4.守るもの、守られる者
「どうでもいいが、俺は年上だぞ? マキナが少女なら少しは言葉遣いを学んでくれよ」
「……人間の歳とは無縁だ。だが少女らしくしろと言うのなら、人間の少女のデータを学ぶ。だから、早く町へ移動だ」
結局人のことは言えないことを思い知ったが、俺もマキナもまずは人間のいる町に行くことにした。半身が機械とはいえ、人間として生まれた俺には出来ることがある。
ガイノイドと多くの人間の心を修復する異能は、いずれアルスに知られることになるだろうが、世界を救うことが出来るのであれば、俺はマキナと共に生き続けなければならない。
「随分若い親子だな。どこから来たんだ?」
「あぁ、俺はレデター。コイツはマキナで俺の妹だ。残念ながら親子じゃない」
「妹とは何だ?」
「そういうことにしといてくれ」
古城からしばらく歩くと、すぐに人間たちが生活している地に辿り着けた。ここではガイノイドらしき反応が無いらしい。
「何か入り用か? ここはリ・サイクラー調整区だ。兄妹で旅行とは、随分と呑気なものだな」
「移動出来る乗り物が欲しい。出来ればすぐに使えるものを。それと、食糧も」
「急ぎでなければその辺に転がっているガラクタを直して持っていけ。遠地の国の連中がここに放棄していったモノばかりだ。直せればの話だがな……」
話に応じてくれた町の人間によれば、遠地の国で壊されたモノを外れの地に放棄しに来ているのだとか。間違いなくアルスのことだ。
あの国の人間がここまで来ているということは、長居は出来ない。
「さて、マキナ。俺の異能はガラクタも直せるのか? それも車とかだが」
「その車に心があれば直せる」
「あるわけないだろ!」
「わたしと同じノイドであれば動くはずだ」
マキナの言葉を信じ、俺は動かなくなっていた車に触れた。結果は予想通りでエンジンすらかかってくれなかった。何度手をかざしてもびくりともしなかった。
「レデターは勘違いをしている。わたしを含む人造人間は、心は常に持ち得ていない。常にあるのは人間だけだ。人間のお前が諦めれば、異能は働かない。ここで諦めて、奴らの手に落ちるのか?」
「ああ、もう! 難しいことを言うなよ。動けって思えば動くとでも?」
「そう思っているなら思え」
少女の姿で説教のようなことをされるなんて、段々と押し隠してきた自分の感情がどこからか込みあがって来た。
「あーうるさい! マキナも何か出来るんなら手伝ってくれよ! 俺は何も知らないんだ」
「わたしに出来るのは守ることだ。だがお前が望むなら、この辺りを破壊してもいい。望むか?」
「破壊するのを望むわけが無いだろ! 壊さなくていいから、俺の傍にいてくれよ!」
「ではそうする」
ギュッ――
「いや、キミは何をしているのかな?」
「わたしにずっとくっついて欲しいと言った。それを遂行しただけだ」
「そ、そういうことじゃない……だけど妹がいたらこんなことをしていたのかもしれないな。いや、俺の感情が昂っただけだ。ごめん」
「謝る必要は無い。守るのはわたしの役目。寂しければいつでも傍にいる」
多くの人間のパートナーだったガイノイドは、人間に近しい存在だった。それをよく思わないアルスは、存在を消そうとした。次々と作られるモノとはまるで異なる存在だ。
どうしてわざわざ破壊しようとしているんだ? それも科学を究めた国自らが。そして俺の異能はそれとは全く逆の能力を与えられた。俺は何のために生まれて、育てられたんだ……。
「レデターなら動かせる。心の中で思い、意思を与えればきっと動く」
「そうだな、そう思うしか無いな」
もしかすれば俺の異能は修復だけではなく、モノに意思を与えることが出来るのかもしれない。そう思った俺はマキナの言葉を信じて、ガラクタな車に触れながら動いてくれと思い続けた。
機械の振動が音を立てた。成功したのか?
