12 蛇足2
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魔法使いによる魔法使いの為の講座を上司が開いた。
何やら魔法を使うのはとかく面倒であり、魔術とやらの方が人間には向いているという話をこれまでに受けた。
問題は魔術の説明に移る際に、上司が「いっぱい」などと魔術自体が多岐にわたり、どうにも覚えることが多いらしいという事が分かった。
故に書いて覚えようという事になり筆記用具の準備、且つただ並べた椅子に座って聞いているだけの状態から、書き取りがしやすいように机を用いる為にホワイトボードの移動、そして単純に休憩を兼ねて時間を取った。
ちなみに暇そうにしていた少女二人が前半の終わり際に上司に突っかかったのだが、今現在は見事にくたびれた我らが雑対係のソファーに仲良く二人して撃沈し、眠りこけている。
彼女らの横に、肩身の狭そうなデルシェリムが困り顔なのが新鮮である。
「よし、続きやるけどいいか」
「はぁ」
「いいけど、真珠ちゃんとこゆりちゃんは大丈夫なの、脳震盪って云ってたけれど」
エリザ嬢は困り顔で本当に大丈夫なのかと不安そうであるし、元医師である滝川警部は心配顔で、後ろのソファーに座った姿勢のまま寝入っている二人を見てはそう尋ねた。
「問題ない。クソ親父直伝だから大丈夫だろう」
ああ、それなら大丈夫そうだなと村山は思うし、なんだったらそれを聞いて納得した風なのは滝川警部も同様だ。上司の言うクソ親父というのは彼の父である。あの親からこの子というのは若干納得できない気もするが、良く出来た父に対してこの不良な息子である。
「そんなことより続きな。エリザちゃんは高校生なんだから帰宅時間考えて今日はざっくり説明を進めていくぞ」
「はあ」
エリザはそもそもデルシェリムの家で魔法の修行の様なことを行っていて、遅くなったところでいつも通りである。両親には友人宅で受験勉強をしていると言い張っているらしく、更に事情を知っている友人も口裏を合わせてくれているためにバレてはいないらしい。
彼女曰く、実際に友人宅で受験勉強を遅くまでする事もそれなりにあるらしく、親同士で挨拶時に話題に上がっても疑問を持たれないようにしてい居るという。
滝川警部と並んで澄ましていれば確かに優等生然とした雰囲気が二人並んでいるようだが、なんなら滝川警部よりも彼女は策士なのかもしれない。まだ子供でも女は女なんだと若干村山は背筋の寒い思いである。
「魔術とは設計図、形を用いて事象を発現するものである。まあ、ここまではさっき云ったが、その種類はかなり多い」
そうしてホワイトボードに『陣』『えいしょう』『動き』『ていぎ』『などなど』と書きなぐる。『陣』や『詠唱』は分かるが、『動き』と『ていぎ』など魔術とは何なのか分からなくなる。更に『などなど』なんて書く必要性のあるか疑わしい。
というか、面倒で漢字で書くのをあきらめたな。
「ええ、主に使われる魔術の形式。その代表例の一つ目に『陣』を説明する。誰もが魔法使いと云えば魔法を唱えるとか、魔法陣を書くといったものを想像すると思うがそのものずばり魔法陣だな」
そしてホワイトボードの『陣』と書いた下に綺麗な丸を描く。
「魔法陣が大抵円形に書かれる理由は循環を利用するためだ。魔法の時に説明したが、思い描きつつ事象を発現しようとすると事象発動までの間、魔力を垂れ流し続ける。それを防ぐ為に魔力の入る器としての円であり、入れた魔力が拡散しないように循環させるための円形だ」
筆記用具が紙上をすべる音が聞こえる。魔法の使えない村山にはさっぱりわからないが、魔法を使える彼女たちにしてみれば重要な事を上司は言っているらしい。
「あの、ただ円を書けば魔術になるんですか。なんか漫画とかアニメだと文字が書いてあると思うんですけど」
「はい、村山くぅーん。良い質問です。その通りっ! ただ円を描いただけの陣は魔力を一定時間保持するだけの効果しかありません。まあ、人間が魔力をどれだけ流した所で数分で魔力が拡散するけどな。魔力を蓄積し、そこに指向性を持たせ、発動させたい事象を指定し、定義する必要がある。それが魔法陣に書かれる文字列だな」
