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3.機械少女に出会う


 ――どれくらい眠っていたのか。

 ボートはどこかの船着場で止まっていた。川の流れはそこで止まっていて、辺りに人の気配は感じられない。

 石階段が上に続いていて、上には何があるのかすらまるで分からない。どこに流れ着いたのかさえ分からないが、見知らぬ国、あるいはまだアルスから出ていないのか、それすら見当もつかない。


「上がってみるしかない……か」


 幸いなことに、体はどこも怪我をしていなかった。違和感を感じたのは、右半身だけが体の内部から熱くなっているような感覚。それが何なのかは自分でも分からなかった。

 階段を登りきると、目の前には高くそびえ立った古城と、緑一面に覆われた庭が広がっていた。古い書物で見たことのある古城の壁面は、至る所にツタが伸びていて、おおよそ人の気配を感じさせない雰囲気を醸し出していた。


 古城とはいえ、元は誰かが住んでいた所。全くの気配が無いが、俺は慎重に足を進めた。庭の地面を覆い隠していた緑を見る限り、人が立ち入った形跡は感じられなかった。

 城内はもぬけの殻、いや、空城といっていい。目の前に見えるのは、この城を守っていたらしき人造人間が無残にも、壁に寄りかかるようにして停止した状態で放棄されているだけだ。

 中には傷一つない、綺麗な顔をした少女の人造人間までもが放棄されていた。


『コイツもかつては誰かと一緒に住んでいたのか?』と口にしながら、少女の顔に触れていた時だった。


「……与えるか?」


「な――!?」


「与えるか? 与えたら壊す、壊してやる」


 俺に問いかけて来ているのは、どう見ても思わず触れてしまった少女に見える人造人間だ。さっきまで動く気配を感じさせなかった人造人間が口を開いている。無表情だが、綺麗に整えられた金色の長い髪と、傷一つない綺麗な顔立ちの少女が、俺に何かを問いかけて来ている。


「何を与えろって? そ、それに壊すのは駄目だ。お前は何だ? 何故突然動いたんだ……」

「少女だ」

「それは見れば分かる……いや、そういうことじゃない。名前は何だ?」

「与えるか?」


 どうやら名前を与えるかどうかを聞いて来ているようだ。名前を与えた途端に襲って来ないとも限らないが、この場で答えを迷っていても何も進みはしない。


「分かった、与える。お前の名前はマキナだ。人造人間に名付けをするなんて思ってもみなかったけど、少女は名前として呼べないからな」

「わたしはマキナ……お前はおっさんか?」

「違う! 俺はまだ25だ! そ、そりゃあ少女に見えているお前からしたら、そう見えるかもしれないけど、おっさんじゃないぞ」


 こんなにも誰かと会話をしたのは久しぶりだ。それも年の離れた少女のような奴と。俺自身がおっさんのような話し方になっているのは、今までまともに会話をしていたのが母だけだったせいだろう。それでもおっさんと呼ばれるのは抵抗があった。少女に見えるコイツも話し方は子供とは思えない。