「よくやった、それでいい」
「あ、あぁ。サンキュな、マキナ」
「それもお前の能力だ。わたしもお前に与えられて、意思を持てた。修復と与えの心だ」
「なるほど。つまり、俺には戦えるような力は無いが、人に……いや、モノ全てに意思を与えることが出来るという訳か」
「それがお前の運命であり、わたしはお前を守るガイノイドだ。理解出来たか?」
「レリスがずっと俺の傍にいたのはそういうことだった……」
人間の親ではなく、ガイノイドによって生まれ、育てられた人間。人造人間にとっての運命、世界の運命が俺の異能にかかっているということだった。
「レリスというガイノイドがお前の母親代わりか?」
「そうだ。彼女は母親だった」
「わたしはお前の妹として傍にいる。それが嬉しいのだろう?」
「そ、そうだな。嬉しい……傍にいてくれたら寂しくならないから、嬉しいな」
「レデターが嬉しいのなら、ずっと傍にいる」
自分の異能の力が分かり、車も動かした俺たちは早々に町から出た。またいつ連中がモノを放棄しに来るか分からないからだ。町の人たちは、直り動いた車に驚きを見せ、笑顔を見せていた。
これもある意味で人々の心を動かしたことなのかもしれない。
俺とガイノイドのマキナは、世界に放棄されている人造人間と、モノ。そして心を傷つけられた人間たちを治す旅に出ることにした。恐らくそれが俺の生まれた理由であり、運命なのだ。
「世界は広いはずだ。この車だけで移動し続けられるとは限らない。マキナは空を飛べないのか?」
「飛べたら何とするつもりだ? わたしに抱えられてお前だけが楽をするとでも?」
「そ、そうだよな。飛べた所で俺はマキナに引っ付くことしか出来ないな。まぁ、飛べないだろうけど」
「飛べる」
「えっ、飛べるのか? じゃ、じゃあ……」
「妹にくっつきたいのか?」
「あ、いや……すまん」
話をする人間が俺だけとはいえ、時間と日数が経つにつれてマキナは本当の妹のように、人間のようになってきた。知らない地を巡り、それまで話したことの無い人間に話しかけている姿だけを見れば、間違いなく人間そのものと思えるようになった。
「フフ、心とは温かいと聞く。これがそうだとすれば、レデターに与えられたのは心なのかもしれないな」
「どれどれ……」
「ナ、ナニヲスル! バカモノ!」
「顔に触れただけだぞ? 体温でも上がったのかと」
「お前は半分以上が人間だ。それなのに、まるで女の心が分かっていない! 一体その歳まで、何を学んできた?」
「何をそんなに怒っているんだ? レリスがいつも俺にして来たことだぞ?」
「キサマ、マザコンか!」
人間でありながら、人間と関わって来なかった俺が、まさか人造人間の少女に叱られることになるとは思ってもみなかった。もちろんマザコンの意味も知らないが、母親だったレリスの傍を離れることの無かった俺は、恐らくそうだったのだろう。
こうした人間らしい会話は、心から楽しいと思えた。それも破壊を繰り返してきた人造の少女によってだ。
出来る限りアルスから離れながら小さな村や町を転々と辿って来た俺たちだったが、破壊されたガイノイドと共生していた人間はそう多くなかった。いや、アルス以外の地では、人間だけで暮らしていたということにも気づかされた。
それなのに、大国からは壊されたモノだけが放棄されていく現実は、人の心を荒ませるには十分すぎた。
「放棄されたモノを直すだと? いらんいらん! 直すくらいなら消し去ってくれ! わしらは、静かに暮らしていきたいだけだ。機械だか科学の国かは知らんが、いらないモノを関係の無い土地に放棄するだけなら、国ごと放棄しちまえ」
厳しい現実を突きつけられた。世界に蔓延っていたのは直しのきかない人の心だけでは無かった。アルスは新たなモノを作り出し、古いモノを放棄し続けた。元を断たなければ、世界中に暮らす人間たちは、荒み続けていくだろう。
「行くのか? 破壊しに」
「俺を守ってくれるか? マキナ」
「その為に生まれた。わたしはお前の傍にいる」