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11 蛇足1

他サイトにも重複投稿。


この後日談で作品設定を書いている様に見えると思いますが、

キャラクターの語る設定はあくまでもその「キャラクターの信じる理論」です。

神名シリーズ通しての絶対的な『設定』ではありません。


後日談的蛇足その1

「第一回、魔法使い講座。はい、はくしゅー」

「……」

 使い古されて表面がデコボコしているのが文字の歪みから見える。そんなホワイトボードを約一名、どこからかっぱらってきたんだと、内心冷や冷やしながら眺めている男を含め、三名が古めかしい事務用の椅子に座って一人自画自賛の様に拍手する男に向かう。

「なんだよお前ら、ノリ悪いなぁ」

 第二会議室から無許可で勝手にホワイトボードを拝借してきた男が不満顔で男性一名、女性二名に向けて言い放つ。

 彼らがいる場所は、東都統括第一警察署。その警察署内の一室、そこは明らかに世間一般で言う警察署の内部とは思えない光景が広がっていた。

 まず子供がいる。十代前半の少女が二人、ホワイトボード脇の男など無視して二人で勝手に落書きを始める。一人は紺色地に赤椿の着物をたすき掛けにした、栗毛色のツインテールを揺らした少女。もう一人は一切飾り気のない黒いワンピースを纏い、黒髪を巻いて後頭部で団子に結った少女。

 二人が肩をぶつけ合いながらホワイトボードの左下を奪い合っていた。

『バカ、アホ、けむくじゃら、とりあたま』

「あの、良いですか」

 椅子に座る三名のうちの一人、男性である村山慶次が手を上げて尋ねる。彼はこの東都統括第一警察署に所属する警察官である。突然「ここ使うから」などと、午後五時半ごろにホワイトボードを引きずりながら現れた上司、弓張三千代への質問だ。

「はい、慶次君。どんとこい」

「……」

 座ったまま上げた手を握りこぶしにして上司を殴ってやりたくなったが、流石に自重する。上司が可哀そうなのでそっと手を下げてやった。

「俺、魔法使いじゃないんですが」

「はい、村山くぅ~ん。ここ雑対係はね、魔法使いを相手にする係なんですよぉ。前に説明したよね」

 『え、なに、忘れたの?』みたいな、いや、実際にそう煽ってくる上司。彼の隣で呆れているのは同様にこの係に所属する滝川まりねで、更に滝川の向こう側に座っているのは現役高校生である松下エリザという娘だ。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。というわけで、魔法使いと一緒に『魔法使い』とは何ぞやという事を学んでもらいます」

 一緒に。そういう上司はそちら側の『魔法使い』である。そしていま村山と共に並んで座る女性二人、滝川まりねと松下エリザもまた『魔法使い』らしい。らしいというのは滝川の魔法の様なモノは見たことがあるが、エリザがそれを見せたことは無いからの不確定である語。

 なんたってエリザという娘に会うのは、二度目かだらだ。

「はい、質問」

「はい、まりね君」

 この上司は教師ごっこを止めるつもりはないらしい。

「な、なんで警視から魔法使いについて教わるんですか。師匠が今度教えるって云ってたのだけれど」

「はい、お答えしよう。それは――」

「それは人間側の魔法の常識はユミハリの方が詳しいからだ」

 どや顔で「これから君たちに、この俺が教えてあげるよ」とでも思っていたに違いない上司の言葉を、渋い男性の声が遮った。村山には聞き覚えのある人物の声だ。

「デェ、デルシェリムさん。どうして来たんですか」

「どういう話をするのか気になってな」

 先日、初めてエリザに会った時にも現れた「本物」の『魔法使い』と呼ばれる男だ。そんな彼がなぜここに来たのかと言えば単純、村山の隣に座る滝川まりねと松下エリザ両名が彼の弟子だからだろう。

