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13 蛇足3

他サイトにも重複投稿。

 村山は拳銃を用いて己の身を守った……様な気がしないでもないのだ。

 それが知らないうちに村山の中で以前から『意味不明』と定義していた魔法使いの恩恵に預かっていたという。

「村山にやったこの拳銃の様に、魔道具を作れば正直誰でも魔術は使えるが。そもそも魔道具としてこんな簡単に誰でも使えるようなものが簡単に作れる訳が無い」

 拳銃はセーフティも掛かっているし、薬室に弾薬が入っていないことも確認済みである。上司は手に持っては居たがスライドを引いていないので弾が薬室に装填されていない事も理解できるがそれをひょいひょいと手で弄んで村山へ持ち手側を差し向けてくるのだからタチが悪い。

 返してくれるならば普通に返してくれればよいものを。

「人間側もある程度の効力を持った魔道具は作れるが、使い捨てだったり効果が弱かったり。まあろくなもんじゃない。それに引き換えてあちらさん方の作る魔道具はそれこそ『伝説の』なんて云われるくらいには優秀だぞ」

 上司曰く。伝説上の人物が使っていた武器や防具、装飾品などは大抵が実在し、それは魔道具だった可能性が高いという話である。そして問題は「あちらさん」の魔法使い達が作った魔道具である可能性が非常に高く、人間の魔法使いが作った魔道具が超長期間に渡って運用される例は少ないらしい。

「あの、わたし魔道具というか、人形の作り方を教わってるんですけど」

 小さく手を挙げたのはまさかのエリザ嬢である。

 村山も滝川警部よりエリザの方が先にデルシェリムの弟子になった事は聞いていたが、彼女があの面倒見の悪そうな男からちゃんと教わっていたことに今更ながらに驚いた。

「マジで。俺も教えてほしいわ」

 急に小物感が強くなった上司だが、いや、そもそも小物だったなと思い直す。ただこれは村山だけが抱いた感想ではなく、実はこっそり滝川まりねも同様に考えていた事は誰にも知られる事は無かった。

「ま、まあ冗談だけども。魔道具は制作するには陣式や行動式の組み方をしっかり学ばないとまず無理だ。教わるときは陣式と行動式を中途半端に覚えず、深く理解できるまで教えてもらった方が良いぞ」

「わかりました」

 稀に、極、いや極々稀に上司は真っ当なアドバイスもするらしい。


「もう疲れた」

 普段からして上司は部屋でゴロゴロとソファーの上でよくわからない雑誌を読み漁っているだけだ。今日はデルシェリムさんからの要請でしぶしぶ請け負っておいて、ノリノリで魔法使い講座などと称して授業を始めただけだ。

「あの、警視はそんなに働いてないですよね。今日もほとんどソファーで雑誌読んでただけじゃあ――」

「っせーな。普段こんなに喋らないから疲れたんだよ」

 じゃあ普段からまともに働けと村山は言ってやったが「普段から魔法使いがらみの事件があったら国が終わってる」などと供述し、雑対係からそっと出て行った。

「帰ったわね」

「帰りましたね」

「え、あれ。弓張さん帰っちゃったんですか」

 普段から特に何もせず雑対係に居るのは本当は「魔法使い絡み」の事件がいつ起きてもいいように待機しているからだ。そのくせ雑対係は表面的には雑用係だと思われている。誰かが待機していなければもしもの時に対応できない。故に人柱として村山はここに連れてこられたのだと理解している。

「今日はこれで終わりでいいんじゃないかしら」

「そうですねぇ」

 エリザの帰宅時間的にもちょうどよい頃合いだろう。午後七時少し前と言ったところ。

「ところで、あの子たちはあのままで良いんですか」

「……」

 借りてきた猫の様に大人しく座っていた彼女らの師匠デルシェリム氏はいいが、その横で脳震盪なのか、それ以外の何かで寝入っているかは分からないが二人少女が若干だらしない格好で寝転がっている。

