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怪我描写あります。苦手な方はご注意を

 本当にやりたかったことを貫いた同級生なんて、誰も知らない。ううん、やりたかったことを貫いた人を一人知ってる。

 実家の農家を継いだ兄。

「私……」

 兄が継がなかったら私が継ぐって言うつもりだった。

「私のやりたかったこと……」

 繁忙期に実家に帰って手伝っていたことは、今では兄嫁の仕事になっている。

『ガウッ』

 はっ。今の鳴き声のようなものは何?

 考え事に熱中しすぎて、周りが見えていなかった。

 あたりを見回すと、20mほど先に犬のような、狼のような生き物がいてこちらを見ている。

「何、あれ……」

 犬でも狼でもないのは、まるでサーベルタイガーやトドのように大きな牙が口から見えていることですぐにわかった。

 モンスター?それとも、この世界の獣?

 どちらにしても、森の中で出会う野生の生き物に間違いない。

 危険。

 とっさに足を止めた。そして、獣から視線を外さない。

 この世界ではどうか分からないけれど、基本視線を逸らした瞬間が危ない。20mの距離など、あっという間だろう。逃げられずに襲われる。

 背中を冷や汗が流れる。

 しばらくずっとにらみ合っていたけれど、不意に獣が視線を私から外した。

「え?なんで?狙われてないのかな?」

 獣は、逃げるわけでもなく、そのまま別の場所に視線を向け、じりじりと歩いていく。

 私に敵意がないのを確認して、安全を確保したうえで兎か何か狙ってるとか?

 とにかく逃げようっ!今のうちだ!

 そう決意した私の目に映った。

 獣の視線の先。森の木を背に張り付いている5歳くらいの子供の姿。

「あああああーーーーっ」

 怖い怖い怖い。

 20センチもある長くて太い牙が口から出た、大型犬のような獣。絶対肉食獣だ。

 人も襲うだろう。狼か、もしかしたらそれ以上に危険な生物かもしれない。

 だけど、子供をおとりにして自分は逃げるなんて、そっちの方が怖い!

 人でなしだ。もう、きっと人じゃない。悪魔だか鬼だか人の形をした別のものになってしまいそうだ。

 近くの木の細枝を折って手にもち、走る。

「うわぁーーっあっちへ行きなさいっ!」

 葉の生い茂った枝を振り回して獣に向かっていく。2mほどの枝。4つほど枝分かれして丸い葉がたくさんついている。

 まったく獣はひるんだ様子がなく、こちらに視線を向けて唸り声をあげた。

「逃げて、注意がこちらに向いてるうちに、逃げなさいっ」

 子供に声をかけるけれど、この世界の人には言葉が通じないのか、それとも恐怖で身動きが取れないのか、もしくはどこか痛めていて動けないのか。子供は木にもたれかかるように立ったまま動かない。

 どうしたらいいの。せっかく獣の注意が私に向いても……。

 もっと獣をけしかけないとダメなのか。

 獣が少し頭を落とした。

 来るっ!瞬時にそう思い、枝を両腕でしっかりと持った。

 あと5mほどと獣に迫っていた。獣が地をけって、私に向かってくる。

 速い。獣に向かって枝を何とか振り下ろす。

 ガリリと不快な音を立てて、枝は獣にかみちぎられてしまった。

 私の手に残ったのは、長さ50センチほどの木の棒。

 だめだ。威嚇にもならない……。

 視線を逸らせば今にも懐に飛び込まれてかみつかれそうだ。子供は逃げただろうか?

 神経を研ぎ澄ます。かさりと音がして、目の前の獣が音のした方へ視線を向けた。

 まずいっ!

 子供が動いた音だ。私は迷わず子供に向かって駆けだした。

 獣は、私を相手にするか子供を狙うか迷いがあったのだろう。私が駆けだしたのを見送ってから行動を開始した。

 だから、私の手の方が速かった。獣は私が走るよりもずっと速く駆けられるけれど、動き出したのが早い私が勝った。

 私の両腕は、子供を抱き上げていた。

「木の上なら、獣は登れないはずだから、その枝につかまって!」

 子供を両腕で抱き上げ、持ち上げる。子供が手を伸ばせば届く位置に、人が乗っても折れそうもない枝があった。

 白い肌。白っぽい金の髪。おびえた顔で私を見ている。

 言葉が通じない?

「木の上に……っ」

 熱っい……いや、痛いのか、視線を痛みの走った足元に向けると、右足のふくらはぎをかまれていた。

 木から引きはがそうと、グイっと引っ張られるたびに、激しい痛みが全身の神経に走る。

「木につかまってっ!」

 この子を助けなくちゃ。

 視線を木の枝に向けると、子供が私の視線の先を追うように頭上の木の枝に向ける。

「そう、そこにつかまって」

 言葉が通じているのか、それとも単に状況から何をすべきか読み取ったのか。

 子供は悲鳴一つ上げずに、おびえた顔のまま手を枝に伸ばしてつかまる。

 子供の腕の力だけで登れるはずもない。しっかりつかまったことを確認し、お尻を押し上げるようにして、枝に上るのを手伝う。

 くっ。痛い、痛いのか熱いのか、びりびりと全身の神経に響く。

 肉どころか骨も砕かれてそう。激しく大きな立派な牙がふくらはぎにしっかりと食い込んでいる。

「いい、落っこちないように抱き着くようにしっかりいて。そこならあれも登ってこられないだろうか……ら」

 痛い、痛い。

 もし助かっても、もう右足はだめかもしれない。

 人形のようにきれいな顔をした子供だ。粗末なズボンとシャツを身に着けているけれど、髪の毛はきれいに短く切りそろえられている。顔にひどい汚れもない。服の粗末さとはアンバランスだ。いや、もしかするとこの世界では粗末ではなく普通なのかな。

 皺だらけで、体に合わないサイズの飾り気のない一応シャツの形、ズボンの形を保っているこの服が……。

 子供の顔から涙が落ちているのが見える。

 でも、それはぼんやりとしか見えなくて、あれ?私も泣いてる?いや、違う、意識がちょっと遠く……。

 子供は泣いているのに声を上げない。もしかして……声が出せな……い?

 どうしよう、だったら助けを呼んであげないと、この子はずっと木の上から降りることもできな……。

 ああでもだめ、意識が遠のく、力が出ない……。

 助けて……誰か。

 この子を、どうか、助けて……。

「大丈夫かっ!」

 男の人の声が耳に届く。

 ああ、よかった。これで……この子は助かる……。

 そこで、意識は途切れた。


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