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2.母との別れ


 母の背におぶさって初めて大きな街を見た時、見渡す限りの世界にはモノが溢れかえっていた。人間はさも当たり前のようにモノを使い、やがて棄てていく。機械もまた、使われて動かなくなるまで動き続け、動かなくなったが最後、直されることなく放棄されていた。


「壊れたままなのに、どうしてそこに置いてあるの?」

「……直さない世界は、大事なモノをどこかに置いた。あなたは忘れないデ」


 幼き目に映ったその世界は、科学を究めた人間と機械によって、上手く共生しているように見えていた。しかしそうではないと気付いたのは、自分という存在は人間であるということを認めた頃に物心がついた瞬間でもあった。


「アナタは人間を知り尽くしなサイ。難しくても、古き書物は嘘をツカない。ソレがあなたを助けてくれル」

「僕を助けてくれるの? それならたくさん読むよ」


 物心がついた年齢からの成長は早く、学校でいう所の初等教育の頃は、古びた書物を読み漁る日々を送っていた。疲れた頃にミルクを持って来ては話す、母の笑顔だけが幼き俺の心の拠り所でもあった。

 

「大きくなったラ、科学者になりたイ?」

「なりたいんじゃない。なるのは決まっている。オレには目的があるんだ」

「ソレなラ、科学者にナって、ワたしのことも早く直してネ」


 この頃に会話した母の言葉には、深い意味は無いと思って聞き流していた。これも後々に分かったことだが、科学とモノで満ち溢れた世界の中を生きている人間の多くは、傷ついた心を抱え込んでいた。心のことを知ったのは、生を享けてしばらく経ってからだ。


「心は誰にでもあるよね? ママも僕に心を開いているもん」

「ソウ、ソレが心。ワタシには心がある。アナタにも心は存在している。誰かを傷つけると心は痛みだす。傷つけてはダメ……アナタは治す、治すことが出来ル、ただ一つのキボウ」

「僕は誰も傷つけない。約束するよ! だから、悲しまないで」


 悲しみの表情を浮かべていた母だったが、涙を流したところは一度も無かった。月日は流れ、初等教育から高等教育までのことを全て終えることが出来た。

 いつも傍にいてくれた母。父親の存在など気になることも無く、心を母一人に置くことが出来た毎日だった。


 そんな中、母の姿が見えなかったことがあった。俺は心配になり、つい外に出てしまったことがある。

 家のゲートから出た自分に対して、驚きと同時に人間なのか機械なのかを聞かれてしまったことがあった。


「キミは何だ? 心を持った人造人間か?」

「僕、僕は……」

「機械の部分は無い……か?」

「僕にはママがいるんだよ。ママの笑顔はとっても優しいんだ」

「……どうやら人間の子供のようだ。この家は違う。他を当たるぞ」


 何かの装置を全身に当てて来たと思ったら、すぐに自分の傍を離れてどこかへ向かう人間たちだった。アレは一体何だったのか、子供の自分には理解の出来ないものだった。

 訳の分からない大人に出会ったことをすぐに忘れ、家の中へ戻るとどこかに行っていたのか、母が自分を迎えてくれた。ホッとする母の笑顔だった。

 

「……育って来てくれテ、ありがとう。ワタシの役目はこれでオワリ。アナタを大人として歩ませる時までが、ワタシに与えられた役目……」

「どうしたの? ご飯はまだ?」

「これからはアナタだけの世界。ワタシはもうすぐ壊されてしまう。壊されても直らない、治せない……アリガトウ」

「え? ど、どういうこと?」


 母からの返事が返って来ないその直後のことだった。

 聞き覚えの無い爆発音が耳に劈く。

 

「な、何だ?」

「とうとう見つけられてしまっタ。やはりあの時に目を離さなければよかっタ……」

「え……あの時?」

「我が人間の子。アナタには世界の真実を見て来て欲シイ。ワタシたちヲ、救って欲しい。救える運命の半身を持っタ……」

「ど、どういう」


 窓を割られ、威圧を示すかのようにドンドンと大勢の足音が聞こえて来る。


「地下へ逃げて、あなたは人間。特別な人間だから生きなければならない」

「ママだって人間、俺の母親だろ? 一緒に逃げよう! さぁ、早く――」

「ワタシは、育てた。アナタは人間。ワタシは……」


 家に地下があったことは知っていた。それでもそこに何があって、どうして普段は入ることが無かったのか分からなかった。


「手を伸ばして! 早くっ――」

「あなたと過ごせてシアワセだった。どうか、生きテ」


 母の手が俺の手に重なった時、微かな温かさがあった。その手を伸ばさず、俺の手を押して地下へと逃がしてくれた。直後に聞こえて来たのは、爆発音と衝撃音だった。

 後ろを振り向くと、さっきまでくつろいでいた部屋の扉は固く閉じられていた。


 母と最後の会話には涙が流れるばかりだった。母の目からは涙はこぼれていなかったが、彼女の手から伝わって来たのは、間違いなく母親としての愛情と思えた。


「はぁはぁはぁはぁはぁ……」


 自分の家にこんな奥深い地下があったとは驚きしかなかった。しばらく下り続けた階段は、ようやく終わりを迎えた。水の流れる音があり、そこからどこかに通じる水路があるようだ。


 水路の途中には、今は使われていない部屋があって、扉は僅かな隙間を覗かせて閉じられていた。隙間から見えたのは、自分が生まれた場所らしき部屋だった。その意味を母は伝えていたということも分かってしまった。


 大量の水量が流れる音が聞こえて来る。

 水路の奥にたどり着くと、そこには一隻の小さなボートがあった。使用した跡は無く、もしかしたらいずれこの時が訪れることを見越して母が用意していたのかもしれない。


 生まれた部屋の扉を叩く音が、けたたましく鳴り響いている。追手は直ぐ近くまで来ているようだ。母はどうなったのか、でも今は安全とは呼べないボートに乗って、水に任せて進むしかなさそうだった。

 

 そうして俺は無我夢中でボートに乗った。どこへ行き着くのか分からないままに――

お読みいただきありがとうございます。

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