円形の中に何やら書き始める上司。魔法はホワイトボード用のペンで発動していいのかと村山は思ったものの「そういえば魔法じゃなくて魔術なんだっけ」などと別方向に毒された思考をする。
「ほい、というわけでドン」
そう言ってホワイトボードに手を当てると円とその中に文字を描いた中心の白い部分から水がほんの少しだけ細く長く飛び出した。
「ちょっと、床濡れたじゃない」
「火起こすよりマシかと思って」
警察署で魔術によるボヤ騒ぎなどあってはならないし、そもそも魔術を使って発火しましたなど通常ならあり得ないような供述をする訳にはいかない。
後先考えない上司に頭が痛いがまあ水だった分、確かに先ほどよりはマシなのだろう。
「水なんて後で拭きゃあなんでもないだろ。続きだけども『陣』の優れた点はあらかじめ指定した事象を魔力を流すだけで発現させられる事だ。事前に設計し、準備しておけるから紙に書いて用いたり、刺繍として衣服に着用しやすい。まあ、即席でその場で書いても良い」
そう言うと上司は自分が着ていた上着を脱いで裏地を見せてきた。黒い布地に辛うじて黒い糸で何か円形が見え、更によくよく見れば確かに読めない文字の様なものが刺繍されている。
「こんな風に着衣に仕込んでおくと魔力を流すだけで術が発動する」
知らない人間が見たら趣味の悪いスーツの上着にしか見えないが、先ほどから口先だけでなく本当に魔法使いらしい行いを幾度もしている上司の姿にこれは馬鹿にできるはずもない。
「ちなみにそれはどういう魔法陣なんですか」
エリザ嬢が挙手し、一度上司がうなずいて。
「術式として衝撃を減退する式を組んでいる。ズボンの方には対魔法障壁だな。まあ、あちらさんの使う魔法や魔術には有って無いも同然だけどな……」
急に声色が落ちこむ。上司がこれほど嫌な顔をしたのは久しぶりだったが、以前何か屈辱的な敗北でも味わったのかもしれない。流石に今、それを尋ねるようなことはしないが。
「『陣』は仕込んでおける優位性を持っているが、もちろん問題点もある。引き起こす事象が複数であったり、それが互いに干渉しあう様な複雑な式の場合、『陣』自体が巨大化していく点だ」
「巨大化って云うと、難しい術を発動するにはこの部屋一つの床に書かないと駄目とか?」
滝川警部はおそらくどれくらい大きくなるのかと尋ねたいのだろう。試しにこの部屋の広さを引き合いに出したのだが――
「いやいや、この部屋の床なんてまだ小さい方だぞ。やべぇ規模なら山一つを『陣』に見立てて組んだりする」
「や、やま?」
「そう。山」
村山が思っていたよりも魔法陣というものの規模が圧倒的に大きいことは分かった。だがそんなに大きなものを一体何に使うというのか。
「分かり易い大きな陣は墓だな。昔、世界中の権力者は死んだ人間の復活を目的として陣を組んだりしているが、大抵の墓に組んである式はデタラメな陣ばかりだ。魔力を流したとしても生き返らないし、生まれ変わったりもしない。はるか昔にあちらさんの肉体の修復術式をまねて墓に組み込んで、その当時の魔法使いが使ったりしたのかも知れないが生き返りはしないからな。それ以後はどんどん人間側の魔法使いの質が低下して行って、式を正しく読めないままに墓にそういう陣を書くのが流行っただけだな」
墓に魔法陣が組み込んであるという事実に今更、村山は何とも思わない。本当に魔法や魔術というモノがこの世にあるのならそれを放置しておくなど時の為政者が許すわけが無いのだ。
宗教的な意味合いがあってミイラなどを作っているのかと思っていたが、それが魔法というフィルターを通してみればその昔、本当に復活や転生を望んで行われた処置だと知れば納得でもある。
そして無言で一人、小さく手を上げる人物がいた。
「あの……」
「どうしたまりね」
「あ、あたし。生き返すまでは無理だけど、意思疎通できるくらいには復元というか、修復みたいな事出来るんですけど、それは――」
「だからよ。云ったろ、特殊だって」
確かに
「……」
「お前がやってるのは万年昔の、人間側の魔法使いが死に物狂いで求められた復活に近い一芸『魔法』なんだよ。お前のは純粋に『魔法』。術式じゃなく、ただお前の意思と魔力だけで成り立ってる本物のヤバいヤツがお前だ」
