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5.先を見据えて


 母レリスに言われ続けたことを実行する時が来た。傷ついた人間の心を治し、心の無くなった人造人間に、再び心を与えて共生する。


「――俺の手を握ってください」

「こうか? あぁ、人の温もりを感じるよ。久しく、こうして触れ合うことなど無かった気がする。俺は元々医術を施していたんだ。だが、廃止されたことで前を向くことを忘れてしまったようだ。あんたからは人の優しさを与えられた気がする」

「俺が出来るのはこうして話を聞いて、触れ合うだけですから」


 アルスに向かいながら、家の外で絶望に打ちひしがれている人たちに、救いの手を……といっても手に触れて心を込めただけだが、俺の異能は触れた人、モノを修復することが出来るだけだ。それこそ医術とはまるで異なるだけに、見えない心を治しているという実感が得られない。


「こんな少数の人間たちの心を治しただけで、世界は……運命は変えられるのか?」

「不安なのか?」

「いや、お前が傍にいてくれるだけで安心してるよ」

「お前じゃない。マキナだ」


 かつて破壊の人造少女として人々はもちろんのこと、心ある人造人間から恐れられていたマキナ。生み出したアルスからも脅威とされたガイノイドは今や、俺の傍を片時も離れない存在になっていた。


 長くその動きを自ら止め、朽ち果てるまで古城に眠っていたはずだった。それが今は俺を守る絶対的なガイノイドとなっている。


「マキナには破壊の力を使って欲しくない。だけど、アルスの脅威を止めるにはお前が必要だ。どうか頼む」

「レデターの為なら存分に壊してやる。それが人間と世界の為になる」

「頼もしい限りだ」

「妹だからな」

「あ、あぁ、そうか。そうだったな」


 人間の村や町を巡る旅は容易なことではなかった。どう見ても年の離れた組み合わせの二人が訪ねて来ているというだけで、人は警戒を強める。科学と無縁の小さな村でさえ、笑って出迎えるほど甘くは無かった。


 小さな辺境の村でさえ、アルスから送り込まれた破壊物があった。警戒を強めるのは当然と言えば当然だ。


「心配するな。レデターが触れただけで村は回復する。お前は人間に安心を与え続けていればいい。わたしはお前を守るだけだ」

「頼むぞ、相棒」

「当然だ」


 そうして俺とマキナは行く先々に訪れた所で壊れたモノの修復と、傷ついた人たちの心を治し続けた。信じられる存在を与えるために、俺は進み続けた。


「アルスに帰って来た……か?」

「そうだ」


 生まれた国、育った国に戻った。しかし、俺たちを出迎えたのは人間ではなく、人のカタチを成した心の無いアンドロイドだった。人はもうここに住むことさえ許されなくなっていたというのか? 


 見渡す限りの光景に俺たちを排除しようとするアンドロイドが列を成している。


「俺はどうすればいいんだ。人間もいない、心の無いアンドロイドに何を与えればいい?」

「レデターはアルスを救う。その為の異能を、アルスに使え」

「救うって、どこに行って何をすればいいんだ……俺が行きたい所は、会いたいのはレリスだけなんだ。でも、もう彼女はいない……」


 俺を逃がすために、母であったレリスはもう……。


「そこに行け。わたしは破壊する。破壊、破壊……ここにいるアンドロイドは全てわたしが破壊する。お前はわたしが守る。お前はわたしに名を与え、動き続けたい意思を与えた。わたしの存在は、お前だけの為にある。行け!」

「気を付けろよ、マキナ」


 心を持たない無数の人造人間が、マキナを取り囲む。俺は心配をしていない。彼女は破壊のガイノイドだ。身の程知らずのアンドロイドに負けるわけがない。


 後ろを振り向かず、俺は俺の生まれた場所へ走った。俺の生まれた家に。


「……オカエリ」

「レリス? まさか、生きていたの? いや、でも……」


 家は爆発で無くなったと思っていた。だが、たどり着いた場所には家があり、そこに立っていたのは、紛れもなく母の姿だった。しかし彼女からは感じられない。確かにあった彼女の心が感じられなかった。


「ワタシのムスコ、サァ、ワタシのソバに……」

「違う! お前はレリスじゃない! 母はどこなんだ? お前は母の姿をしただけのガイノイドなだけだ」

 

