33 会長様と急展開
「男子組だけになっちゃったね」
「ですね」
薄井先輩と俺はお冷を飲んで、ますます寂しくなった空間で一息つく。
だがキンキンに冷えた水は、先輩の胃には優しくなかったらしい。
「うっ……ごめん、冷たすぎてお腹痛くなってきたかも」
「えっ⁉ 大丈夫ですか⁉」
「僕、普段からお腹壊しやすくて……胃弱なんだそもそも……ちょっと薬飲んでトイレ行って来るね」
腹部をさすりながら、先輩もそそくさといなくなった。
失礼ながら胃が弱そうな印象はあったが、常備薬もお持ちとは本格的に案じてしまう。そんな先輩に万が一俺=hikariだとバレでもしたら、精神的な負荷も掛かって即入院案件じゃなかろうか。
そして、ついに俺だけになってしまった。
「――あら、晴間くんだけ? 好都合ね」
満を持して颯爽と現れた会長は、登場から不穏な台詞を吐いて俺と対面になる席に腰掛ける。手には赤いアイスキャンディーが握られていた。
「待たせていたならごめんなさい」
「いや、わざわざ食べ放題のリストバンドまでくれて……みんな感謝していましたよ。会長のお昼は……?」
「このアイスキャンディー一本でいいわ。これからの戦いに備えて、私も気が張っているから」
ペロリと、会長はアイスキャンディーをひと舐め。
あのゲーセンの帰り道以来、お嬢様は庶民のアイスがいたく気に入ったそうだ。
「戦いって……雨宮さんとも話していたんですが、hayate案件でなにかありました?」
「そうといえばそうかしら。私にも予想外の緊急事態であって、同時に最高の好機でもあるの」
いったいなにがあったのだろうか。
「実はね……」
会長は身を乗り出して声を潜める。テーブルに大きな胸までどんと乗ってこちらの視界は迷子になるが、内容は深刻だった。
会長の親父さん……一番の彼女の宿敵が、このプール施設の運営にも一枚噛んでいるということで、今から視察に来るらしいのだ。
「お父様は私がここにいることは知らないわ。お父様の目的のひとつは、夜の部のステージでやるプロモーションタイムのようなの」
「そんなのあるんですか?」
要は新商品発表会を、ステージイベントの合間に事前予告ナシで行うらしい。
『神風リゾート』の社長である会長の親父さんは、多角経営の一環で飲料業界にも進出している。その新商品である冷たく甘い抹茶ドリンクを、まず無料でお客に配る。
それからステージ上でスタッフがドリンクのコンセプトや魅力を伝え、今後の販売促進を図る企業戦略。
ターゲット層の若者が多く集まる場で、売り込むにはなるほど絶好の機会だ。
プロモーションの企画運営はすべて部下に一任しているそうだが、社長自ら成果だけ確認する……と。
「私の最終目標は覚えている?」
「ええっと、hayateをお父さんの目に留まらせて、『神風リゾート』のアンバサダーになること……でしたよね」
その上で引退表明と正体明かしをして、頭の固い親父さんの度肝を抜いてやるのが、会長の悪戯心に溢れた復讐計画だったはずだ。
「そう。今回のプロモーションタイムは、目に留まらせるには最高の好機……。裏でコネと圧力で手を回しまくって、ステージにはhayateが立つことになったわ」
「マジすか」
消えている間にそんなことをしていたのか。いくつもの闇取引が成立していそうで、社会の恐ろしさを垣間見る。
「……ここからが晴間くんにとっての本題よ。hayateと一緒に、hikariにもステージに出てもらいたいの」
「はあ……はあっ⁉」
不意打ちで気の抜けた返事を一回してしまったが、渾身の「はあっ⁉」を決める。
俺の驚愕の声で、お冷のグラスに残る氷がカランと音を立てた。
「前提として、プロモーションタイムは大成功で終わらせないといけないわ。そのためには私ひとりより、hikariとセットの方が威力は百倍でしょう」
「そりゃ俺が出たら会場を揺るがす自信はありますけども!」
「ナイス自信過剰ね。今まさにhikariとhayateのコラボは世間の関心も高いし、利用しない手はないわ。アメアメの社長さんになら話はついているし、仕事を取って来てくれてありがとうと感謝されたわよ」
美空姉さん! 貴方って仕事の鬼は!
俺は抵抗しようとするも、脳内にポンッと天使の羽を生やしたミニ雨宮さんが出現する。もう俺たちは生徒会メンバーなんだから、会長の手伝いがしたいと憂いていたな……。
「……わかりました、やります」
俺はカノジョの天使な心を見習い、諦めて一肌脱ぐことにした。
脱いで女装します。
「嬉しいわ。今から打ち合わせと行きましょうか」
隙のない会長の笑みを前に力なく頷き、俺は臨時でhikariに変身することが決定したのだった。