 そう二人で寝ているのだ。片方は村山仕方なく、そう仕方なく預かっている真珠である。

 だがもう片方の少女は、弓張三千代が連れてきたタヌキ娘である。

 完全に上司に置き去りにされた様だが、どうしたものか。

「あの、この子達はどちらのお子さんなんですか」

「いや、どちらのお子さんっていうか。タヌキが人間に化けているのと、突如闇から現れる呪いの人形的なやつなんだけど」

「あの、真珠ちゃんが人形なんですか」

「いや、人形ではないな」

 むすっと黙ったまま聞いていたデルシェリムが声を上げる。急に低い声が上がったので人間の年長三人組は驚いてそちらを見やる。

「その娘はこちらの娘と似たようなモノだ。カラスの命を用いて人間として成った存在だ。お前たちから見れば『神』という存在に近い」

 ふざけ半分に例えで、ずっと付きまとってくる都市伝説の人形に例えたのだが、デルシェリムは人形師だとかいう職業だった事を村山は思い出す。あちらさんの魔法使い、というイメージが先行しすぎていて、ちょっとしたこちら側の冗談に反応されてしまったようだ。

 というか、先程の上司の話でもうやむやなままだった拳銃が持っている魔術的要素をいきなり説明されたが、ここにきて意味不明な少女である「真珠」の存在が唐突に明かされた。

 が、何だって?

「か、『神』ですか? いや、神って――」

「云っておくが我々の『神』の定義とは違うモノだ。ユミハリの用いる系譜ならば、数多いる思念体のうちの一つと記憶しているが」

「……うちの、一つ」

 村山としてはすさまじい力を持った、それこそ全知全能の神を想像したが言われてみれば日本は八百万を古来から信仰しているではないか。もちろん他の宗教観もあるだろうが、わざわざデルシェリムがユミハリの用いる系譜と特定したのだから、神道で信じられている『神』の定義の事で間違いないだろう。

 そもそもカラスの命を用いて人間となったなどとは、言っている意味が欠片も分からない。

「……まあ、まだユミハリから教わることは多いだろうな」

 ふと遠い目をしたデルシェリムが、初歩的な知識もないのだからまだ話すべきではなかった。とでも考えているに違いない顔をする。むすっとした無表情だが、何となく会うたびに表情が雰囲気から読めるようになった村山である。

 ちなみに、弟子二人は普通に理解できる程度には訓練されている。

「でもこゆりちゃんどうすればいいのかしら。真珠ちゃんは慶次君が連れて行けばいいけど――」

 滝川警部の中ではごく自然に村山が真珠を連れていくことになっているが、そもそも自発的に村山が真珠を連れまわした事などない。彼女の方が『お兄様』などとほざいて、村山の行くところ行く所についてくる存在である。

 それなのに当然の様に滝川警部の中では真珠は村山が保護者であるという図式が成り立っているらしい。

「放っておいても問題は無いだろう。こちらの娘はユミハリが召喚すればどこに居ても傍に呼び出せる類の契約が結ばれているからな」

 村山は上司がタヌキをどこからか呼び出している様を見たことがあるが、あれはそういう事だったのだろう。タヌキ状態だったり、人間状態だったりするのはまた別の要素だろうが得心はいった。

 そしてデルシェリムの説明に驚いていたのは彼の弟子である二人の方だ。

 彼女達はどうやれば召喚など出来るのかとか、どんなものでも召喚できるのかと訊き。それに機会があれば話すだの、ユミハリからの基礎的な魔法、魔術を何度か教わったのちに教えると普段と変わらぬ顔をしたデルシェリムだったが、内心鬱陶しそうでもある。

「今日は終わりだ、帰るぞ」

 付き合え良きれないと立ち上がると、すぐ脇でソファーに寝ていたタヌキ娘が光に包まれて消えた。

 デルシェリムの説明通り、上司が召喚とやらでタヌキ娘を手元に呼び寄せたらしい。

「あの娘が消えたのだからユミハリはもう戻っては来ないだろう。私も帰らせてもらおう」

 最初から説明など弓張三千代に丸投げする予定だったろうに、自分は面倒ごとに直面すると逃げようとするらしい。

 魔法使いとは皆、自分勝手である。




 壊れたドアノブをそのまま放置し、四名は雑対係の部屋を出る。

 上司の様にわざわざガムテープで直す事もしないし、今更あの部屋の扉がどうこうなったところで誰も困りはしないのだから、壊れたものは壊れたままでもよいのだ。

 そしてさらに滝川警部とエリザ嬢は困り顔だったが、真珠もそのまま置いて来た。

 東都統括第一警察署、東都南部の広域を統括する警察署であり最大領域の中には離島まで含まれる。東都南部を文字通り統括する大きな警察署である。

 そこから男二人、女二人で歩いて出る。

 村山は普段から自転車で通勤しているし、滝川警部は公共交通機関を用いて通勤している。

 村山だけは自転車を押し歩くという状態だが、他三名は手ぶらなり、鞄なりを携えていた。

「本当にいいの? 真珠ちゃんは」

「どうせ暗がりから突然出てくるんで、わざわざ負ぶったりしませんよ」

 東都統括第一警察署、雑対係に赴任してからというもの、それほど長い期間ではないが殆どの期間を真珠に付きまとわれ続けている村山としては、真珠が傍に居ない状態が心地よい。