「は、はぁ……」

 見るからに「やり辛い」と言う顔に変化し、急におとなしくなる上司。しかもこのシュライナー・デルシェリムという人は雑対係に来るたびに毎度やらかすことがある。

「ところでユミハリ、いつになったら扉を直すのだ」

「す、すみません予算が無いもんで……」

 べニヤ板の様に薄っぺらい扉しかない、この雑対係。一応、そう、一応これは扉ですよと主張するためだけに、取ってつけられたようなドアノブが付けられていたのだ。付いていたのは過去形だ、今は見事にデルシェリムによって再びドアノブがもぎ取られ、ずんずんと歩いてきた彼は最寄りの机にドアノブを放り投げる。以前壊れた時、上司がどこか別の部署からくすねてきたガムテープで補修されていたが、そんなもの気休めにしかならなかったのだ。

 そもそもドアとして閉じなかったのは最初に壊れてそれ以来、ずっとだ。


「……でぇ、では。改めて。だ、第一回、魔法使い講座……を、始めます」

 今度は自賛するような拍手などしないし、強要もしない。デルシェリムという存在は、上司の抑制剤足り得るのだから、ずっと居てくれてもかまわないのだが。

「ええっと……まあ、なんだ。魔法と云うものはお前らは何だと思う?」

「知りませんよ、解らないからこういう講座を開いたんでしょう」

 反射的に、上司である弓張がふざけたことを言うと返す刀が出てしまうのは、この係に配属されてからの癖になりつつある。そんな風に慣れ始めた村山は、半分自嘲も込めて上司を見やる。

「村山ぁ。ほら、何となくお前らが想像する『魔法』だよ。別に知ってる事前提で訊いてねぇよ」

「じゃあ、絵本とかに出てくるシンデレラの魔法とかって事?」

「はいは~い。えむぴー四ポイントで火の初期魔法が使えるとか」

 村山以外の女性二人。それぞれが思い描く『魔法』を口にする。

 彼女らの間には隔絶した何かがあるように村山には思えるが、それぞれ『魔法使い』になる前の、彼女らなりの「魔法」を思い浮かべたのだろう。

「お、エリザちゃんだったか。もしかしてクラエレシリーズ?」

「あ、弓張さんもクラエレやってるんですか」

「俺、フォーからやってるぞ」

「わたしトゥエルブからですよ。友達に貸してもらいました」

「あー、あのポータブルのヤツか。俺据え置きのしかやってないわ」

「そうなんですかー」

 村山でも一応そのシリーズは知っている。確か十八作目まで出ている超ロングシリーズだった気がするが、彼も九作目を友人の家で見かけただけでやったことは無い。そもそも村山自身ビデオゲームをするより、体を動かして遊ぶことが多かったので興味など持たなかった。

「あたしはげーむとかしないから、分からないんだけどえむぴーって何?」

 的外れな質問をし始めた滝川警部になんと声を掛けようかと村山が逡巡していると、予想外にも上司はその言を拾う。

「確かマインドプロテクトだな。心の障壁を具現化して憎悪に染まった精霊を倒すんだよ」

 なぜ『魔法使い』についての講座なのに、クラエレなんてゲームの話を掘り下げるのか。

 クラッシュえれ、えれ……なんだったか、村山は忘れてしまった。

「まあ、ゲームでも絵本でも。漫画でも、映画でも何でもいい。魔法っていうのは大体人間が思い描く超常現象だ」

 もうなんでも良いらしい。だが、村山は魔法というモノが具体的にどういったものか見知っている。そして居並ぶ彼女らは「本物」の『魔法使い』であるデルシェリムの弟子だというのだから、村山よりは深く知っているのだろう。

