のふてくされたような態度に怒ることなく、余裕の足取りで愛用の椅子に腰かけた。そして、ギルウスがイオンと同じく、書斎に予備として置いてある木の腰掛けに落ち着き、話ができる態勢になると、穏やかに言った。


「そう身構えるなって。お前はまだ子どもだが、すでにこの黒竜族の里では重要な存在だ。あのユルグ爺さんが毒物監査を任せるくらいだからな。だから率直に訊くぞ。――どうしてブラン・オールのことを師匠であるユルグに黙っていた」


 遠まわしな物言いはしなかった。イオン・カエルラという少年は、見た目は少女のように美しく、人柄を誤解されることも少なくない。しかし、その内にはすでに他国の学者から認められるほどの才能を秘め、さらに性格と言えば、ルーガでさえ驚くほど男らしいのだ。御託を並べて話しても、時間の無駄であることは明白であった。


「本当に率直だな」


 気が進まない様子でやっと視線を上げたイオンは、諦念(ていねん)のため息をもらした。


「ブラン・オールは、別名『金色花弁金鳳花きんしょくかべんきんぽうげ』というんだが、普通の金鳳花と違って花弁が金色、茎から葉まで白色なんだ。あんたも知ってのとおり、この種の植物は毒草でもあり薬草でもある」


 語り始めた十二歳の少年は、大人顔負けの落ち着いた口調の上無駄がなく、ルーガもギルウスもまったく口を挟むことなく話に聞き入った。


「師匠が珍しいと言っていた通り、ブラン・オールは普通の金鳳花ではないから、その薬効も未知数だ。特に、免疫力を上げる効能については類を見ない。ただ、見つけ難い上に、繁殖方法が確立されていないから、誰もその奇跡的な効能について断言できる要素を得られていないんだ」


 イオンの菫色の双眸が熱を帯びたように輝きを増した。今では完全に研究者の顔つきで、ユルグ以上にブラン・オールの発見に興奮しているのが見て取れた。だが、その熱もすぐに冷めたようで、今度は落ち込んだ様子で伏し目がちになってしまった。


「……その奇跡的な薬効を、ルシカさんのために明らかにしたかったんだ。呪具で声を封じられただけでも酷い話なのに、極端に免疫力が落ちてしまって」


 生意気なくらいに自信家の少年が肩を落とすと、黙って聞いていたルーガが声をかけた。


「つまり、ユルグ師匠にブラン・オールのことを言えば、ルシカのことも芋づる式に知れてしまうのがまずいというわけだ」


 あっさりと図星をさされてしまった小さな天才学者は、子供らしくコクリと頷いた。


 その仕草が案外かわいらしかったので、ルーガは内心ほほえみながら続けた。


「それで、これが重要なんだが。ルシカが抱えている問題は何だ? 俺はリノンとお前の様子を見て、お前たちが、そしてルシカが話す気になるまではと思っていた。でも、ユルグ老やルーエが彼女の存在を知った以上、公私混同している場合ではなくなった。あるいは、もう遅いかもしれないが……。だからイオン、お前の知るすべてを話してくれ」


 イオンがはじかれたように顔を上げた。見る者の心を浄化してしまうような澄みきった青色の瞳をしたルーガに見つめられ、意を決したのだろう。一度唇を引き結んだあと、わかった、と言って頷いた。


 ――そんな時だった。甲高い笛の音が、ルーガたちがいる屋内にまではっきりと聞こえてきた。


「警告音だ」


 とっさにギルウスが腰を上げた。


「こんな夕暮れの不法侵入者といったら、たぶんトラロックの研究員だろうな」


 いたって冷静な口調のルーガの言うとおり、笛は西の大国の研究員を表す音を鳴らしていた。


「とりあえず、場所を確認しに行くか」


 黒竜族長として席を立ったルーガがふとイオンを見下ろし、その異変に気がついた。


「おい、どうした。そんな神妙な顔をしなくても、トラッロクの不法侵入者ならいつものことだろう」


 気軽な様子のルーガを見上げ、イオンは生唾を飲み込み首を横に振った。


「もし……もし、ルシカさんと出会うようなことになったらまずいんだ」


 こころなしか声が震えている少年を、ルーガは眉根を寄せて訝しげに見た。


「どういうことだ」


「ルシカさんは……」


 イオンは、瞬きもできないほどの恐れを抱えた表情で立ち上がり、若き黒竜族長にすがるように言葉を吐き出した。


「ルシカさんは、トラロック王国王立図書館の被検体で、逃げ出してきたんだ」


 突然の衝撃的な事実の告白に、ルーガとギルウスは顔色を失いかけたのだった。



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