 姿は確かにレリスだ。それなのに心が入っていないガイノイドが俺を出迎えたのはどうしてなんだ。どうして俺に、レリスの姿で話しかけてくるんだ。


 母である彼女に会えれば……そう思っていただけなのに、異能者としての俺をそんなに排除したいのか。


「サァ、レデター。ワタシヲ……ナオシテ」

「く、来るな! お前はママじゃない。レリスはいつだって笑って迎えてくれたんだ。それなのに、どうしてそんなに無機質なままで俺の名を呼ぶんだ」


 これもアルスの科学者が仕組んだことなのか。嫌だ、俺はこんな母に会いたくなかった。

 帰りたい……帰る? どこに帰れるというんだ。無機質なレリスに触れれば、彼女が帰って来てくれるとでも言うのか。


 それとも俺の異能は、無い心をある心に修復出来るのか?


「レリス……分かったよ。あなたに触れて、心を治す。治して見せる」

「ソウ、アナタノ異能ハ無用……ワタシガ排除……排除スル」


 彼女の姿をしていても俺にはすぐ分かった。ここにいるガイノイドには心が無いと。それでも俺の手で触れることが出来たら、母はあの頃のように優しい笑顔を見せてくれるかもしれない。


 俺はレリスに見えるガイノイドに近づこうとした。


「――レデター、お前が勝手にいなくなろうとするのはわたしが許さない」


「マキナ? 良かった、無事だったんだな……! お、お前その姿!」


「痛みなど感じない。わたしに触れさえすれば、与えてくれさえすれば、わたしはまた戦える。お前を守るのがわたしの役目だ」


 今まで一緒にいたマキナは傷一つない綺麗なガイノイドだった。それなのに、多勢のアンドロイドと戦って、手足はおろか、至る所がむき出しの機械部分を見せるまでになっていた。


「サァ……ワタシをナオシテ」

「コイツがレリス? お前が求めていたガイノイドか?」

「違う、違うんだ。ソイツは母じゃない。俺の母親じゃないんだ」

「ならば、選べ。わたしに触れるか、ソイツに触れて与えるかを」

「くっ……直すと約束したんだ。したのに、レリスはもういないって分かっているのに……どうして俺は、手を差し伸べることすら出来ないんだ」


 俺だけが涙を流し、傍にいるマキナとレリスの姿をしたガイノイドは俺を黙って眺めているだけだ。俺はどうすればいいんだ。


「……レデター」

「マキナ? どうし――」


 次の瞬間、俺は彼女に頬を叩かれていた。


「な、何をするんだ?」

「目を覚ませ。心を与え続けたお前が心を失ってどうする? 悲しい気持ちはわたしには分からない。だが、目の前のガイノイドを変えたければ異能で触れればいい。お前はわたしが守る。攻撃などさせない」

「マキナ……分かったよ、直す。直して見せる」

「……サァ、サァ――」

「レリス。俺の母、ごめん……もっと早くに気づいていれば俺は、あなたを直せた」


 レリスの姿をしたガイノイドに触れた途端、ガイノイドは動きを止めた。心の器が無かったガイノイドには異能を与えたところで、人間らしさを出すことなど叶わなかった。


 コイツは俺の記憶の中にあった母に姿を変えていただけだった。彼女はもうあの時の爆発で……。


「諦めたのか? それでもわたしの兄か?」

「兄?」

「わたしを妹にしたのはお前だ。お前は母を追い求めているのだろう? ならば探せばいい。アルスはレデターの国だ。探せば見つかる。それまで直せ、直し続ければいい」

「直せって……」

「わたしがお前を守る。守ってやる。世界に広がる全てのガイノイドを直せば、きっとお前の求める彼女に会えるはずだ。約束しろ、レデター」

「約束……分かった。お前と約束する」

「お前じゃない、マキナだ」

「そうだな、マキナ」

「ならば今はアルスから離れるぞ」

「分かった、そうするよ。マキナを修復しないと心配で仕方が無いからな」


 俺とマキナは、アルスから離れることにした。本物のレリスを探すにはまだ時間がかかりそうだからだ。


 異能の力を高める旅を続け、世界の運命を変えるために俺とマキナで必ず、世界の傷付いた心を治して見せる。


 いつかレリスとの約束を果たすために――

お読みいただきありがとうございました。


元々短く考えた物語ということもあり、5話で完結です。


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