「そしてまりねが疑問に思ったえむぴーは俺たち『魔法使い』が魔法を使う為の力、魔力に相当する」

 どうやらクラエレは本日の教本として用いられるらしい。上司の言うマインドプロテクトが実際にあるものだと仮定して、村山が見てきた事象は説明できるとそう宣っている。

「まあ、魔力。クラエレで云う、えむぴーは基本的にみんな持ってるものなんだ。人間は基本的に使い方を知らないし、知っていたとしてもほとんどの人間は魔法を使えない」

「え? あたしもエリザちゃんも使えるけど」

「ほとんどの人間って云ったろ。使える人間も稀に居るんだよ」

 ホワイトボード脇の上司は尻すぼみに「そういうヤツらは大抵タチが悪いけどな」などとこぼしていたが、村山にも心当たりはあるし、滝川にもそういう心当たりはある。松下エリザという少女にそういう心当たりがあるかどうかは村山には分らなかったが。

「そんで、使える人間と使えない人間の差は明確にある」

「差ですか」

 エリザと呼ばれた少女は良い生徒らしい。疑問に思ったことは口を突いて出る。教師役はそれに答えれば良い訳だ。

「ああ、差だ。まず第一に一定水準以上の魔力を保有すること」

「その水準以上か未満かって云うのは大事なことなの? 魔力は皆持っているのなら、誰でも使えそうな気がするけど」

 滝川警部は誰にでも使えそうなどというが、村山からしてみれば誰にでもそんなことが出来てたまるかという思いもある。滝川が用いた魔法は死んだ人間を一時的に蘇らせるとでも言うべきものなのだから、そんなものを軽々しく「誰にでも使えそう」などと口にしてもらいなくないと村山は密かに思う。

「あー、そうだな…… そう、例えば全力疾走したとする」

 唐突にクラエレ以外の例え話が始まった。

「全力疾走中に声をかけられたら、まりね、お前はどうする」

「ど、どうするって状況によるけど。大事な話ならちゃんと止まって訊くわよ」

「んー、人の命が掛かってるから走るのは止めたらダメだと付け加えたら?」

「……走りながら訊くわね」

「んで、全力疾走中に凄く難しい質問されたとしよう。それに答えなくてはならないが、自分の考え付いた回答が説明に五分くらいかかるとしたら?」

「五分? 走りながら五分間相手に回答するの? ……無理よ。考えがまとまらないだろうし、息も続かないわよ」

「そう、それ。一般人と魔法使いの差はそこだ」

「……どこよ。今の話でどこに差があったのよ」

 上司は例え話が下手らしい。今の話を聞いていても、とてもではないがどこに差があったのか全く分からない。

「全速力で走る人間に追いついて、質問し、五分間の回答を要求する側が『魔法使い』だ」

「は?」

 それは差じゃなくて立場だろうに、上司はどや顔で「魔法使いを端的に上手く説明したぞ」感を出している。全く上手く説明できていないし、意味不明な例え話で余計『魔法使い』という存在が遠退いた気がする。

「酸素だ」

 突然、黙って聞いていたデルシェリムが言葉を投げてくる。彼はぼろぼろになった雑対係のソファーに座り、ただそれだけを投げてきた。

「さんそ? ……もしかして生命維持に必要な酸素が魔力の例えになってるの?」

「お、流石医者。せいかい」

 指を銃の様にして上司は滝川警部に向ける。

「俺はまだわからないんですけど」

「んだよぉ、村山くぅんは呑み込みが悪いのかなぁ?」

 うぜぇ。凄くぶん殴ってやりたくなるが上司であるし、村山自身の職業は曲がりなりにも警察官であるのだから、暴力沙汰は許されない。

「わたしも良くわからないんですけど」

「……」

 先ほどまで上司と意気投合していた少女が小さくおずおずと手を上げて「先生、良くわかりません」の図を作っている。

「えっと。走っていると息が苦しいじゃない?」

「はい」

 当たり前のことを言う滝川警部に、当たり前だと少女が答える。

「人間は全力で走っているとそれ以外の行動って難しいでしょう? そもそも全力疾走しているなら脳が、全身が酸素不足で話すどころじゃないし。『魔法使い』は酸素が、魔力が生命維持とは別に、余剰にあるって事なんじゃないかしら」

