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7 キレる俺(女装中)

 周りに連れらしき人影はおらず、雨宮さんは一人で並んでいるようだ。

 そんな彼女の私服姿は……こんなことを思うのは心苦しいけど、女装だろうとモデルという職業柄、どうしても思ってしまうから率直な意見を許してほしい。


 ちょっとあり得ないほどダサかった。


 長くて重い前髪や分厚い丸眼鏡はいつも通り。トップスのセーターは地味な黄土色で、ぶかぶかのよれよれ。真ん中に貼ってあるワッペンもなんだあれ……豚? 鹿? ハムスター? それらのキメラか。不気味な生物がニヒルに笑っていて怖い。 

 ロングスカートも暗いマーブルカラーで、広がり方のシルエットがもっさりしている。そもそもロングスカートは取り扱いの難しいアイテムであり、着こなしひとつで事故率が高くなる。雨宮さんのは申し訳ないが大事故だった。

 斜め掛けのカバンも、家庭科の授業で失敗したみたいなやつだし……。


 総合してとてつもなくダサい。

 ダサいのだが!



「やっぱり可愛いんだよなあ……こう、トータルな部分でさあ……!」



 俺は小声で呻くように零す。


 hikariとしての俺は「なんじゃあのファッション!?」と嘆いているが、素の晴間光輝としての俺は、やはり雨宮さんに対して『可愛い』という感想しか抱けなかった。


 だってさ、どら焼き待ちの間、ずっとそわそわしてんの。

 俺なんかより余程どら焼きが好きみたいで、そのためにわざわざこの公園に来たのかってくらい、楽しみなのが丸わかり。周囲に咲く花が見える。教室での様子を見ていても感じるけど、基本的に性格が素直なんだよな、雨宮さん。可愛い。


 しかもメニューボードを見て、予算と打ち合わせをしているのか何度もガマ口財布を開け閉めしているんだよ。財布が変な柄の刺繍入りでも、そのいじらしい動作がいい。可愛い。


 あ、後ろに並んでいた母子に、せっかく回ってきた順番ゆずった。まだ幼い男の子が待ちすぎてぐずったのか。謝る母親に対して、「気にしないでいいですよ」といったふうに両手を顔の前で振っている。知っていたけどすげえイイ子。可愛い。


「ダメだ、可愛いが止まらない……!」


 少し行列から離れたところで、雨宮さんのことをついつい目で追ってしまっているが、俺の思考回路はだいぶイカれ気味だ。


 ようやく待望のどら焼きを受けとって、嬉しそうに口元を緩める雨宮さん。

 可愛い以外のなにがある?

 ねえだろ!


 なんか格好もだんだん可愛く見えて……はこないな、やはりそこはダサい。だが雨宮さんは元が可愛いからこそ、「もっと可愛くなれるはずだ!」と心のhikariが叫んでいる。


 ぶんぶんと、俺は切り替えるように首を横に振った。


 暴走したら手がつけられないのは、なにも姉さんだけでなく俺もだったらしい。知らなかった、新発見だ。俺の成長課程には姉さんがいるから似るのは仕方ないが。

 こんな状態ではこの後の仕事に支障をきたしそうなので、もういい加減に立ち去ろう。


 最後に雨宮さんをもう一目だけ見てから……。



 ドンッ!

「きゃっ!」

「…………あ?」



 唐突に響いた衝撃音に、雨宮さんの小さな悲鳴。

 それに被さるように放たれる、低い男の声。


 気付けば雨宮さんは地面に尻餅をつき、どら焼きは無惨にも落下していた。


 雨宮さんだけしか見えていなかった俺は、一瞬なにが起こったのかわからなかったが、遅れて理解する。

 バーガー袋に入ったどら焼きを大事そうに持ち、雨宮さんがキッチンカーの前から退いたところで、行列を突っ切ろうとした如何にもDQNっぽいカップルの男の方にぶつかってしまったのだ。


「んだよ、痛てえな」

「なあに、せっかく二人で動画を見てたのにぃ」


 カップルは大学生くらいか。

 スマホを片手に顔をゆがめる男は、プリンヘアーにこれでもかと開いたピアス。そんな男の片腕に自分の両腕を絡める女は、ずいぶんと露出の高い格好をしている。


 人を見た目で判断できる立場ではないが(俺だって偽りだらけの女装男子だから)、言動も含めてガラはよくなさそうだ。

 だいたいぶつかったのだって、男が歩きスマホをして、女が一緒に画面を覗いていたからのようだし。


 それなのにチャラ男は謝罪するどころか、まだ尻餅をついたままの雨宮さんを一瞥して「チッ」と舌打ち。加えて信じられないことに、足先に転がるどら焼きを戸惑いなく踏んで暴言を吐いたのだ。


「邪魔なんだよ、地味女」


 女も「あはは、ひどーい」なんて笑っている。


 あんまりなイキリDQNカップルの所業に、目撃した人たちは一様に眉を寄せ、近くにいた何人かは「大丈夫?」「立てるかい?」と雨宮さんを心配して寄り添ってくれていた。もう食べられないだろうどら焼きを拾ってくれた人もいる。

 だが、歩き出すカップルを咎めようとする者は誰もいない。



 ……俺はといえば、かつてないほどの不快感と怒りに、わなわなと震えていた。



 冷静さを保つとかムリ。

 ただでさえ俺の感情は、雨宮さんを前にすると緩急の激しいジェットコースターみたいになるんだ。これも新発見。今日は発見が多いな。


 最終的に俺の理性を消滅させたのは、暴言を吐かれたときの雨宮さんの表情。

 ズレた眼鏡の奥の瞳は涙が張り、いまにも泣きそうな顔をしていた。



 プツンッ――と、それを目にした瞬間に俺はキレた。



 都合よく今の俺はhikari仕様だ。

 『世界一可愛い』美少女がキレたらどうなるか、身をもってDQNカップル、特に雨宮さんを傷つけたチャラ男に思い知せてやるからな。



「――ちょっとそこのカップルの二人、止まってくれますか」




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【お知らせ】
GCN文庫様より、2025年1/20に第3巻発売決定、詳細は活動報告に☘
コミカライズも連載中☘

書き下ろしシーンも盛り沢山!なによりイラストが素晴らしい(◍>◡<◍)
なにとぞよろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[良い点]  どら焼き楽しみにソワソワする雨宮さんと、それをずっと(おそらく)見つめてるhikari(晴間)さんが反則級に可愛いと思いました。  可愛いは正義。 [一言]  とても楽しい作品だと思いま…
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