10 俺に身を預けてくれないか(語弊)。
雨宮さんとスイーツ店に行く日は、次の日曜日の午後3時頃になった。
これは雨宮さんとの、非常に簡素なメッセージのやり取りで決まったことで、以下がその文面である。
『晴間だけど。今日はいろいろとお疲れ様。スイーツ店に行くのは次の日曜日でどうかな?』
『こちらこそ、その節は大変お世話になりました。問題ありません。かしこりました』
『時間はどうする? デザートだし午後三時頃とか?』
『良案かと思われます』
『待ち合わせ場所は街中の巨大タワシ像の前でいい?』
『はい』
『当日はよろしく』
『よろしくお願い申し上げます』
終了。
……固っ!
歩み寄りたい上司と心を開いてくれない部下か?
少なくとも華の高校生がしていいやり取りではない。
それに本音を言えば俺はもっと、ここから話を発展させて、雨宮さんと他愛のないトークで盛り上がりたかった。学校で起きた出来事とか、趣味のこととか。
だが俺はメッセージひとつ送るのにも手探りな状態だったし、それはおそらく雨宮さんも同じだろう。
むしろ俺よりアプリに不慣れそうなので、画面の向こうで相当悩んだ様子が窺える。だから固い部下のような言葉遣いに……。
その悩む姿を想像すると大変可愛いので、アリといえばアリなのだけれども。
なお、メッセージのやり取りはあれど、学校での距離感は今のところこれまでとさして変わりはない。
ちょっと朝や下校時に挨拶を交わすようになったくらいか?
雨宮さんが理不尽な仕事を頼まれることも、この週はなかったので、俺が手伝う必要もなかったし。
いつも一緒にいる御影には「あれ? 光輝、雨宮さんと仲良くなったのか?」なんて聞かれたけど。
まだまだ仲良くなる手前の段階なんだよ!
……とは言えず、クールに「ちょっとな」とだけ返しておいた。
そのうち御影には、俺=hikariだと雨宮さんにバレたことは伝えておこうと思うが、今はまだ保留にしてある。
ほら、『俺と雨宮さんの秘密』だから。
そして--訪れた約束の日曜日。
「雨宮さん、もう来てるかな」
空は雲ひとつない快晴で、そろそろ梅雨入りかと危ぶんでいたが杞憂だったらしい。
絶好のお出掛け日和に街中は人が多い。
その人混みを上手く潜り抜けて、目的地を目指して歩く。
悩んだ末、俺は『俺』のままで、パーカーとジーンズを適当に選んで着てきた。もちろんメンズものを。
hikariになるにはそれなりに労力が必要で、まずココロさんのところから飴色ウィッグを借りてこなくてはいけない。それに今日は晴間光輝としてのオフなので、変身するのは止めておいた次第だ。
雨宮さんが万が一、やっぱりhikariと出掛けたいと言うなら、ここからなら美空姉さんの会社……つまりはアメアメの本社が近いので、寄ればなれないこともないがな。俺なら顔パスでそれなりに自由にさせてもらえるし、あそこならウィッグの予備もあるし。
だがこの人の多さも考慮すると、やっぱりhikariは休業にして正解そうだ。
「お、タワシ発見」
街中の広場に堂々と立つ、巨大タワシ像は、なにかの略称とかでもなく本当にタワシだ。タワシを模した銅像が、台の上に直立で立っている。
こういうオブジェって、製作者の意図がマジでわかんないものが多い気がするけど、それでもこれは随一にわからない。
製作者はタワシでなにを世間に訴えたかったんだ……?
悪目立ちはするので、待ち合わせスポットには適しているけど。
「あっ! 雨宮さん……だよな、うん」
タワシの側面側に立つ、見慣れた分厚い眼鏡をかけた女の子を発見する。
そして本日の彼女のコーデを見て、失礼は承知で天を仰いでしまった。
今日の雨宮さんは足元まであるワンピース姿。
ワンピース自体はいい。一枚でコーディネートを完成させられるマストアイテムだ。
だが雨宮さんの着ているワンピースは、腰回りのおかしなところに三段フリルがついていた。
いやなんでそこにフリル?
hikariアイズから見て、雨宮さんはせっかく腰のラインが綺麗なのに、変なフリルのせいで台無しだ。これでは太って見えてしまう。『オシャレな服って、フリルがあればちょっとはオシャレかなっ?』って、雨宮さんの間違った副音声が聞こえる。
色も暗い赤で膨張色だし……なんだあの色……。
ワンピースから覗くブーツもおかしい。
単体ならわりと悪くないデザインの物だが、どうしてこの季節にモコモコブーツを? 上と下が季節の歩調を合わせてないぞ。
『一番まともな靴って、冬に買ったブーツかな?』ってまたもや間違った副音声が。
極めつけは、いつもは下ろしている雨宮さんのセミロングの髪型。
今日は左右に三つ編みにされているのだが、いわゆるヘアアレンジとしての三つ編みではなく、キッチリまとめただけの真面目委員長っぽいやつだ。
しかも結んでいるヘアゴムはクマの顔のマスコットつきで、その顔が異様にでかい。マジでかい。両肩にクマの生首を乗せた熟練の猟師みたいになっている。
重い前髪は黒ピンで留めていて……あ、これは可愛いな。
すごく可愛い。
雨宮さんはやっぱり、額を出した方が明るく見えていい。
「あ、晴間くん……!」
俺に気付いた雨宮さんが、控えめに手を振ってくれる。
クマの生首がゆさゆさ揺れているのが気になるが、恥ずかしそうに手を振る雨宮さんは天使だ。格好はアレでも。
俺は雨宮さんに走り寄る。
「ごめん、もしかして待たせたかな」
「しゅ、集合時間の十五分前だし、晴間くんは悪くないよ! 私が早く来ちゃっただけだから……」
「え、何分前にいたんだ?」
「い、一時間前……」
一時間!?
ライブの物販にでも並ぶのか!?
「そ、それより、あの……今日の私の格好、大丈夫ですか……? 変、じゃない?」
うっと、俺は言葉に詰まった。
ここでウソをついて「変じゃないよ」というのは簡単だ。だがそれは雨宮さんのためにならないし、hikariのプライド的にも肯定し辛い。
なんと答えるべきが……。
だがこちらが返答する間もなく、雨宮さんは察してしまったらしい。
「や……やっぱりダメだよね、この格好。ご、ごめんね! 頑張ったんだけど、ダメダメで……。こんな奴とスイーツ店なんて、晴間くんに恥をかかせちゃうし、私は帰るよ。券は晴間くんに渡すから、今度誰かと行ってきてください。きょ、今日は本当に、ご、ごめ……っ!」
「待って待って待って待って!」
一人でネガティブ思考を展開して、まさかの券を預けて自分は帰ろうとする雨宮さんを、俺は腕を掴んで慌てて引き止める。
手首が華奢だ。可愛い。
ふたりでスイーツ店に行きたかったのに、ここで雨宮さんを帰せるわけないだろう!
そして俺は、ひとつの案を思いついた。
「…………雨宮さん、スイーツ店に行く前に、ちょっと寄りたいところがあるんだがいいか?」
「寄りたいところ、ですか……?」
「ああ」
俺に身を預けてくれないか――そう言えば、雨宮さんは間をおいてボンッと真っ赤になった。
すまん、言い方を間違えた。