「真珠ちゃんも神出鬼没なのよね……」

 滝川まりねも真珠の行動の一端を見たことはある。どうみても地面であるはずの暗闇の中に、上半身を突っ込んでなにかをし、更にそこから通常空間に平然と出てくるのだ。

 そういった類の不思議なモノなのだろうと漠然と考える。

「俺は寮なんで向こうなんで」

「あたしはエリザちゃん送っていくからバスね」

「な、なんかすみませんまりねさん」

 恐縮しているエリザ嬢に対し、無表情で我が道を行くデルシェリム氏。弟子二人の帰りなどに心を砕くこともなく、ただ自分が帰る事だけを考えて歩いていくらしい。

 そんな大きな背中に向かってエリザ嬢が声をかける。

「ししょー、待ってくださいよ」

「別に帰るだけなのだから別行動で良いではないか」

「えぇ、ししょーも召喚の魔術使えるんですよね。使い魔とか作れないんですかっ」

 嬉々として食い下がっていくエリザ嬢である。どうにも彼女は使い魔が欲しいらしい。

「教えてはやるが別の機会にな」

 頑として今は教えようとはしない彼女の師。

 そんな二人を呆れつつも眺め、一言「また明日」と村山に告げて滝川警部も去ってゆく。

 三人の背を眺めつつ、彼女らに混ざっていた先程の自分は場違いにもほどがあると村山は自嘲する。




 三人。

 シュライナー・デルシェリム、滝川まりね、松下エリザの三人が並んで歩く。大きな体躯をした男はずんずんと一人進み、その後ろには横並びに弟子二人が彼の人について歩く。

 浮世離れしたデルシェリムという師だが、面白いことに弟子二人はこのデルシェリムという魔法使いが意外にも俗人であることを知っている。

 普段から不愛想に見えるが、実は面白そうなものを探して自らそこら中を歩き回るような存在であるのだ。滝川まりねは仕事柄忙しく、普段の師の行動は姉弟子である松下エリザより聞いただけだがこうやってともに歩くとなるとその面白さが良くわかる。

 黙々と先を行く師匠は頭を一切動かすことなく、視線だけをそこら中に彷徨わせて師の知らないモノを探しているらしい。

 もちろんそれだけではなく、魔力を使って面白いモノを探してもいるらしい。

 滝川まりねにはイマイチ理解しかねるが、姉弟子である松下エリザは師デルシェリムが用いている魔法をある程度把握しているという。まりねには何をしているのか漠然として分からないものの、少し技術的に前を行くエリザには、薄い魔力の波がデルシェリムから四方八方に拡散しているのが分かるらしい。

 魔法は人間には使いづらいものである。先ほど滝川まりねを警察に引き抜いた上司が教えてくれた話だが、その上司の言う「あちらさん」の魔法使いには息をする程度の労力でしかないという通り苦も無くそれを行っているらしい。

 発動中の魔術式は魔力の流れが分かるため、どういう系統の魔術が引き起こされるのかは分かるが、魔力自体を知覚できるだけの能力が未だ低いため、師の行っている式を用いない「魔法」には疎いのである。

「何か見つかりましたか」

「特に何も」

「そうですかー」

 若干、退屈そうにエリザが白々しい生返事だったが、別に退屈でそういった反応を見せた訳ではなく、師がなにか面白いものを見つけたのではないかと期待した裏返しである。

 彼女らの師匠は本当に地球の人間ではないと思い知ったのは魔法の修行以外での時間中の事が多い。まず買い物にほとんど行かない。師デルシェリムは何かを食べている気配がなく、そもそも部屋に冷蔵庫すらない。