以前、村山は『遺体』を『魔法』で動かす滝川警部を見たことがある。確かに死んだ人間が動いてたのだ。正直、直視できないくらいの損壊具合であった遺体が滝川警部が魔法で一時的に動かすという意味不明に直面した。アレは上司の言う「特殊」な「ヤバいヤツ」ではなかろうか。
「ちなみに云っておくが、お前らの師匠であるデルシェリムさんでもあんな風に使役するのはムリだと思うぞ」
そう言うと上司はソファーに座る件の人物を見る。
つられて三人、振り返ってソファーに座るデルシェリムを見る。
「うむ。まりねの魔法は我々でも再現するにはかなりの労を強いるものだ」
再現するにはかなりの労を強いる。いや、労を強いるだけで出来るのかと村山は呆れたが、逆に言えば上司が恐れる「あちらさん」である彼の人が「強いられる」とわざわざ付けたのだから滝川警部の一芸は相当なものなのだろう。
「つーわけだから。まりねはあんまり自分の使う『魔法』についてあんまり他人に話すなよ」
「解ってるわよ。そもそも、魔法で一時的に人を復活させるなんて云っても誰も信じないわよ」
「相手が魔法使いだったら最悪、誘拐されんぞ」
「えっ」
「えっ、っじゃねーわ。自分で研究して魔術式作るよりも、お前誘拐して魔法使わせた方が人を生き返す手間かからねぇし」
「……」
当人である滝川警部は雑な扱いをされている事に言葉を失った訳ではなく、自分の力に恐怖している様だ。
「つーわけで基本的にあの『魔法』に関しては黙っておけ」
「わ、わかったわ」
滝川警部はそう返事すると用意したメモ帳に『魔法、ダメ絶対』と書き込む。いやいや、それは何か違う気がしますよと、声をかけるのを躊躇うほどに真剣な表情をしていた。
「じゃあ、陣の話に戻すが。複雑な術式の陣は規模が大きくなると持ち運びが難しくなる。更に複雑な式を組むと魔力使用量が比例して増える。まあこんなところだな」
難しい魔術を使うとなると準備がどんどんと面倒になり、先ほど話にあった『魔法』と同じく流石に複雑化した魔術は魔力使用量も比例して増えるらしい。
「ほいじゃ、『陣』の話はこれで終わりな。次、『詠唱』に移る。詠唱はまあ分かり易く云うと魔法使いの唱える呪文です。ちなみに歌も元来魔術を用いる為の手段。詠唱そのものであり、あちらさんは滅多に歌ったりしない」
「歌も歌わないんですか」
「鼻歌くらいは歌うらしいが、言葉を乗せて歌うと予期せぬ魔法や魔術が発現するリスクがあるらしいぞ。あちらさんは保持している魔力が多すぎて、ちょっと気分よく歌うと勝手におかしな魔術式として発動するらしい」
呪文を唱えて魔法を使うというのも何となく思い描く魔法使い像に合致するが、逆に魔法や魔術が勝手に発動するために歌えないというのは驚いた。普通に生きていて会話するだけも発動しそうなものだが言葉を発するだけでは発動しないらしく、抑揚をつけて歌として声を発した場合にのみ勝手に発動してしまうらしい。
流石に上司が適当な事を言っているとは思わなかったが、確認のために振り向いてデルシェリムの方を見れば無言でうなずいていた。
「詠唱の利点は手ぶらでいい事だ。ただ自分で声を発してそこに魔力を乗せるだけで事象が発動する。事前準備としては詠唱の内容を考えておかなくてはならないが、一度詠唱に慣れれば使い勝手は良い」
術式としての内容を事前に考え構成し、その詠唱を練習しておきさえすれば何も持たずに『魔法』ではなく『魔術』を発動できるとのこと。
事象が発動するまでの間に魔力を垂れ流す『魔法』と違い、詠唱時に応分の魔力を込めればそれ以上は消費されない。魔法と違って言葉、歌という型に当て嵌めて発動される術式である利点はそのあたりらしい。
「そして『詠唱』の問題点は音として相手に発動前に伝わってしまう事だ。簡単に云えば『これから炎を出現させる魔術を使いますよ』と詠唱中の文言で内容が分かり、詠唱がすべて終わってから事象が発現する。なので回避ないし、対抗術式を組まれて対策されやすい点だな」
