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1 プロローグ

3月上旬、早咲きの桜が住宅街に見える。風は暖かく、春の日差しが感じられた。そんな住宅街の細い道を、2人のセーラー服の女子高生が並んで歩いている。


時間的に下校時刻よりも早いが、彼女たちは3年生のため3月に授業は設定されていない。今日は卒業前の形式的な登校日だったため、午前中で終わりだ。


まっすぐな黒髪を胸の上まで伸ばした女子高生は、首を少し上にして空を見ながら幸せそうに微笑んでいた。


「50年でこんなに変わるなんて。あの時は思ってなかったなぁ」


そう呟くと、隣を歩く茶髪の女の子が、ん?と聞き返してきた。


「ひとりごとー」


ふーんと言い、その独り言についてそれ以上追求しなかった。


「高校生でいられるのは、あと1ヵ月もないねぇー」


茶髪の子は、3年生が卒業までに必ず何度か口にするであろう台詞を言ったが、隣からの返事はない。


舞以(まい)はもうすぐ社会人かー。卒業式も出ないで就職なんて、マジでびっくりしたよー。仕事に慣れたら絶対連絡ちょうだいね」


「うん、わかってるって」


舞以と呼ばれた黒髪の女子高生の母親は彼女を産んですぐに他界、父親も先月病気で亡くなった。その父親は生前、成績の良かった舞以の進学を強く望んでいたが、舞以は1年生の時から卒業したら就職したいと言い最終的に押し切った。


仕事自体は4月から始まる予定だが、遺品や気持ちの整理がしたいと担任には卒業式は欠席することを伝えている。今日の登校が最後だった。面倒なことを避けるためにクラスメイトには言っていない。別れ際に再度、連絡をするよう念を押して、友人は帰っていった。


舞以はため息をついて、家へと向かった。


住宅地にある5階建てのアパートに、父親と二人で暮らしていた。階段を登って3階に上がり、昇ってすぐ目の前にある303号室に鍵を挿入した。


ドアを開けると、日当たりが悪いため部屋は薄暗かったが、そのまま電気をつけずにリビングの椅子に鞄を置いた。左へ顔を向け、戸棚の上にあった2つの遺影に向かって「ただいま」と小さく言った。


母親の記憶はほとんどなかった。舞以の目がやっと見えるようになってすぐに母親は死んだ。


父親は、舞以を大事にはしていたが、それは舞以が勉強をよくする娘だったからだ。父親の口癖は、学がないと生きていけないだった。子育ては勉強させることだと思っており、勉強に関することのみで会話があった。


舞以は今まで親から愛情をもらった記憶がなかった。何百年か前には貧困のために山に捨てられたこともあった。


今回の両親からは、虐待などはなかったが世間でいう無償の愛というものは無かった。風邪で学校を早退しても、心配はされず、何故最後まで授業を受けてこなかったのかと言う父親だった。


その父親も、病気であっけなく死んだ。


気持ちを切り替えるように息を吐き出し、んーっと伸びをした。


「さて、荷造りの続きを頑張りますか」


そう言って舞以は、部屋の電気をつけ、デニムとグレーのトレーナーに着替えてキッチンへと向かった。


食器の入っている棚を開けて、ビニール袋に次々と食器を入れていった。


「これも使わないよね。これ……もいらないか」


持った時に袋が破れないギリギリの量を入れると、ビニール袋の口を結び指揮者のように手を振った。すると食器が入った袋は浮き上がり、そのまま玄関まで運ばれた。玄関に到着する前に、次のビニール袋を広げてまた食器を入れ始めた。


「とりあえず、こんなものかな」


そう言って、ビニールの口を閉じると、袋は浮かんで玄関へと送られる。


「さて、次は」


リビングの隣にある和室に入り、押入れを開ける。中には布団一式が入っていた。舞以が布団に向かって右手をかざし、手をそのまま横へ動かすと布団が消えた。舞以は何もなくなった押入れに向けて手を伸ばして何かを摘まんだ。ミニチュアサイズの布団だった。この作業を衣類やカバン、本、タンスなどの家具も含め、和室にある物全てに行った。小さくなった家財道具はフライパンに放り込まれていた。


「結構大変だな・・・。部屋全体にかけて部屋が小さくなったら困るからちまちまやるしかないんだけど」


小さな家具で山盛りになったフライパンを持ってキッチンに移動し、それをコンロに置いた。


ふー、と息を吐いて、舞以は冷蔵庫から麦茶のポットを出してグラスに注いだ。コンロの前に立ちながら、ゴクゴクと麦茶を飲む。


「他に無かったかなー。あ、バスタオルとかあったか。まあ、とりあえず明日でいいか」


そろそろ14時になる。夕飯の買い物に行きたかったため、今日はこれを片付けたら終わりにしたかった。半分ほど麦茶が残ったグラスをシンクに置いて、舞以は指を組んで胸の前で腕を伸ばした。


