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「俺が、連れてく」
ディールが私の肩に手を置いた。
「ああ、あんたに連れて行ってもらえるならそっちのが安全だろう」
御者が納得したように頷いた。
ダーナは、下げていた頭をふいっと上げた。
「私は、しばらくこの町に残るよ……。ちょっと馬車で旅するほどの体力に自信がないからね」
ダーナの言葉に、御者は分かったと、頷いて、すぐに御者台へと登って馬車を走らせた。
「うちにおいでよ、寝るとこと、大したもんは出せないけど食べ物の心配もしなくていい」
「そうだ、命の恩人だからな、遠慮するこたない」
先ほどダーナの背中をたたいた女性が声をかけている。その旦那さんもほほ笑んでいる。
ダーナの目には涙が浮かんでいる。
ダーナが小さな声で私に声をかけてきた。
「あんたのせいでいろいろ腹が立った。犯罪者にもなっちまったし、店はクビになったし、体中痛いかったし……」
「……その……」
何と返事をしていいのか分からずに口ごもる。
ごめんなさいというのもおかしいような気がして。
確かに、私はイラつかせる行動をしたかもしれないけれど、犯罪者の件は私のせいではないはずで。
それから、体中痛いというのはウルビアの話で、それはごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言わなくちゃいけないことだと思うから。
「それから、あんたのおかげで……」
私のせいじゃなくて、おかげ?
「悪かった……」
消えそうな声だったけれど、はっきりと聞こえた。
ダーナが、私に、謝罪の言葉なんて。
衣食足りて礼節を知るというのは、誰の言葉だったか。
「この町で、しばらくポーションでも作るよ。リョウナの作るような立派なポーションは作れないけど、足で踏んでやるやつ、あれなら数は作れるだろう?」
「ダーナ、うん、それ、いいと思うっ!」
ダーナが今までしてきたことは無駄じゃなかったんだよ。ポーション作りによい薬葉を見分ける目も持ってる。それに作ってきたからこそ、足で踏むあの作り方がどれだけすりつぶして作る方法よりも早くできるかも知ってる。透き通ったちょっと違うポーションが出来上がることも、もしかしたらこの町の特産品につながるかも?
ああ、だけど。
「ディール、運んでくれてありがとう」
手動ミキサーを地面におろしてもらう。
「ダーナ、見ていたから使い方は分かるよね?これ、あげる。これならもっと早く大量に作れるはずだから」
ダーナがぎっと、私をにらみつけた。
初めて会った時のような憎しみのこもった目はしていない。
「同情するつもりか?」




