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3 ヴィーナ

おいしそうな匂いがした。そしてどこかで嗅いだことのあるなつかしい華の香り。


目を開けると、目の前に顔があった。


「おはようございます。身体の調子はいかがですか?」


事態が把握できず、目だけを動かして情報を入手しようとした。目の前の綺麗な顔はにっこりと笑っている。


飛び起きて、ベッドから離れた。その際に布団を相手の顔にかぶせる形になったが、相手は気にする様子もなく布団を取り払って、横になったまま頬杖をついた。


「元気になったようで良かったです」


身を守る態勢を取りながら睨んでいた。


「まるで捨て猫みたいですねぇ。あなたに何かするつもりなら、寝ている間にしていましたよ」


「なぜ一緒に寝ているの」


「あなたに私の魔力を送って、身体の治療をしていました。怪我はすぐに消えましたが、熱がなかなか下がりませんでしたので」


そう言われて、自分の腕を見た。拘束された時にできたはずの傷はそこには無かった。彼はベッドから起き上がり、布団をきれいに整えた。


「さあ、食事を用意しますので、それに着替えたら隣の部屋に来ていただけますか?」


指さした方に椅子があり、そこに服と靴があった。


「私が着ていた服は?」


「ボロボロだったので捨てましたよ」


そう言って彼は隣の部屋へ行った。彼女はキャソール姿の自分を見下ろして、少し考えてから着替えた。服はロングワンピースで頭からかぶるだけの簡素なものだった。生地は柔らかくて気持ちがいい。


着替えてもなかなか隣の部屋に行く決心がつかなかった。舞以がいる部屋には窓があったが、逃亡を防ぐためなのか何故か窓自体に触ることができなかった。そのため、逃げるにしてもこの部屋から出なければならない。


舞以は今まで魔法で人を傷つけたことがなかった。できれば、傷つけずに逃げたいと思っていた。穏便に話をしよう。そしてできれば情報を聞き出そう。そう思って、隣の部屋への扉を開けた。


そこはいわゆるリビングだった。大きめのテーブルにいくつか料理が並んでいた。彼は部屋の右側のキッチンにいて、舞以には背中を向けていた。左を見ると、もう1つ扉があった。それを見つめていると、彼の背中から声がした。


「外に出てもいいですが、どこにもたどり着けずに永久に森の中を彷徨うことになりますよ」


彼は背中越しでも舞以の様子がわかるようだった。舞以はもう一つのドアと彼の背中を交互に睨んでいた。


「とりあえず座ってください」


そう言って彼は振り返る。手にはポットを持っていた。テーブルの上にソーサーとカップを置いて中の物を注いだ。自分のカップにも注ぎ、彼女の正面に座った。


「座ってください」


再度言われたため、舞以はゆっくりと座った。彼から目を離さなかった。どうぞ、と食事を勧められたが、動かなかった。食べることよりも目の前の存在が自分にとって敵なのか味方なのかを確認したかった。


万が一の場合に備えていつでも魔法が発動できるように手に力を込めていた。


「あなたは一体何者?」


「私はアスモデウスという悪魔です。そして、ヴィーナ、あなたとはむかし愛を誓い合った仲でした」


「悪魔……? ヴィーナ?」


「あなたの名前です。あなたはヴィーナ・サラディジョンといいます」


「ヴィーナ・サラディジョン。私の名前……。昔というのは、どれぐらい昔のこと?」


自分で繰り返しても馴染みのない名前だった。


「100年ほど前です」


「なら、人違いです。100年前の記憶はしっかりあります。あなたとは初めて会いましたし、100年前はジュリアという名前でした」


「嘘ではありません。100年ほど前に、私たちは愛し合っていました。そして、あなたは魔女狩りから逃げるために別の場所へ飛んだ」


「別の場所? 私はここではない世界で400年は過ごしたの。100年前の記憶もある。戦争がたくさん起こって、経済も不安定な時代だったことを覚えている。あなたの勘違いです。別の場所に来ているのは、100年前ではなく、今です。私を元の世界に戻してください。私はこの世界の人間じゃない!」