 おかしな場所に住んでいる事もそうだが、他の人間に接触している所をほぼ見ない。

 そして当たり前の事を良く知らないという事もある。

 彼女らが驚いたのは『殺し合い』が本当に、当たり前の世界に生きているという事実だ。


 普段の会話で他愛ない事を話す中、師匠の出自が気になったので二人して尋ねた時の事。

 師匠であるデルシェリムが生まれたのは五大国と呼ばれる、五つある大国のうちの一つらしい。その五大国自体古来からそれぞれ勢力争いを続け、現在でも国境の星々は小競り合いが繰り広げられているらしい。

 国が星一つの単位ではなく、数多ある星々を領域に入れて国家と成しているらしいのだが、それだけ大量の土地や資源がありながらも国境線に当たる場所では争いが止まないらしい。

 年に小競り合いが何度もあると教えられたが、その「小競り合い」の規模感がおかしい。

「我々の戦争での協定は『星を壊さない事』だけだ」

 その言葉を聞いて意味が分からなかったのだ。しかも彼女らは絶句してそれ以降、彼らの「戦争」を尋ねることが出来なくなった。

 単純にどういう事が行われたのか聞くのが怖いし、何ができるのか、どこまでできるのかと問うことが恐ろしかった。

 そして、師の言葉の中で彼女らが印象に残ったものがある。

「願わくば、魔術の探究のみを為して永らえたい」

 政争と、闘争と。どちらにも身を置いた魔法使いの心からの自嘲を心した。


 師匠は地球に住む人間の行動が理解できず、それが面白いという。

 まず魔法や魔術が無いからこそ警察機関の事件捜査が恐ろしく冗長化していると指摘された。指摘されたのは主に滝川まりねだが、あちらさん達は殺人や強盗などが発生した場合はすぐに犯人を特定できるらしい。

 専門の犯罪捜査官が乗り出してくれば数時間、長くても半日はかからずに解決するという。

 故に師匠は地道な警察の捜査を面白そうに見ているらしく、また魔法や魔術が存在すると国が認めているにも関わらず法規として定めず、回りくどく雑対係などを作って秘密裏に捜査させている様も人間の面白い行動の一つなどと評していた。

 松下エリザに対してもなぜ画一化された授業だけを受けているのかと、本気で尋ねていたこともあるが、教育を受ける側のエリザは「分かるわけないじゃないですか」と困惑させるだけだった。

 一人、師匠を先頭に、弟子二人が付いて歩く。

 時たま止まっては「街灯の形状が違う」などと、ぶつくさと目新しいものを探す。

 村山と別れ、歩いて数分。エリザを自宅近くへ送り届ける為に選んだ交通手段はバスである。

 東都統括第一警察署は大通りに面していない変わった立地であり、そこから大通りへ出るまでにそれほど時間を要した。利便性を考えれば大通りに面していても良さそうなものだが、なぜか大通りから一本折れた通りに大きな警察署があると言うのが珍しい。


 バス停で時刻を見ようとまりねとエリザが路肩へ近寄ったとき、後ろから声を掛けられた。

「ぃよう」

 バス停留所の前にある雑居ビル側に気付かないうちに見知った顔があった。

 銀髪を前後逆に被った野球帽に収め、秋も深まって寒いというのにティーシャツを着てジーンズ姿の、見ようによってはガラの悪い男である。

「……っ」

 驚いたのは彼女達二人だけではなく、師匠であるデルシェリムもがその男が居た事に声を掛けられるまで気が付けなかった。

「締結者か」

「その呼び方やめろよ。好きじゃないんだよ。そもそも一時的なものであってだ――」

「クロウセルさん、今日は何かご用ですか」

 先日、結果的には助けては貰いつつも囮にされるという不本意な状況下に置いた張本人を、エリザは皮肉気に迎える。もちろん、まりねと共に半眼でねめつける事も忘れない。

「……おうおう。これはとんだご挨拶だな。せっかくこの前やった仕事の報酬を持ってきたんだがな」

 彼女らは始め何を言っているのかよくわからなかったが、よくよく考えると確かに師匠には「初仕事」だと言われた気がする。仕事なのだから何かを成して、対価を得るものだ。

「報酬、ですか」

 滝川まりね、松下エリザ両名の半眼ジト目がおさまらない。どうせろくなものではないだろうとすぐに思い至ったからだ。バス代と称して三キロものダイヤモンドの原石を手渡してくるような金銭感覚の無さである。そんな輩がまともな報酬を用意しているとはとてもではないが思えないのである。