 全力で走っている最中に話しかけられ、それに答えられる者はそう多くないだろう。だが魔法使いという者は全力疾走中でも生命維持に使う酸素とは別に思考し、話す余力の酸素を体内に持っている様な者の事を言うらしい。

「ああ。じゃあ、実は、えむぴーじゃなくてえいちぴーが多くて、えいちぴーの方を使って魔法を使ってるって事ですかね」

 例え話に例え話を重ねる事で余計村山は頭が混乱したが、松下エリザ嬢はどうやらクラエレ基準で納得したらしい。村山だけがイマイチ何が差なのか分かっていない。

 えいちぴー? ヒトじゃないポイント、では無いか。

「えいちぴーが多くて…… んー、まあ、そういう考え方もあるな」

 そして上司が彼女の言葉を聞いて、間違った認識ではないと言う。

「まあ、魔力は皆持ってるけど、自分で自由に使おうと思っても大抵の人は少なすぎて使えないんだよ。余剰分だけを魔力として使えると思ってくれて良い」

 簡単に説明できるならそれだけで良いじゃないかと村山は思ったが、何となく講座などと言って教師ぶったことがしたくて無駄な例え話を持ち出したのだろう。そもそも余剰も何も、魔力というモノ自体が得体の知れないモノではないか。

「あの、そもそも魔力って何ですか。それこそ俺は魔法使いじゃないんで分からないんですけど」

「はい、ダウトー。村山も絶対知ってるやつでーす」

「はぁ?」

 知らないものは知らないし、分からないものは分からない。


「魔力とは一言で云うと、エネルギーですっ」

 ホワイトボードを平手で勢い良くたたいた。当然、固定されていないホワイトボードは動いてしまう。するとボードの左下に二人して落書きしていた、たぬき娘と真珠が突然動いた拍子に手元が狂い、フェルトペンの先が空を切る。

 そもそも、ホワイトボードはたぬき娘と真珠以外誰も使っていないのだから、叩いたところで意味は無いのだが。

「エネルギーって、力を云い換えただけですよね」

「ああ云えばこう云うな、お前は」

 村山の至極真っ当な指摘を、屁理屈だとでも言いたいのか小さく舌打ちをした上司。

「ぶっちゃけ俺もよく分からん。休んだり、食べたりすると回復するくらいしか方法が無い、というのは知ってるが。まあ、カロリー的なものがどうとか、精神的な安定度がどうとか聴いた気がする」

「ええぇ……」

 そんな良く解らないモノを、よく使おうと思ったものだ。

「そこん所、どうなんですか」

 教師役をやりたがっていたような弓張三千代だが、真剣な顔をしてデルシェリムを見やる。これは知らないことを恥ずかしくて投げたというより、自分も知らない事実を「可能ならば」得ようとたくらんでいるのかもしれない。

「魔力とはエネルギー。確かにその通りだ。そも、魔力とはこの世で最も純粋なエネルギーであると証明されている」

 デルシェリムさんは上司を見据え、特に隠すこともなく答えてくれた。

「純粋なエネルギーですか?」

「そうだ。この世で最も純粋な、始まりの力を魔力と呼ぶ」

 始まりの力。詩的な表現なのかと村山は思ったが、口ぶりからはそうではないのだと考えに至る。

「世界の、この世、総ての始まりの力を魔力と呼んでいる。魔力は等しく総てに与えられ、そして等しく魔力へ還る」

「かえる?」

「そう。生物が土に還る様に、土もまた魔力へといずれ還る」

 わからない。村山にはさっぱり解らないが、彼らには、「本物」の『魔法使い』には当たり前の事らしい。ちなみに上司である弓張三千代はデルシェリムの言葉を真剣に聞き入っていた。