これからあなたに石を投げますよと宣言して放り投げる石と、無言で突然投げつけられる石ならばどう考えても前者の方が簡単に回避できるだろう。詠唱というものも言葉ないし、歌の内容から術式を類推されやすいモノらしく、対策する方法はあるらしい。
これは魔法や魔術が使えない村山としても理解しておくべきものだ。使えずとも何が来るのかわかればある程度の対応はただの一般人でも可能であろう為だ。もちろん優等生二人に倣って、村山もメモを取る。
「その詠唱って絶対に言葉でないといけないんですか? こう、相手に分かりにくいメロディに置き換えて隠すとか」
エリザ嬢が使うことを前提とした質問を投げる。魔力など知覚しえないし、全く魔法など使えない村山からすれば実践的な質問を投げかける事すらできない。
「そうだなぁ。基本的に詠唱は意味のある語を用いねばならないが、あちらさんの詠唱技術は俺は知らないからなぁ」
上司は手に持っていたペンの尻で頭を掻く。
上司が苦手としている「あちらさん」と上司たち人間側の魔法使いでは魔力量とやらも技術力もがかけ離れているらしい。そしてこの話題でデルシェリムへ話を振らないのはこの話に関しては「訊いてはいけない」からだろう。
「基本的に言葉による概念定義、歌としての式の成り立ちがあるからな。俺が知っている式は大抵が言葉を用いた術式だからそれ以外となるとちょっとなぁ」
解らないものは解らないのだと上司は言う。本当ならデルシェリムへどうにかならないんですかと尋ねたい思いだろうが、魔法使い同士線引きは弁えているという所か。
「あと詠唱の問題点は陣と同じく、複雑かつ高等な式にしようと思うと詠唱自体が長くなるし、比例して魔力使用量が増えることだ」
「ここまではいいか。何か他に疑問に思うことは無いか」
「詠唱って基本的には日本語で良いんですか? 外国の魔術には外国語じゃないとダメとかは無いんですか」
「魔術としての詠唱は基本的にその人間が普段から思考する言語を主に使うと良い。日本人だが生まれも育ちも海外で、外国語を主に使って生きてきた場合は基本的な思考を行う際の言語に準ずる」
詠唱の基本理念としては持ちうる概念を空間中に定義することらしい。
生まれ育ち、当たり前の様に思考するが大抵の場合人間は最も慣れ親しんだ言語で思考する。当然、英語圏に生まれ育ち、英語に慣れ親しんだのならば普段から英語で概念を定義し、思考するのだ。
魔術としての詠唱は、その人間の持つ概念定義によるとのことだ。故に可能な限り普段から慣れ親しみ、思考する言語を詠唱時に使用するのが望ましいらしい。
「エリザちゃんは名前からして外国人っぽいけど、普通に日本語でモノを考えてるか」
「あ、え、はい。というか日本語以外は苦手です」
「なら基本的には日本語で詠唱すると良い。まず間違いなく発動に失敗はしないからな」
上司の発言に更に質問を重ねたのは滝川警部だ。
「はい。普段からの日本語話者が日本語を使えば失敗しないからって事は、日本語話者がほかの言語を使うと失敗する可能性があるってこと?」
「ああ、そう。正しく言葉の意味や概念を定義できず、頭の中で思い描く事象と口にした言葉の間に齟齬があると正しく発動しない」
「じゃあ、更に質問なんだけど。あたしはドイツ語とか英語ならそこそこ使える自信があるんだけれど。日本語とドイツ語や英語を混ぜた詠唱を作ったとして、それは発動するの?」
元医者である滝川警部は才女である。医師であるからかカルテを書くのにドイツ語をある程度なら修めているらしいし、大学時代や医師としての勤務時代学会や研究会に顔を出すたびに英語を話す機会も多かったという。
「確かしっかりと概念定義が出来ていれば言語が混ざっていても大丈夫なはずだ。つーか三言語を混ぜて使えば確かに相手に聞かれても何を言ってるか分かりづらいだろうから有用だろうな」
「そうなのね。良かった」
滝川警部も実用を目的として質問し、自分にできそうである事を確認して安堵している。エリザと滝川警部は己の糧として、このふざけた上司の魔法使い講座を受講できている。
村山としては意味不明な存在に対抗するための知識自体はある程度学ぶ機会にはなっているが、彼女らと違って実感を伴っていない。単純、純粋に知識だけの蓄積である。
