21 女神は微笑む
むしろ会長の方が大惨事で、白いブラウスにスイカ味の赤い染みが出来ていた。赤の方がもちろん目立つ。
張りのある胸部のド真ん中が染まっていて……目のやり場に困る!
「と、とりあえずこれ! これで拭いてください!」
俺は会長から目を逸らしながら、勢いよくハンカチを差し出した。本人は至って冷静に受け取る。
「庶民のアイスって、食べ方が難しいのね。勉強になったわ」
「まあ知らない間に溶けていますね、よく……」
「紳士的にハンカチもありがとう。お借りして、洗って返すわね」
俺の飾り気のない安物ハンカチを、会長はふにっと胸に押して当てる。次々と垂れてくるアイスは舌先で掬い取っていた。
いちいち所作に色気があるせいで、俺じゃなかったら健全な高校生男子は軽く弄ばれていそうだ。hayateにもこれが『男の色気』として加わっているのか。
俺が雨宮さん一筋のhikariでよかった。
「どこまで話したかしら……そうそう! 私はhayateとしてまだまだ躍進したいから、hikariさんにはコラボを受けて欲しいのよね」
思い出したように言う会長と、路地を出るため角を曲がる。スタジオはもうそこというところで、まさかのコラボ打診だった。
「あー……その件ですか」
「hikariさんが断ったって、クリスティーナから聞いたわ。私、とっても残念で悲しくて泣いちゃったの」
「明らかな嘘ですね……」
「泣いたのは嘘だけど、コラボしたいのは本当よ」
一歩前に出て、会長はくるっと俺に向き合った。
亜麻色の髪が夏の気配を孕んだ風に揺れる。
ブラウスは拭いても染みが残ってしまっているが、それより蠱惑的に吊り上がる唇に視線が吸い寄せられる。
「晴間くんがコラボを受けて、ついでに生徒会にも入ってくれたら……最高のお礼をしてあげる」
「最高のお礼……?」
またもや、健全な高校生男子だったら良からぬ想像をしそうだ。
だが俺を動かせるのは、雨宮さんの可愛さのみ。
生徒会入りはもともと、その雨宮さんのおねだりでOKするつもりではあるが、コラボはまた別だ。中身が男装女子だろうとなんだろうと、イケメンとセット売りは光輝の小さな自尊心が傷付く。
ちゃっかりどちらも言質を取ろうとする会長に、俺は負けない。
「そう警戒しないで。雨宮ちゃんにも関わる取引よ」
「雨宮さんに……?」
「晴間くんは可愛いカノジョと、素敵な一夏の思い出を作りたくはないかしら」
「そりゃ作りたいですよ」
脈絡のない質問だが、俺は反射で答えていた。
本気の本気で作りたいからだ。
「私のお礼っていうのはね――」
会長の告げた取引内容は悪魔の囁きだった。
思考時間は約二秒。
俺はあっさり負けた。
「……生徒会もコラボも、やらせて頂きます」
「決定ね!」
ああ、雨宮さん。心の弱い俺を「めっ!」と可愛く叱ってくれ。
「hikariとhayateなんて、世間が大騒ぎになること間違いなしよ」
ちょっとだけhayateモードになった会長が、「僕も全力で挑まないとね」と、色男の顔つきでウィンクする。
完全敗北した俺はなんとも複雑な気持ちで、小さくなった残りのアイスキャンディーを口に入れた。
このアイスは運試しのくじ引き付き。
当たればもう一本もらえるやつなので棒を裏返すも、そう運よくはいかず普通にハズレだった。俺、こういうの当たったことないんだよな……。
「あら、当たったわ」
「え」
しかし、同時に食べ終わっていた会長は、当たりと書かれた棒を片手にいたずらっぽく笑う。
初めて食べて一発当たりを引くとは。
それってどのくらいの確率なんだろう。
過酷な環境から吹っ切れた男装令嬢には、運の女神も逆らえないらしい。
「そういうことで――これからもよろしくね、晴間くん?」