 これでは誰が教師であるか解ったものではない。

「まあ、魔力は皆持ってる。しかし、殆どの人間はそれに気が付かないって覚えておけば間違いない」

「はあ」

 上司はデルシェリムさんの説明を聞いていて思う所は有ったろうに、当初の説明内容から変更はしなかった。おそらく上司の中ではデルシェリムさんの言葉に、真に迫るような何かを掴んだという確信があるのだろう。だが『魔法使い』というものを正しく理解していない人間からすれば次元の違う意味のない話なのかも知れない。

「次、魔法と魔術の違いについて」

 そう言うと上司は先ほど叩いて奥に動いてしまったホワイトボードを引き寄せる。引き寄せるとホワイトボードに付随して少女が二人おたおたとくっ付いて歩く。

 彼女らがお絵描きといたずら書きに夢中になっている左下を無視して、上司は右と中央にデカデカと「法」と「術」と言う文字を書いた。

 魔法と魔術と書くのが面倒で、おそらく「魔」の文字を省いたのだろう。

 魔法と魔術の違いなど素人が分かるわけがない。村山からしてみればどちらであろうとも『意味不明』の一言で片付くものだ。自分自身使える訳ではないのだからそんな『意味不明』なものの違いなど、彼らの中で納得してくれればそれで充分である。

「はい、違いが分かる人っ」

 そう言って手を上げたのは当人である上司一人で、他に追随して手を上げる者など居はしない。そもそも知らないからこそこのなんちゃって授業なのだから、教科書もなく予習など出来るはずもない。

「よし。まず魔法や魔術というモノは世間一般から見ても、俺たち魔法使いからしても超常現象であるという事に変わりない」

 そりゃあそうでしょうよ。そういう話ですし、今更そんな事を言われましてもね。などと内心思って上司の話に村山は無言で突っ込みを入れているが、隣の先輩である滝川とその更に奥隣りに座るエリザは似た者同士なのかとても真面目な顔をして話を聞いている。

「たとえるならば魔力という水を素手でこねくり回して、自分の思い通りの形にするのが魔法」

 おいおい、水は手でこねくり回しても形にはならないだろう。そう村山はすぐに反抗的な思案に耽るが例え話であると前置いたのだから実際とは違うのだろう。

「対して魔力という水を、あらかじめ用意した入れ物に入れて形作るのが魔術である」

 俺は今素晴らしい説明をしたと、弓張はふんぞり返る勢いでふんすと鼻息を鳴らしたが、どうにも違和感がある。

 先ほどの良くわからないクラエレを題材にした説明よりもとても簡素であるし、なにより例えから理路整然としてかつ魔法というモノが良くわからない村山にもなんとなしに分かる。

 流石に自分が使えないから云々というのはこの際脇に置いておいたとして、魔法や魔術というふざけた代物にも用途や用法というものが存在するらしいというのは分った。

「手で水をこねくり回すっていう表現がイマイチわからないのだけれど」

 村山の隣、滝川警部が小さく手を上げて弓張に質問を投げる。

 確かにたとえ話としても素手で水をこねくり回すというのは無謀な話をされても村山にはよくわからないし、魔法を使えるという滝川が分からないというのだから例え話と実際の運用に違いがあるらしい。

「ああ、そうか。そうだな。まりねはちょっと特殊すぎて分らないんだろうな。エリザちゃんは水をこねくり回す……いや、こねる感覚ってわかるか」

 急に話を振られた少女だったが、意外にもすんなりと答える。

「はい、魔力って粘土みたいだなって思ったことはありますけど。水をこねてるって云われれば近いですね」

「えっ、あたし全然そんな感覚無いんだけどっ」

 突然、語気を強めて慌てふためく滝川。弓張とエリザに共通して分かる感覚が同じ魔法使いである滝川には分らないという。上司の言った「特殊すぎて」という言葉が何らかのポイントだろうとは村山でも思い至るが、本来ならば出来得るはずの感覚が共有できない事実に何か自分が悪いのかと慌てているようだ。