「あなた、エリザちゃんにダイヤモンドの原石あげようとしたわよね」

「あ、ああ。あれな、今回はアレとは違う」

 本当にコイツは解っているのだろうかという顔を一切隠さない。彼女らはこの胡散臭い格好の男が人間を容易く殺すことが可能な、それこそ「あちらさん」の本物の魔法使いである事を知っているが、身近にいる例と比較して人間味のある男に、つい子供っぽい男へ対応する様な態度になってしまう。

 エリザにしても同年代のアホな男子高校生的な印象を覚えてしまうし、まりねにしても年下のダメな男がへらへらと失敗を笑ってごまかそうとする様な既視感を覚えてしまう。

 実際にはクロウセル・ハルトベスは彼女らが思うほど軽薄な人物ではない。それを知っている者はこの場には一人として居なかったが。

「アレとは違うって、それじゃあ何をくれるんですか」

「いや、なにも」

「は?」

 何を言っているんだコイツは。二人の胡散臭い男を見る目が、どんどんと濁ってゆく。

 対面に居るクロウセルの眉が跳ねるくらいには分かり易い、辟易した顔が二人には張り付いていた。

「報酬は別に物じゃない。お前達二人に与えられる報酬は、俺のお助け一回だ」 

「……」

 またも彼女らは「コイツ、何言ってるんだ」という顔を隠しもしないし、何ならわざと見せてやっているんだとでも言いたいのだろう態度を崩さない。

 もちろん目の前の男が本物の魔法使いであるという事実は知っているが、それはそれだ。

 件の「お助け一回」とはなんぞや。

「なにそれ」

「聴いて驚け。なんと、一人一回だけ俺がお前らを助けてやろう」

「助けてやろうって――」

「受けておけ」

 クロウセルが現れてから一言しか発していなかった師匠、デルシェリムはこれを了承しておけと二人に助言した。

 魔法使いから一度だけ助けて貰えるというのは彼女らからしてみれば確かに心強いが、それならば師匠の、デルシェリムの庇護下に在ればある程度の事には対応できそうなものだが……

「彼は締結者だ。我々『アチラサン』とやらとお前たち人間の間を取り持ち、調整する役目を負っている」

 師匠が彼を「締結者」と呼んでいるのは知っているが、その「締結者」とやらがなにをしているのかイマイチ理解できていなかった二人。しかし、意外にもこの胡散臭い男は「締結者」としてご立派な役割を担っているらしい。

「締結者は人間側と我々との間に問題事が起きない限り直接介入する事は無い。聴くにエリザとまりねが困った折にはそれぞれ一度なら助力を得られると云う事だな?」

「そうだ」

 先ほどまでエリザとまりねに向けて話していた時はへらへらとふざけている態度を崩さなかったが、彼女らの師匠であるデルシェリムと話す時だけは酷く真面目に見える。

「本来ならばどちらかに極端に肩入れしないのが締結者だが、一度だけならばお前たちに肩入れをしても良いと云う事だ」

 彼女らにしてみれば普段「締結者」とやらが具体的にどういう仕事をこなしているのか不明だ。だが先日のティーガルトとの邂逅に際して見せた戦闘能力は彼女らの師匠であるデルシェリムには勝つ術が見えないとまで言わしめるものだ。

 その能力を持つクロウセルという男からの助力が得られるのだから、ごねずに受けておけというのは師匠としては至極当然の助言である。

 もちろん、師匠は締結者たるクロウセル・ハルトベスの背後にいる彼という存在を畏れての事でもあるが、彼女らはそれを知る立場に無いのだから言い含める内に混ぜる必要はない。

「で、お前らどうするよ」

「……なんか拒否権とか無い感じじゃない」

「それに他のモノが良いって云う事もないですし……」

 突然仕事を与えられた二人だが報酬の交渉など一切してこなかった為に、これは無償の奉仕活動の様な仕事なのだろうとどこかで思っていた節がある。人命が掛かっている為に視野狭窄になっていた感は否めないが、それでも何かが得られる仕事であるとは思っていなかったのである。

 そもそも魔法使い側の不手際のはずだが、なぜ二人に仕事が割り振られたのか。それを教えてほしいくらいだった。

「ちなみにだが俺がまた誰かと交代した場合もその報酬は引き継がれる」

 簡単に言うと一度だけならば本来、中立的立場たる締結者からの庇護を得られるという事らしい。それも締結者がいかなる理由により交代したとしてもそれは一回助けるという報酬自体は変わることなく履行されるらしい。