「さー、やるぞー」


自分を鼓舞して深呼吸をし、左手をフライパンにかざし右手を自分の頭の高さまで上げた。両手に力を入れる。すると、フライパン内の小さくなった家財道具にボッと火がついた。黒い煙が上がるが、右手に吸い込まれている。左手で炎が大きくなり過ぎないように調整し、右手で煙や臭いを吸い取っていた。


フライパン内が真っ黒になり、調整しなくても炎が小さくなったところで、左手を握ると完全に火が消えた。さらに煙が出たため、右手に集中して吸引力を強めた。黒いすすも吸い込まれたので、慌てて弱めた。煙が出なくなったところで右手を握った。


「はあ、はあ、はあ、きつー」


汗が額から流れていた。鼻から息を吸うと、焦げ臭いにおいがした。


「やっぱり臭いは完全には吸収できなかったか。でも燃やしてる最中で元の大きさにならなくて良かった。これなら、食器も小さくして砕いても大丈夫かな?」


そう言いながら右手を上げて、部屋にかすかに香るいわゆる火事の匂いを部屋中を歩き回って消臭した。


キッチンまで戻ってくると、グラスを持ってテーブルへ向かい、椅子に座って麦茶を飲み干した。舞以が眉間に皺を寄せて飲んだのは、麦茶も影響を受けたのか数分前まで冷たかったはずなのにぬるくなっていたためだ。


「はあ、疲れた。スーパーどうしよう」


そう言って背もたれに頭を預けて、額の汗を拭いながら天井を見上げる。


「18年か……。今回は何歳まで生きるのかな」


舞以は魔法使いだった。


そして、400年以上輪廻転生を繰り返している。生まれる国はバラバラで、死んだ後すぐに転生することもあったが、死んでから50年経過して転生することもあった。


毎回共通しているのは、前世の記憶を全て持っていること、魔法使いであること、両親は短命で愛情を注がれない。むしろ誰からも愛されたということはなく、舞以自身も愛したことはなかった。


毎回、両親が他界したあとは一人で生きていた。親友と呼べる人はできたことはないし、男性も何故か寄ってこないため(自分からも寄っていかないが)恋人もできたことはない。もちろん結婚もしたこともない。


「いつまで続くんだろう」


舞以はもういい加減にこの生き方に飽きていた。なぜ輪廻転生をするのか、なぜ自分は魔法が使えるのか、その理由は400年以上たっても不明のままである。その手掛かりも見つけようがないため、彼女は繰り返すだけだった。


「とりあえず、この転生は一人で人生を謳歌しよう」


舞以は、3月いっぱいでこの部屋を引き払い、田舎へ引っ越す予定だ。担任やクラスメイトに余計な詮索をされたくないため、就職すると嘘をついていた。


働くのが嫌なわけではないが、新しい人間関係を作っても、それは表面上だけの関係にまでしかならない。結局一人でいるのと変わらないのであれば、わざわざ頑張ってコミュニケーションを取る必要もないと考えた。


生前の父親の名前を勝手に借りて資産運用し、一生を生活する十分な資金は用意してある。これから住む家も田舎に購入済みだった。


あとは引っ越すだけ。相続手続きも合わっている。もちろん、学校の子たちとも連絡を取る気はない。


天井を見続けていた舞以は、のそのそと体を起こした。


「スーパー行くか」


と立ち上がった瞬間、


「見ーつけたぁ」


という声と同時に部屋の中がカラフルな色で溢れ、ぐにゃぐにゃと変形した。平行感覚を失い、胃が逆流する感覚に襲われ口を覆う。


「う! うぅぅ・・・」


まるでフライパンで煽られるように視界が勢いよく上下し立っていられなかった。


舞以は膝を付き、なんとか床の感覚を確かめようとしたが、壁に激突したような衝撃があり、あごに痛みが走った。


「ま、魔法を・・・!」


右手を前に突き出すが、大きく動く視界の中、いろんな色が飛び込んできて魔法を使える状態じゃなかった。


舞以はただその場に倒れてあえいでいた。


なんとかしようと必死にもがいていると、急に目の前が真っ白になった。まぶしくて両手で目を庇うようにかざす。薄眼で状況を確認しようとしたが、経っているのか落ちているのか昇っているのかも全くわからない。


舞以はパニックに陥った。


「うあああああああああああああああああ!!!!!!」


叫び、そして全ての魔力を放出した。


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