「まりねはアレだ、死体に直接魔力をーー」

「ご遺体ですっ」

 相も変わらない。ちょっとでも滝川警部への言葉選びを間違えると必ず物言いが入る。

「い、遺体に直接魔力を通して生前の意識ごと呼び戻して使役できる特殊性のおかげで、普通の魔法や魔術の行使が出来てないんだよお前は」

「でぇ、出来てないって云われても。教えてもらってないんだから出来るわけないじゃない」

「そんな事云われても、俺は師匠じゃないしなぁ~」

 一度だけ上司の視線がデルシェリムへ向いたが、あまり深く突っ込まない方が良いと判断したのかすぐに部下へ視線を戻す。

「最初からついた癖は少しずつ意識して治すしかないからな。気長にやってりゃその内分かるようにになるって」

「その内っていつよ……」

 納得できないようだが、どうにも滝川警部が「特殊」な人物らしく自称魔法使い達の普遍的な例え話から漏れているらしい。そもそも村山からしてみれば魔法使い自体が「意味不明な輩」なのだから何をどうしても意味不明でしかない。

「まあ、特殊事案は置いといて。魔法は使用者の思い描く通りの事象を魔力から直接発現すること。そしてそれに対して魔術はあらかじめ設計図や完成形の器を用意して、そこに魔力を当て嵌め設計通り、形通りの事象を発現する方法だ」

 魔法やら魔術やら、それ自体が良くわからない村山だが上司の言う事をなんとなしに考えるとフリーハンドで直線を引くか、定規を当てて直線を引くかの違いに近いのではないか。

 例えるならばそれでいいような気がしないでもないが、上司とエリザの共通認識として「粘土ないし、水をこねくり回す」というものがある以上、その水に例える話は上司からすればありふれたモノなのかも知れない。

 いや、そもそもこの例え話自体、村山は違和感を覚える。

 もしや、この水に例える話は誰かからの受け売りではないのか。上司の話にしては的を射ているらしいし、何より魔法だの魔術だの知らない一般人から聞けば確かに超常現象の類だがどういう違いかを理解しやすいモノだ。

 もし誰かの話を受け売りしているのなら、当然上司に魔法とやらを教えた人物がこの話をしたのではないかと村山は疑い始めた。

 それは当然、以前村山は会った事のある人物であり、その人物の名前を出せば今上機嫌で教えを披露してくれている上司の顔がしかめっ面になるあの人だろう。無用に上司の機嫌を損ねても何も得することは無いので黙っていよう。


「まず魔法の方を詳しく説明すると利点は自由に事象を発現する事だ。このように――」

 そう上司が言うと右の掌を天井に向け、三人の前に差し出すと何もない手の上から小さな火柱が立つ。ライターの様な、小さな火が手品の様に手の上に踊る。手を差し出してから発火するまでに何かを手の上に撒いたり、塗ったりしたようなそぶりもなく。また着火するための擦過もなにもなかった。

 それでも小さな火の柱が上司の掌の上に灯る。

 ごちゃごちゃと並べ立てるよりも、こうするだけで説得力があるというもの――

「あっちゃっ! あっちょっ! あっつぅぃ!」

「……」

 据わった目が六つ。大慌てで右手をぶんぶんと振り回し、掌を見ては息を吹きかける上司。

 理解したのは、種も仕掛けもなく上司がアホだという事だ。

「え、大丈夫」

 流石に哀れになって声をかけたのは元医者である滝川警部だが、あまり心配していそうな声色には聞こえない。どちらかというと呆れているというか、小馬鹿にした風である。

「いやぁ、ちょっと火が掌に近すぎたっつーか、久しぶりにやったから加減がよぉ」

 魔法使いだのなんだのと言う割には、それっぽいものを上司が使ったのは今回が初めてかもしれない。何もない場所からたぬきを生み出してみたり、おかしな塊を木の棒で囲ってみたりと奇行の多かった上司だが、本日自称魔法使いの魔法使いらしいサマを見た。

