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「おいおい、朝っぱらからおあついねぇ~」
からかうような男性の声に、ディールが慌てて体を離した。
「う、あ、すまん、いや。その……つい、体が……いや、いつもこんなんじゃないんだ、俺、あれ、リョウナがその……あ、いやあの」
しどろもどろになるディールの様子を見て、それから足元にしがみついているパズを抱き上げる。
「大丈夫だよ。またすぐ会えるよ。ね?」
パズくんの目に浮かんだ涙を指でぬぐった。
ぷぅーと小さく草笛が鳴る。うんって返事だよね。
「はい、ディールさんも!またね!」
パズ君をディールの胸に押し付けて、手を振って今度こそ宿を出た。
すぐ、会えるよ。
自分に言い聞かせるように心の中でもう一度繰り返す。
ううう。やだもう。涙出てきた。
なんでよ。婚約破棄された時でさえ一滴も涙が出なかったっていうのに。
ん?出なかったっけ?あれ?それどころじゃなかったし。出なかった気はするけど。思い出しても全然分かれが寂しくない。
いやだって、婚約者だったことすら恥ずかしいとか、散々言われたし。まぁその前に実家の農家をディスられた時点で、何かが終わったんだよね。
乗合馬車の値段と出発の時間を確認して、ポーションの瓶と携帯食料と水を購入。瓶は、10本で銅貨1枚と激安だった。
……こんな安いものを横流しした罪で犯罪者か……とちょっとだけ切なくなったけれど、何も奪えなくても銀行強盗は銀行強盗だし。罪の重さは値段じゃないんだよ。
リュックの中身、そろそろ限界だなぁ。手動ミキサーセットも入っているからかさばってる。
あ、これも返すべきだったのかな?まぁ他の誰も使うわけじゃないだろうし、もともとゴミだったものを寄せ集めただけだし。問題ないよね。ゴミだったし。本当に。
時間になったので、乗合馬車に乗って、出発!
屋根のある立派な馬車ではない。荷馬車の二台に適当に座るような馬車だ。
というか、実際に荷物も運んでいるようで、開いている場所に人が乗り込んでいるような形だ。
まぁそうよね。町と町の行き来を頻繁にするような人間がそういるわけないもん。何らかの商売で物を運ぶ人の方が多いだろうし。
私の他には、御者の老いた男性、大きな荷物を抱えた商売人らしい中年のご夫婦、冒険者なのか護衛なのか分からないけれど二人組の男性、それから、フードで顔を隠した女性だ。
私もいれて7人。荷物のほうは、酒樽が10ほど。中身は分からないけれど、大きな木箱が6つ。それから麻袋が10ほどと大量だ。