「俺の名はレデターだ。そう呼んでくれ。それで、お前は人造人間か? 何故急に動き出した? どう見てもさっきまで動きを止めていたように思えたが……」

「マキナだ。与えた名を呼べ」

「そ、そうだな。マキナはガイノイドで間違いないんだろ? 少女に見えるけど、どれくらい止まっていたんだ?」

「ずっと眠っていた……レデターは人間のガキか?」

「人間だ。ガキじゃないけどな。今は2030年のはずだ……多分な」


 家の地下水路から逃げて来てしばらく経ったように感じるが、年数が経ったようには思えなかった。尤も、古城と庭を見ただけで判断するのは簡単じゃないが。


「人間のお前は何故ここへ来た?」


 少女と名乗った割には、随分と堅苦しい話し方をしているし、言葉遣いがいいとは言えない。


「……詳しくは言えないが、ここに辿り着いた。それだけだよ」

「人間? その右手は何だ? それに触れられた途端に目が覚めたぞ」

「な、何だ? これは……この右手ではまるで機械の」

「その力はワタシを動かした。イヤ、修復をされたようだった。異能者か?」

「異能? 母がそれに近いことを言っていた。まさか、俺の右半身は機械なのか? 左半身は心臓もあるし、血も流れているはずなのに……そんな馬鹿な」

「母とは何だ?」

「俺の母だ。名は……レリス」

「識別ネームか」


 レリスが母親……いや、親代わりだったことに変わりはない。家が襲撃されたことも恐らくは、彼女もまた心を備えたガイノイドだったということに他ならないのだろう。

 外や街に出すことを拒んで来た女性だ。ずっと俺の傍で守って来たに違いない。


「マキナ、壊すと言っていたが何のことだ?」

「ワタシが与えられたのは破壊すること、壊すことだった。だが、アルスから新たに生み出されたガイノイドによって、今度はワタシが壊されるところだった。古いモノを次々と放棄する国に、ワタシの居場所など無かったのだ」

「破壊する側だったのに追われる側になったのか?」

「そうだ。ワタシはアルスに居続けることなど無意味だと感じ、ここへ来た。だがお前に触れられた途端に、ワタシは再び動き出せた。お前の力は修復の異能がある」


 修復の異能。これが本当だとすれば、レリスに触れてまた話が出来るかもしれない。だが、この力は万能だと言えるのか? もし彼女の身が他の人造人間と同じようにされていたら、それはもう……そう思いたくはない。


「俺の異能は、全てのガイノイドに効くのか?」

「分からない。だが、綺麗な状態のモノたちには救いの力となる。その力はモノだけではなく、お前たち人間をも治すことが出来るだろう」

「人間も? それは怪我人をか?」

「違う。人間の心だ。人間のお前にしか出来ないことだ」


 幼き頃は感じることの無かった異能だったが、レリスは初めから知っていて俺を育ててくれたことになる。思い返せば、直すことが運命だと繰り返し言っていた。アレはそういうことだったのだ。そして会うことの無かった父親は、元からいなかったのかもしれない。


「お前の異能は人間と純粋なガイノイドに与えることだ。ワタシはお前に与えられ、直された。お前の傍にいて守ってやる。じきにここにもアルスからの襲撃が訪れる。お前とワタシで世界に出るしかない」

「修復の異能で人間とガイノイドに与える……?」

「早くしろ。ここを破壊して出るぞ」

「ま、待て、古城は壊すべきじゃない。お前、マキナはここでずっと眠って来たんだろ? それなら少しは思い入れがあっても変じゃないぞ」

「……それは命令か?」

「そうじゃないけど、俺は壊して欲しくない。治すことが出来たら、この古城をガイノイドたちの家にしたいと思っている。もちろん、庭も存分に使ってだ」


 どうやらマキナは破壊するために生み出されたガイノイドだったようだ。国に追われた孤高の少女が終わりに選んだのは古城だったことに、何となく人間らしさを感じてしまった。人造人間にも心があったと考えるならば、俺の異能で目覚めたのは理解出来る。


「ワカッタ。レデターに従う。ワタシはお前のモノだ」

「いや、その言い方は何か誤解を招きそうだ。誰に聞いてもらうわけじゃないけど、これから出会う人間たちの前で、そう言うのはやめてくれよな」


 俺もマキナも少しずつ変わって行くのだろうか。レリスは純粋なガイノイドだった。心の無い人造人間というわけではなく、心を持った母親で間違いなかった。

 アルスにいた時も含めて、純粋な人間と話をしたことがない俺は、人間の心を学ばなければならないだろう。そうでなければ、異能と分かっても簡単に人の心を修復出来るとは考えにくいからだ。


「外に行く。早く来い、レデター」

お読みいただきありがとうございます。

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