38 一件落着……からの?
「なんだよ……わざわざ腹いせしに来たのか? それかやっぱり俺と付き合いたいって? 今からでも謝れば、キープのカノジョくらいにならしてやるよ!」
「はあ?」
ダメだ、まったく話が通じないタイプだ。
俺もたいがい自信過剰だが、この男も別のベクトルで自信過剰だろう。どうしたらそのような思考になるのか、まったく持って理解できない。
キープのカノジョってなんだよ、いよいよ怒りが爆発しそうになる。
雨宮さんは、雨宮さんは俺の……!
「……あ、あなたとお付き合いなんて、絶対にしません!」
バッと俺の背から出て、そう否定したのは雨宮本人さんだ。
両手を強く握り締め、いっぱいいっぱいになりながらも茶髪野郎を睨んでいる。可愛いのに凛とした横顔は、思わず息を呑むほどに綺麗だった。
「――私には世界で一番、可愛くてカッコいいカレシがいるの! その人だけが大好きだから!」
控え目な性格の雨宮さんが、プールの水面を揺らす勢いで俺への想いを叫んでくれた。その事実に胸を打たれる。
ちゃんと変われているよ、雨宮さん。
今まさに、過去のトラウマに勝ったじゃないか。
「ふ、ふざけんな!」
「っ! 雨宮さん、危ないっ!」
逆上した茶髪野郎は、ブンッと勢いよく腕を振り上げた。俺は無我夢中で、雨宮さんの前に立って全身で庇う。
「晴間くんっ⁉」
背後から雨宮さんの悲痛な叫びが耳を突く。
モデルなので、顔面を殴られたら非常にマズい。美空姉さんに怒られるどころじゃ済まない。
それでもここは、光輝の俺として自分のカノジョを守りたかった。
雨宮さんには傷ひとつ絶対につけさせないからな!
覚悟を決めて、来たるべき痛みに備える。
すべてがスローモーションに感じた。
……が。
「待て待て待てえええええ!」
ダダダダダッ!
間一髪のところで、凄まじい勢いで誰かが走って来た。
まさかの雷架だ。
どうしてビーチサンダルでそのスピードが出るのか、勢い殺さず踏み込んだ雷架は、茶髪野郎の真横からタックルを決める。
「うぐっ!」
腹部に強烈な衝撃を食らった茶髪野郎は、盛大によろめいた。
その腕をガシッと巻き取り、一気に雷架は身を屈めて、奴の体をよいしょっと己の背に乗せる。
「大事なお友達を傷付ける奴は……」
ドォン!
轟音と共に、どこからか聞こえたのは「一本!」という判定。
「……雷架ちゃんが許さないんだからねっ!」
鮮やかな一本背負いを決めた雷架は、腰に手を当ててふんっ!と鼻を鳴らす。
俺と雨宮さんはパチパチ拍手した。
そうだ、雷架はかつて隣のクラスの女子が痴漢被害にあった際、犯人を投げ飛ばした武勇伝の持ち主だった。テレビの武術講座で学んだだけで。
「いってぇ……」
茶髪野郎は完全に伸びたかと思ったが、意外とタフなようで起き上がろうとした。だがそれを阻むように、いつの間にかそこにいた雲雀が絶対零度の眼差しで見下す。
「薄っすら聞こえていましたが……付き合ってやるとかキープとか、いったい何様なんでしょう? こちらが恥ずかしくなる勘違い男ですね。ご実家に鏡はございますか? ないのでしたら、購入して己を鑑みることをオススメしますよ。心の醜さを含めて、御自分がたいした人間ではないと理解出来るでしょうから」
「グハッ」
久々に降臨した毒舌の暗雲姫に、言葉の刃でトドメを刺される茶髪野郎。項垂れてもう自力では立てなくなっている。
なんかちょっと可哀相になって来た。
雲雀の本気の毒舌って容赦ないよな、わかる。
「あらあら、うちの生徒会が施設の治安維持に協力しているわ」
「会長……」
最後に悠々と歩いて登場したのは、hayate仕様からお嬢様モードになった会長だ。赤い水着の上に白のロングカーディガンを羽織っている。
警備員らしき人たちを数名従わせており、彼等に茶髪野郎とその仲間たちを連れて行くよう指示を出した。
「もともと他のお客様からも、このグループは態度が悪過ぎるってクレームが来ていたのよね。警察沙汰にしないだけ幸運だと思って、運営側に引き渡すわ」
やれやれと溜息をつく会長。
ファンデーション落としやむくみ取り体操で去っていた女性陣も、ただいま警備室で反省中だという。
場が片付いたところで、どうして雷架たちが来てくれたのか尋ねると、助けを呼びに行った虹色がたまたま声を掛けたそうだ。
「会長さんと合流したところでツーサイドちゃんが来て、『悪者とhikariが対峙している』って聞いたから! それは助太刀しなきゃって!」
「雷架先輩がいの一番に走り出すから、追い付くのに苦労しましたよ……」
「ツーサイドちゃん、hikariに『助けてくれてありがとう』ですって」
虹色もこういうところは捻くれていないんだな……なにはともあれ、無事でよかったと思う。
一件落着、なのか?
「あの、晴間くん……私……」
後ろから雨宮さんが、そっと俺の手を握った。
俯いていて表情はわからないが、先ほど彼女の想いの丈を聞いたばかりのため、思い出して一気に顔が熱くなる。
「あー……えっと、雨宮さんも怪我がなくてなにより、だよ」
「そ、それは晴間くんが守ってくれたから……」
もじもじもだもだする俺たちに対し、会長は業を煮やしたのか「さて! そろそろ花火が始まるわね!」と手を叩く。
「よく見える穴場を知っているんだけど、今回は晴間くんと雨宮ちゃんのふたりに譲ってあげようと思うの。どう?」
「いいと思うー! ふたりきりで見てきなよ!」
「私は混まないところで見られるならどこでも……」
気遣いに戸惑う俺の横で、雨宮さんがペコッと頭を下げた。
「会長さん、小夏ちゃんも雲雀さんも、助けてくれてありがとうございます。今も花火の穴場まで……」
雨宮さんは下手に恐縮せず、会長たちの心遣いを受け取ることにしたらしい。トラウマに立ち迎えたことで、これもまた良い心境の変化なのかもしれない。
俺の顔を見上げて、雨宮さんは「花火、楽しみだね」と頬を緩める。
彼女がもう泣かずに、笑っていてくれるならなんでもいい気がした。