なので村山としては正直、魔法使いを相手取るために作られたという雑対係の人員として戦力になれていないのではないかと不安と焦燥感は拭えない。
「他に無いみたいなので次に行くぞ」
そういってペンの尻でホワイトボードを叩く。叩いた場所のすぐそばには『動き』という文字である。
「『動き』まあ踊りであり、普段人間が何気なく行う行動にも魔術的要素がある」
「普段の行動に、ですか」
なんともまあ優等生的な追従する疑問。エリザ嬢は上司にとってとても良い生徒であろう。
「まず手を合わせる動作だが」
すると上司はペンを手に持ったまま、両の掌に挟んで拝むような姿勢を取る。
「これは分かり易いが仏教的動作であり、循環と輪廻に関する魔術的要素を持った行動式だ」
「拝むという行動が魔術なんですか」
「両手両腕、胴体を使って円形を成し、魔力を循環させるものだな。元々は己の内にある力と向き合う為の行動式だ。魔力を己の中に感じ、初歩的な魔力操作の訓練に使われる行動式の代表例だな」
手を合わせるという動作にどういう意味があるのか村山には解らない。仏教をちゃんと学んだことなど無いし、そもそも「神社」の息子である上司がなぜ仏教の所作に魔術的な要素があると知っているのか。
「ただ拝んで魔力を流すだけなら魔力操作の訓練でしかないが、そこに右手で破壊を、左手で創造を成しているという概念をしっかりと持って己の中で昇華していくと己の中にある輪廻の概念から悟りを得られるとかっていうものらしい」
らしいなどと不確定な言い方をしているが、過去実際に弓張三千代自身が手を合わせて魔力を流し、自分で検証した結果、実は「良くわからない」という結論に至ったようだ。
「まあ、大昔の魔術なんて失伝してるから本来の用法や目的は正確に解らんがな」
歴史学者もびっくりな合掌の秘密を紐解いたかと思えば、実は失伝していて良く分からないという。中途半端に気を持たせたくせに、実はよくわからないとは肩透かしもいいところだ。
「あとは占いも行動式の一つだな」
「占いって、星占いとか手相占いとか、血液型とかですか?」
「まあ星占いと手相は確かに魔術的要素を持った行動式だが、血液型占いは基本的に何の魔術的要素もない。あれは血液という魔力を帯びやすいモノを引き合いに出してそれっぽく見せただけのエセ魔術的行動式でしかないな」
本当の魔術としての占いは存在するらしいが、どうやら商業的に優先されて作られたモノも存在するらしい。本物がどれで、偽物がどれかなど一般人には全く分からない。
「えぇ、テレビで毎朝血液型占い見てたんですけど」
現役女子高生がなにやら今まで知り得なかった事実に打ちひしがれている。テレビが大々的に、それこそ毎朝情報番組で発信しているものを信じて見ているなどなんともエリザ嬢は純真だなあと、他人事のように村山は微笑ましく眺める。
「占いは確かに人の未来や精神指向を読み取れるが、あまり占いを妄信しない方が良いぞ」
「え、でも本物の魔法使いがやる占いって当たるんですよね」
「当たるには当たるが、何度も魔法使いの行う占いを指標に自分の行動を決めていると文字通りその魔法使いに『占われる』からな。人生で本物の魔法使いから占ってもらうのは一回、二回なら良いが何度も繰り返すとソイツの人生そのものが使役されるものになる」
「え?」
弓張三千代という、それこそ本物の魔法使い曰く。
占いとはそもそもその人間の持つ可能性を示唆する行為である。だが数多ある可能性を占い師の言うとおりに決定する人生を繰り返すならば、それは「占い師に使役される人生」となる。
文字通り『占われる』人生となり、実際の決断や判断はすべて占う側が行い、人生を送る当人の意思が薄弱としてしまい、当人は使役される存在となるらしい。
「つーわけで本物の占いはお勧めしない。うちの神社で御神籤でも引いとけ」
なぜ自分から商業的な方向に貶めたのか。いや、上司の父である方陣さんが作っているなのならご利益……というか、当たりそうではある。
「次に行動式の分かり易い代表例としては『踊り』だ」
