9 バレてました。
「やっぱり……晴間くん、なんだよね……?」
「う……」
し、しまった!
なぜバカ正直に立ち止まったのか!
というか結局さ、雨宮さんに俺の正体バレてんじゃん?
用具入れの中で聞いた、hikariの写真を見ながら呟いていたのも、空耳でもなんでもなく俺の名前で合ってんじゃん?
今だって咄嗟に呼んだっぽいけど、咄嗟に出るほど八割くらいは確信持ってんじゃん?
hikari=俺の方程式、完全に成り立ってんじゃん!
俺は大パニックに陥りながらも、同時にどう誤魔化そうかと思考を巡らせる。だがチラッとだけ振り向いて見た雨宮さんが、俺の返答を素直にじっと待っていて、胸が「うっ」と竹槍で一突きされた。
ダメだ、彼女を騙すような真似は俺にはできない……。
観念して、俺は雨宮さんに向き直った。
ここはちょうど、公園内にある池にかかった小さな橋の中腹で、幸い周囲に人はいない。聞いているのは池を泳ぐ鯉くらいだ。
だから俺は地声で「ソノトオリデス……」と肯定した。カタコトになったのは許してくれ、まだこちらも動揺しているのだ。
「晴間くんがモデルのhikariさん……本当に……」
「ああ、これには深い事情……でもない事情があって、話せば長く……もないんだが」
時間もあまりないので、軽く美空姉さんとの云々を説明する。だがむしろ、説明して欲しいのはこちらの方だ。
「どうして雨宮さんは、俺がhikariだってわかったんだ? 普通はわかんないぞ。現にバレたのは雨宮さんが初めてだし」
「そっ! それは、その……っ! ず、ずっと……見ていたから……」
「見ていた?」
ああ、hikariをか。
定期入れに写真を忍ばせるくらい、雨宮さんはhikariの大ファンだもんな。
「雨宮さんには悪いんだけど、このことは……」
「もちろん、誰にも言わないよ! 秘密にします!」
「うん、そうしてくれると助かる。俺と雨宮さんの秘密で頼むな」
そう言うと、雨宮さんはぽんやりした様子で「私と、晴間くんの秘密……」と夢見るように呟いた。ココロさんも『二人だけの秘密』っていうのに反応していたし、女の子はこういうのが好きなんだろうな。これは覚えておいてhikari活動に活かさないと。
そして憧れのhikariがクラスメイトの地味男だったことに、ガッカリした素振りも見せないし、心根から優しい子すぎて泣ける。
その点もひっくるめて雨宮さん、安定の可愛さ。
可愛いの権化。
「それで、あの、晴間くん。さっきは本当にありがとう。それだけじゃなくて、いつも……」
「いつも?」
「う、ううん、それはまた今度言うね! とにかくひっくるめて、やっぱりお礼はさせて欲しいな。私に恩返し、させてください」
緊張して話すとき、たまに敬語になる雨宮さん可愛いなあ……と脳をふやかしつつ、俺はどうしたものかと悩む。
正直、お礼なんて俺が勝手にやったことだし、本当にいらないのだが、断ったら断ったで雨宮さんがずっと気にするだろう。
なんとか雨宮さんの負担にならず、『恩返し』の名目になりそうなことはないものか……と首を捻っていたら、目についたのは、雨宮さんが握るスイーツ店の食べ放題ペア無料ご招待券だった。
これは、使えそうか?
「あー……っと、実は俺、どら焼きがめちゃめちゃ大好きで」
「えっ」
「もう、毎日三食どら焼きで生きていけるくらいのどら焼きマニアでさ。新しくできたスイーツ店の『幻のどら焼き』、前からすげえ気になってたんだよなあ。あー、どら焼き食べたい」
「あっ! そ、それなら、あの!」
雨宮さんはぎゅっと唇を噛み締めて、決意を固めた目で俺を見つめる。彼女から伝わる気迫は、戦場に行く戦士のソレだ。
プルプルと震える手で、俺にご招待券が差し出される。
「そ、それだったら、この……ス、スイーツ店に一緒に行きませんか? 元は晴間くんに助けてもらって得た物だから、恩返しにもならないかもしれないけど……」
「いやいやいや、なるよ! 恩返しになる! 超なるよ! それは雨宮さんがもらったものだからね! それでいいよ、俺めちゃめちゃ食べたかったから、『幻のどら焼き』! だけど雨宮さんもいいのか? 他に一緒に行きたい人がいるなら、俺は遠慮するし、別の恩返し方法でもいいけど」
「わ、私は……晴間くんと一緒に行けたら、嬉しい……です」
はい、天使ー!
はい、フェアリー!
可愛いのパック詰めか? 可愛い過ぎて可愛い。
招待券を使うなら元が無料だし、雨宮さんが俺と出掛けるのが嫌じゃなければ、彼女の負担にならずサクッと恩返しという形を取れるのでは、という建前。そして俺が彼女と出掛けてみたいという本音。
自分からついに『どら焼き好き』という間違った認識を肯定してしまったが、そこを除けば結果オーライだ。
『俺と一緒に行きたい』というのは、恩返し遂行のためのリップサービスだとしても、可愛い雨宮さんを見られて俺はすでに満足です。
グッジョブ、チャラ男。
お前の犠牲は無駄にしない。
「じゃあまた、行く日にちや時間帯は決めようか。日曜日の昼過ぎあたりが無難だとは思うけど。連絡先とか交換しておいた方がいいよな」
「連絡先!? い、いいの? 晴間くんの連絡先なんて聞いちゃって……」
「ん? 別にいいけど」
俺はジャンパーからスマホを取り出し、雨宮さんと手早くメッセージアプリのIDを交換する。
雨宮さんは「ご、ごめんなさい、あんまり交換なんてしたことないからわからなくて……」とあわあわしていて、その不慣れな様子も大変可愛いらしかった。
『雨宮雫』と、俺のスマホにきちんと名前が登録されたところで、いよいよ休憩時間終了間際でヤバくなってきた俺は、彼女と別れて撮影場所に戻った。
その後の撮影は順調も順調。
カメラマンさんに「休憩中になんかあった? いつもNG知らずだけど、最高にノッているね、hikariちゃん!」とグッドサインを出された。
勘の鋭いココロさんにはやたらと詮索されまくったりもしたが、思いがけず雨宮さんと出掛ける予定が出来た俺は、ただでさえhikariになって無敵モードなのにずっと全身が光っている状態だった。
しかし、撮影がすべて終わってロケバスで帰る道中。
とある重要な問題が発覚してしまったのである。
「……待てよ。俺は雨宮さんと出掛けるのに、俺のままかhikariか、どっちになればいいんだ?」
お読み頂きありがとうございます!
やっとこのあたりから本編?です!
次回は雨宮さん視点。あらすじの会話文の回収もそろそろなのでまたよろしくお願い致します。