「順を追って説明しましょう。食べながらでいいです。空腹でしょう。あなたは2日寝ていたんですよ」


彼女は睨んだまま動こうとはしなかった。


「わかりました。話しを先にしましょう」


アスモデウスが話した内容を、彼女はすぐには理解できなかった。


ある悪魔の眷属になった魔女が、悪魔からきいた神の悪行を民衆に言いふらしていた。しかしそれは悪魔がついた嘘だった。その神は怒って悪魔を消滅させ、魔女からは魔力を奪った。


力を失った魔女は、他の魔女も道連れにするため、人間の王に魔女をこの世界から消さなければさらなる厄災がこの世界を襲うと嘘の予言を伝え、魔女狩りをするように進言した。


その当時、自然災害が多発し農作物は全滅、貧困の地域では餓死者が続出していた。王は予言を元に魔女狩りを行うことを宣言し、国家宗教もそれに賛同した。民衆も協力し多くの魔女が殺された。


当時ヴィーナとアスモデウスは恋仲にあった。いつも悪魔と一緒にいるヴィーナを悪魔と契約した魔女と認定して、王宮と宗教団体はヴィーナを処刑するために追いかけていた。


「私たちは逃げ隠れていましたが、ついには追い込まれて私も瀕死の傷を負わされました。あなたは逃げようと転移魔法を使って姿を消しました。私は無事逃れたのだと思っていましたが、いくら探してもあなたを見つかりませんでした。まさか異世界に飛んでいたとは。それから100年、何者かがあなたを召喚した」


ヴィーナは唖然としていた。絵本や小説の中のような話だった。しかし、確かに火あぶりの刑を執行されそうになった。あれは夢だとは思えない。


「あなたは最後の魔女と思われていますので、奴らはあなたを殺せば予言を回避できると信じています」


「だから、100年前に魔女狩りで追われた記憶はないって……」


「そもそも異世界への移動は、同じ時間軸に飛べるとは限らないと思います。場所も選べない。おそらく、移動の際に300年前の過去へ飛んでしまった可能性があります」


「そんなこと言われても……」


「記憶が無いのは、おそらく急激な異世界への移動の反動だと思います。本来であれば別世界に行くことはできない、というより別世界が存在していたことが私には信じられませんが」


「本来ならって……こうして私はここにいるんだから戻れるってことでしょう? あなたすごい力を持っていそうなのに、あなたでもできないの?」


「亜空間という何も無い空間に送ることはできます。しかし、あなたがいたという世界に送ることは誰にもできません」


「うそ……」


「時間、場所を狙って人間を送るということは誰にもできません。しかしあなたが元の世界に召喚されれば戻ることはできます」


「そんなことができる人……」


両親が生きていれば、捜索願いを警察に出すかもしれなかったが、別世界にいるとは誰も思わないだろう。そもそも誰が召喚などという魔法が使えるのか。


そして何よりも、元の世界には彼女を心配する人はいない。


「いないわよ……」


一生このままこの世界。


元の世界に会いたい人がいるわけではないが、帰れないという落胆と、誰も自分を待っていないという寂しさが交錯していた。


「私はよそ者だったから、仲良くなれなかったのかな……。お父さんもお母さんもいつもすぐに死んじゃって。私は、400年も何をしていたの? 結局意味なかったんじゃん……」


理由もわからず繰り返してきた輪廻転生。考えないようにして今まで目を背けてきた孤独感。愛情に飢えた400年。


ヴィーナは泣いていた。戻れないことや地球人でなかったこともショックだったが、やはり自分は誰からも必要とされていなかったことが解って悲しかった。400年の間耐えていたものが崩壊した。一人で生きてきた400年。存在価値がない自分。


「ヴィーナ。私はあなたと再び会えたことが本当に嬉しいです」


悪魔はヴィーナをふんわりと抱きしめていた。


「もう二度と会えないと思っていました」


「私は……、あなたのこと……全然覚えてない……!」


泣きながら言うヴィーナの頭を撫でながら、


「それでもいい。生きていた。おかえりなさい」


ヴィーナは悪魔の腕にすがって泣いた。元の世界に自分という存在がなかったことが悲しかった。ここには私を待っている人がいたことが嬉しかった。


「おかえりなさい。ヴィーナ」


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