先程、ふざけた尻を振る奇怪な踊りを披露していたがアレはこの部屋にいる人間の気分を害する類の魔術ではないか。そうだ、そうに違いない。
「踊りというのはそもそも人間が普通に生きる上で必要のない動作だ。狩猟、採集するにも、農耕をするにも、普段人間が行わない動作が多分に含まれている。なぜわざわざそんな動作をするのかと云えば単純、それを魔術式として利用するために本来生存に必要ない動作をする」
『動き』そのものが魔法陣ないし、魔法の詠唱として機能するというのが『踊り』らしい。
上司曰く、陣の様に持ち歩く必要が無く、詠唱の様に声に出して相手に気取られる事もない。特定の動きを術式として用いる為に最小限の動作で事象を起こすことも可能だという。
「そうだなぁ。神道系なら神楽とかだな。神を降ろすなんて考えられているが実際は神の力の一部を借り受けるモノが大半だ」
神の力を借り受けて何をするのか。神社で行う神事であるのだから、豊穣を祈るとか、天災を鎮めるだとかそういう意味合いを持つものらしい。
「海外だと精霊を降ろして力を用いたり、戦いの為に戦意高揚を目的とした魔術式が多いな」
『踊り』が魔術だとは村山は上司の話を聞くまで思いもよらなかったが、言われてみれば確かに『踊り』を儀式として行っている所もあるなと、昔見たテレビ番組を思い出す。少数民族が訪れたリポーターの為に歓迎の踊りを踊ったかと思えば、神に恵みを感謝するお祭りでも踊っていた。そういう儀式も元来は魔術だったと言われればそうなのだろうなとも思える。
「つーわけで『動き』にも概念を定義し、魔力を必要量流す事による魔術が存在する。もちろん問題点もあるぞ、そもそも動き自体に意味を持たせる必要性があるから動作自体が独特で見ればわかる場合がある事と、動きにしっかりと概念定義しなければ事象発現しないという使いにくさがある。簡単に云うと必死に練習しないとダメって事だ」
文字を書くことも、言葉に出すことも、動くことも魔法であるという。人間に出来得るすべての行動は魔術として用いることが出来るのではないか。それなのに、上司がホワイトボードに書いた文字にはまだ残りがある。
「さて次だが、これはかなり面倒だ。つーか何云ってるのか分からないと思うがまあ一旦聞け。後で質問を受け付けるから」
そういうとホワイトボードに書いた『陣』『えいしょう』『動き』これらを一括りするように下部でカッコ閉じの様に弧の線を書く。するとその弧の最も膨らんだ位置から線を伸ばし『ていぎ』へと矢印を書いた。
「この三つ。陣、詠唱、行動の三式はすべて定義式と呼ばれるものだ。概念を文字、言葉、歌、動きで定義してそれを術の使用者が魔力を与えて式の事象発現を行う」
上司の言う『ていぎ』とは魔術としての定義であるらしい。わざわざ分離せずともその三つを説明する間にどこかで「概念定義が重要」とでも言えばいいのではないか。そうは思いもしたのだが、上司がわざわざ別で説明し、更に説明した後に質問を受け付けるというのだから分ける意味があるのだろう。
上司はホワイトボードを一度すべて消す。
そしてまた『陣』『えいしょう』『動』とホワイトボードに縦並びに書いたのだ。ちなみに『き』はリストラされたようだ。
「魔術の前に説明した魔法は思い描いたものを魔力から直接事象として変換するものだが、だいたいの魔術は魔法の途中、思い描くという段階にそれぞれさっき説明した三式を入れて行使する」
ホワイトボードに『法』↓『じしょう』それと『法』↓『式』↓『じしょう』と並べてボードに書きなぐる。説明からすると『式』を途中に噛んでいるのが魔術だ。
「この式は概念を定義するものだ。個々人が思い描くという抽象的な概念を、誰が用いても同じように規格統一する為の重要な根幹部分と云っても過言ではない」
魔法という超常現象が使えるというだけでも村山からは隔絶した世界の住人であるように感じるが、彼もすでにそちらの世界を相手にしなければいけないのだから他人事のように眺めているだけでは済まない。
そして上司がクソ真面目な顔をして、それっぽくご高説くれているのが新鮮でもある。
「魔法の事象を定義する、という行為そのものが魔術の根幹だから書くなら『定義』の下にさっきの三式がぶら下がった絵を書いておくと良いぞ」