 口約束だが、魔法使いたちの間では十分に有効であるらしい。なんならエリザやまりねに合わせて文章として確約しても良いという。

「あたしは、別にそれでいいわ」

「わ、わたしも同じく」

「そうか、そりゃあよかったよ。俺としてもな」

 二人には何が良かったのか理解できない。なんならいつぞやこの男には魔法使いとして不出来であるような事を師匠共々指摘された事がある。そんな彼女らの面倒を一度ずつという制限はあるものの、請け負うというのに何が良かったのかさっぱり理解できない。

 ただその場に居合わせる者の中で同情したのは彼女らの師匠、デルシェリムである。

 クロウセルの言うアイツという存在、デルシェリムの言うあの方と言う存在。その存在は同一人物ではあるが恐らく二人の間での評価には大いに違いがあるだろう。

 魔法使いクロウセル・ハルトベスからすれば直接命令を受ける上司に当たる人物であり、彼の人生設計や未来を左右しうる存在として畏れているものが大きな割合を占める。もちろん機嫌などと言う程度の事では生死を決められるほどの強権を発動することは無いが、責任を負うべき仕事でケチが付けばその限りではないだろう。

 対して彼女らの師匠シュライナー・デルシェリムという男からすれば、そもそも過去敵対していた国家の最高権力者である。地球に来るにあたって亡命の様な形であり、祖国からも追われる身である彼からしてみれば「あの方」の機嫌を損なう事すら死に直結する。

 互いに身の上をある程度理解した上で同じ存在に畏怖する者同士、妙な連帯感が生まれた気がしないでもない。

「ところで、アレはいいのか」

 そう言ってクロウセルは彼女らの頭の向こうを顎で示す。

 四人してバス停留所前に陣取って話し込んでいたが、振り向けば目の前で空気が抜けるような音を立てて扉が開いた。

「あっ! 乗るっ! 乗りまぁすっ」

 エリザは学校終わりに急いで一度家に帰り、それから師服に着替えてわざわざ講座の為に電車とバスを乗り継いで来たのだ。このバスを逃すと次は三十二分後である。

 エリザは大慌てで目的のバスに飛び乗り、他の乗客から若干白い目で見られつつも何度か小さく頭を下げると他の客も興味を失ったようだった。

 エリザが歩道側の席に着くと、見送りに来たまりねは苦笑気味に手を小さく振っていて、対して師匠は相も変わらず不愛想なまま突っ立て見送る様だった。

 ただエリザは不思議に思ったのだが、一人足りないような気がすると車窓から辺りを見ていると声を掛けられた。

「誰を探してるんだ」

「誰っーー」

 誰って、魔法使いのあの人。エリザはそう反射的に答えそうになったが、話しかけてきたのが件の魔法使いのその人だったので、それ以上は継がない事にした。

「えぇ、なんで乗ってきたんですか」

「俺にも行くところがあるんだよ」

 そう言ってエリザの座る一人掛けの席、そのすぐ脇に件の魔法使いクロウセルが立っている。

 バスがゆっくりと滑るように走り出したが普通の人間より体幹が強いのか、魔法的な何かか。手すりなどにつかまる事もなくただ普通にそのまま立っていた。

「お金あるんですか」

「大丈夫だ、今回はお嬢ちゃんに借りたりしない」

 そう言うと履いていたジーンズのポケットから唐草模様のガマグチ財布を取り出してのドヤ顔である。

 止めてほしい。どこからどう見てもガラの悪い男だが、財布だけが古式ゆかしい唐草模様なのは。その財布は本人のものですか、どこからかご老人から奪ったものではないんですかと、警察から職務質問を受けそうな取り合わせにしか見えない。

 そもそもエリザはその警察署からの帰りなのに、これから別件として警察のお世話になりそうな輩と一緒に居たくないのだ。

「ちなみにお嬢ちゃんに簡単な話があるから、ついでだついで」

 どちらが主眼になっているのか分かったものではないが、用があるのならば手短に済ませて貰い、あとは他人のふりをしたい。

「あの人形だが、ちゃんと戦えるようにしておかないと後々面倒になるぞ」

「えっ」

 他人のふり、他人のふりとバスの進行方向。真正面を向いたまま黙って聞いていたエリザだったが、流石に聞き捨てならない言葉に顔を上げてしまう。

「いいか、あのおっさんは魔術師としては優秀な部類だが、本人は大した戦闘力を持っていない。だが、あのおっさんが作る人形は間違いなく兵器として優秀だ。お嬢ちゃんの持っている人形は使いようによっては俺やあのティーガルトと戦えるだけの潜在能力がある」