「えっと、まあ、なんだ。こんな風に思い描くように事象を起こすのが魔法です」

「自爆するのも思い描いた通りなんですかね」

 なんとなしに半眼で眺めていた上司に突いて出た言葉が刺さるが、何でもない風である。

「そこだ。魔法は使う分には簡単そうに見えるが、思い描いて発現させた事象は扱いが難しい」

 自爆上司曰く。

 魔法とは思い描いた通りの事象が発生する。火を掌の上に維持してみたり、空気中の水分を搔き集めて水の球を浮かべたりと。そして事象を思い描く力云々ではなく、魔力の量や質によっても発現する限度が変わるという。

 魔力を火にするというのはかなり簡単な事象変換らしい。純粋な魔力というエネルギーを、燃焼という熱エネルギーに変換するだけなので、エネルギーという近似した事象に変換するのは難易度が低いらしい。

 それよりも空気中の水分を搔き集めて小さな水の球を作り上げる事の方が難しいと言う。

 空気中の水分を寄せ集める工程と冷却させて強制的に液体化すること、更に空気中に球体として形態を維持させるという工程を必要とするとの事。

「魔法でガラスの靴を作るなんてさらに難しいからな。もっと云うと魔法少女的な衣装替え、変身なんて魔力の無駄遣い以外の何物でもない」

 世の諸兄諸姉達には何とも夢の無いセリフだろう。あこがれた少女たちに謝ってこいと言いたいが、そんな夢見がちな人間はここにはいない。

「魔法は柔軟性が、汎用性が極めて高いが問題点も多い。一つ目に煩雑な事象を起こすためには高い集中力が要求されることだ。火を起こすくらいならなんてことも無いが、複雑に事象を連続させるような魔法はまず人間の集中力、魔力共に保たない」

「もうそれだけでムリそうなんですけど」

 村山にはそもそも魔法も魔術も無理そうだという感想しないが、これから学ばなければならない滝川警部とエリザは不安顔である。エリザに至っては座学の時点でムリそうだなどと弱音を吐いている。

「二つ目に、もうちらっと云ったが、魔力が保たないという事だ。あちらさんと違って、俺たち人間に保持できる魔力量なんてたかが知れてるからな」

 あちらさんと言った時に上司は顎でデルシェリムを示していた。宇宙人だとかいう彼らと、地球人たる人間の間には隔絶した差が存在するという。

 具体的にどれくらいなのか村山には理解しえないが、上司、滝川警部、エリザの三人がデルシェリムを一瞥した後の真剣な顔を見るに笑えない「差」なのだろう。

「魔法は事象を起こすために思考しつつ魔力を消費し続ける。これがかなりのロスになっていてな。あちらさんからすれば一呼吸分無駄にした感覚らしいが、俺たち人間の魔法使いからすれば雀の涙ほどでも無駄にするのは命取りになる」

 ここにデルシェリムからの補足まで入った。

 事実、彼らからすれば魔法と魔術で用いる魔力量は大差ないらしい。魔力の保持総量に差がある事もそうだが、なにより一日の、時間ごとの回復量の差が尋常ではないとの事だ。

 人間側の平均的な魔法使いの魔力保持量を百とすれば一日の回復量は三十から四十らしい。対してデルシェリム達ウチュウジン様方は保持量が最低でも万単位。一日の回復量も総量の七割程度だという。

 まず人間とウチュウジン様方の間には隔絶した様な差が存在していて、更にそれを埋めるための方法が無い。そして基本的に「魔法」は魔力量が多いウチュウジン様方の独壇場であるという。

「なので俺たち人間は基本的に魔法は使いません」

 腕を交差させて大きくバッテンを作り、上司は不満顔である。説明内容を奪ったデルシェリムに対しての不満ではなく、圧倒的不利に対する不満だというのは何となく、短い付き合いだが村山にも分かった。

「それでは次に魔術の説明をしまーす。魔術とは先ほども説明した通り設計図や形を使って事象を発現するものです。設計図、形と云っても分かりにくいので具体例を挙げると魔法の詠唱、魔法陣、踊りなどです」