じゃあ定義を最初に説明したらどうなのかとも思ったが、先に『定義』だけを説明されてもそれはそれで分からなかったかもしれない。
文字列、言葉、歌、動き。これら一目見て、一度聞いて分かる一般的な『概念』に、それこそ一般的ではない『概念』もあるのだと後付けして解説をくれているのだ。
「そんじゃ最後だが、おい村山。銃出せ」
「はあっ?」
急に人でも撃ちたくなった、とでもいう口ぶりで唐突に銃を出せと言われた。警察官だから拳銃はずっと携行しています、などという大馬鹿野郎など居はしないのだ。
が、残念ながら不良行為をしているのは上司だけでもない。
最後にと前置きしたのだから、『などなど』の部分だろうか。
「危ないですよ」
「わーってるよ」
椅子に座ってはいるが、村山は腰からすっと拳銃を取り出すと上司へと手渡す。
流石にそのやり取りに学生であるエリザ嬢はぎょっとした顔をしていたが、滝川警部の方はあきれ顔である。
拳銃が当たり前の様に腰から出てきたが、村山としては不本意ながらも上司に「お前のだ」と渡されたモノを携帯しているに過ぎない。
古めかしい大戦期を乗り越えた拳銃らしく、しかも押し付けられたときに「無限に撃てる」などと言われた意味不明な拳銃である。拳銃が無限に撃ててたまるかと最初は村山も馬鹿にしていたのだが、実際に撃ってみると本当に何発でも撃てるというとんでもない代物だった。
そんな意味不明な『拳銃』を今更何の説明に使おうというのか。
「はいこれ。魔術式を組み込んだ拳銃です」
「゛えっ」
持っていた村山自身、そんな事知らなかったとばかりに声が漏れる。まあ、拳銃を出せと言われた時点で何となく無限に撃てる理由は魔法か魔術だろうと思っていたが、上司の「魔術式を組み込んだ拳銃」という言葉が村山の中で引っかかった。
「魔術の使用方法の中では一応、陣式に該当するが円形の陣ではなく分裂可動式というモノだと思う」
また「思う」などという中途半端に分かったような、良く知らないような言葉だが、その拳銃は元々「あちらさん」の魔法使いが使っていたものだと聞いた気がする。なので上司ですらその全容が分からないのかもしれない。
「スライドと本体に分けて式が書いてある。こういう風に稼働して連結して発動、銃を撃った時に離れて終了といった具合にモノそのものを魔術式用の器として利用しているパターンだな」
そこまで聞いて、村山は己の中に引っかかった棘の正体に気が付いた。
「あ、あのちょっと良いですか」
「あんだよ、説明途中なんだが?」
「いや、魔術式が組み込んであるって、魔力を流さないと魔術や魔法は発動しないんですよね」
「そうだが? つーか何度も説明したんだし、書いておかなかったのか」
「いや、ですから。俺、その拳銃を使ってて魔力とか流した事無いんですけど」
「あ? ああ。いや、お前魔力あるぞ」
「……えっ?」
何を言われているのか村山はさっぱりわからなかった。
「まあ、この拳銃はいわゆる魔道具というもので――」
「いやいやいやっ! え、何ですか全く自覚が無いんですけど。俺も魔法使いなんですかっ」
「え、なに。なんでそんなにテンション高いんだよ。急だな」
見るからに「コイツ面倒くさい」という顔を弓張三千代は隠さないが、今まで村山は一度たりとも「お前は魔法が使える」などとは言われたことは無い。
「『急だな』じゃないですって、むしろ俺の方が急に『お前魔力あるよ』なんて云われてどうすりゃいいんですか」
「うるせーな、説明するからちゃんと聴けよ。いいか、もう一度云うがこれは魔道具だ。魔力を持っていれば誰でも使えるんだよ。この銃が勝手に人間から魔力を吸い出して勝手に術式を発動するからだ。つーか一番最初に魔法とは何ぞや、って話のときに魔力は人間はみんな持ってるものだって云ったろ。大抵の人間は自発的に使えないから死蔵してるようなもんなんだよ」
「じゃ、じゃあその拳銃を使う時だけ俺の魔力が使われるって事ですか」
「そうだ。つーか村山ぁ、お前魔力切れで俺ん家でダウンしてたじゃねーか」
じゃねーか、じゃねぇよ。ただ村山はあきれるばかりだった。