 正直なところ、エリザとしてはクロウセルに言われずともフリードはそういう目的で作られた人形だと理解している。ただ彼女はその戦わせるという目的だけの為に、意思あるフリードを使いたくないと思って来たのだ。

 師匠からも言われたのだ、フリードは愛玩人形として作ったわけではないと。

「……知ってますよ、そんな事」

「本当に分かってるのか。いいか、お嬢ちゃんがあの人形を使役下に置いているうちは心配してないが、お嬢ちゃんが殺されて奪い取られた後の事を考えろよ」

 自分が殺されて奪い取られる。聴いた瞬間、背筋が寒くなったが何故今まで考えなかったのか。いや、実際のところ理解しているし考えもした。

 師匠からフリードは長物を持てばそれなりに使えると教えられたのだが、長物とは槍やハルバードの様な武器だという。

 フリードは現代にはそぐわない様な武器を用いる能力を与えられているが、それは魔法使い同士の戦いにおいて必要技能として与えられたものだ。フリード自身、魔力が十全ならばいくらかの攻撃魔術をも使うことが出来ると聞かされてもいる。

 それがエリザの死後、別の魔法使いに奪われて何に用いられるのか。

 そんな事は考えたくないという彼女の、子供の様なワガママもクロウセルは許そうとしない。

「癪なことにアイツはいい仕事をお嬢ちゃんたち三人に与えたと思ってるよ。こっち側に足を突っ込んだのなら、正しい立ち位置をさっさと見つけるんだな」

 そういうとクロウセルはエリザのそばから離れてバスの降車口に向かう。

 次に止まった停留所で、クロウセルは自分で運賃を支払って降りて行った。

 胡散臭い魔法使いも郷に入っては郷に入る。ならば自分はどうだろうか。





 気が重い。気が重い時は、家の門扉も重いらしい。松下エリザは帰ってきた我が家の前で深く溜息を吐く。

 帰ってきて落ち込んだ顔をしたまま家に入ると余計なところで敏い母に勘づかれる恐れがある。なんとか玄関扉の前で顔を平常通りに取り繕って扉を開ける。

「ただいまー」

 帰宅した事を告げる挨拶を誰ともなく家の中に向けてしたのだが、居間の扉を隔てて小さく「おかえり」と聞こえる。

 松下家は広い吹き抜けの居間を中心にした構造で、エリザの部屋に行くには居間を必ず通らなければならない。顔を合わせたくない人物が居間に付随した台所で調理しているはずだ。

 玄関まで焼き魚の匂いがするので確実に台所でドヤ顔をしながら魚を見ている姿が目に浮かぶ。

 くだらないことを考えながら洗面所で手洗いうがいをし、とぼとぼと居間へ向かった。

「おかえりぃ」

「ただいま」

 一度玄関で声を出してした挨拶だが、面と向かってしないと気が済まないというのは母のこだわりである。そして魚を焼くグリルの前で腕を組み、日本人離れした洋の血が入った顔でドヤ顔しているのは彼女の悪癖である。

「また魚ぁ」

「良いじゃない、焼き魚。でぃー、えいち、えー? びー? しー? みたいなのが入っているから賢くなるわよ」

 母、エレノアの全く賢くない発言を聞いて不安に思うものの、魚料理が好きなのはエレノアでもエリザでもなく、エリザの父なのだから仕方ない。

 一人娘が良い歳になったのに、いまだに夫婦仲が良い。現に分かり易いのが食事で、娘が好きなものを作る頻度よりも父が好むものを頻繁に作る事からも分かる。娘であるエリザが辟易するくらい魚料理が続いたりもする。

 そんな母を見て、ついため息が出た。

「どうしたのエリザ。何かあったの」

「なにもないよぉ。ママ」

「はい、うそ。あなたは弱ってるときすぐママって出るじゃない」

「……」

 エリザの心中は顔には辛うじて出る事は無かったが態度に出るわ、言葉に出るわ。

 松下家の魔法使いは隠し事が苦手である。

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