「え、踊り?」

「そう、ダンスィーング」

 そう言うと両足を揃えたままちょっと屈んで左右に腰を振る上司。奇行に次ぐ奇行で訳が分からないが、なぜ踊りが魔法に、いや魔術になるのか。

「魔術というモノの設計図や形は多岐に及んでいて分類するとかなりの数になるんだが――」

 上司がおかしな行動をやめて真面目腐って話し始めたが、そこに声が割って入った。

「あ、あの。かなりの数ってどれくらいですか」

 優等生の女性組、エリザ嬢である。

「いっぱい」

「えっと、具体的にどれくらいとかは――」

「多すぎて分らん」

「あ、あのノートに書いてまとめたいんですけど。ちょっと待って貰っても良いですか」

「あたしも書いて覚えた方が良いかしら」

「うーん、まあ。そうだな。俺はなんとなしにこれはこれ、それはそれって解るけど、これから覚えるなら書いて見直せるようにした方が良いか。よし、休憩時間を取りまーす。その間に筆記用具準備しておけよ」

「はい」

「解ったわ」

 村山は書くことなどないし、覚える必要もない。などと思い上がったりはしない。前回上司と共に辛酸をなめたのだから、一つでも多く意味不明な輩の「意味」を理解しなければならない。


「ところでだ。お前ら何さっきから邪魔してんの」

 上司が急に話題を振り替えたのは向き合っていた三人ではなく、ホワイトボードの左下に首三本の奇怪な生物を描いている少女二人である。

「じゃ、邪魔してないじゃない」

「そうですよ、大人しくているじゃないですか」

 いつもならば、というか先ほどまで肩をぶつけ合っていがみ合っていたように思えるが彼女らは旗色が悪くなると急に共闘を始めたりする。主に滝川警部に怒られている間に阿吽で共闘し始めるが、急に怒られれば誰であろうとも関係は無い。

「さっきからキュッキュキュッキュって無駄にインク使うなよ」

「暇なんだからしょうがないじゃない」

「そうですよ、わたくし達にも何かないんですか」

 何かとは何だと、優等生組と同じく書くものを用意したついでに缶コーヒーを飲む村山も不安に思う。どうせろくなことは無い。

 魔法だとか魔術に対する知識や見識があるのか疑わしいし、聞く側に回るとしてもじっとしていられる様にはみえないのだ。

「ない」

「ケチ」

「ばか」

「アホ」

「まぬけ」

「キチク」

「おにっ」

「ハゲッ」

「ん?」

「……」

 可哀そうなモノを見る目で少女二人を見下ろしながら黙って罵詈雑言を受け流していた上司だが、癇に障ったのか途中で反応した。特定の言葉がどうやらお気に召さないらしい。そう大層お気に召さないらしいのだ。

「なんて云ったのかな。お兄様、よく聞こえなかったなぁ」

 栗毛色のツインテールが一瞬ふっと息を吸い込んで持ち上がり、次の瞬間には低く小さくなったように見える。驚いた後、怖くて仕方がないと言ったところか。

「あ、あああ、あたちは。な、なにも云ってないしっ! コイツ、コイツだから」

 そして押し出されるお団子頭の黒いワンピースを着た少女。

「はああっ!? わたくしこそ何も云ってませんよっ」

「いっ、云ったじゃない。馬鹿とか間抜けとかっ」

「お前ら二人ともデコピンの刑な」

「デコピンですか。まあ、それくらいなら……」

 なんともまあ、上司にしては可愛い罰だ。それを聞いて、それくらいならばと真珠が受け入れようとしぶしぶと言った風だが――

「あ、アンタはにぃさまの『でこぴん』を知らないからそんな事云えるのよ。魔力乗せて脳震盪させるヤバいヤツよっ」

「ひ、ひぇっ」

 どや顔で『第一回、魔法使い講座』とか言っていた人間が、そんなくだらない事に魔法を使うなと。

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