1.機械と心
短期連載のSFです。
――聞こえる鼓動は動く音。
見開く世界に人はなく、人のカタチを成したアンドロイドと人間の皮を被った黒い奴らが彼を襲う。
無数の軋む音と擦り合った鉄が幾重も焦げ付くような臭いを告げて来る。彼が、彼さえいれば怖くない。彼を守護する少女は与えられた心を守り、力の限り戦い続けた。
A.D.2030。
科学大国アルス。科学の英知を集めた国は、世界を一変させた。それまで人間に使われていただけの機械に意思を持たせ、人間にしか持ちえない能力を人造人間に与えた。
科学を究めた科学者により、人間だけがしてきたことを廃止し、治す技術技能を廃止して、継承者の存在を抹消。これにより、国内に万能な人造人間が溢れ出した。
ことごとく放棄された能力は、やがて人間の心を壊しだす。人間と共生していた人造人間は、人間よりの思考を持っていた為、抹消される対象とされた。
「破壊する。破壊……破壊、それが与えられた言葉。破壊し続ければ、壊されることは無い」
人間のパートナーとなっていた人造人間は定期的なメンテナンスを受けることで、人間たちと共生してきた。しかしメンテナンスも廃止され、動く事の出来なくなった人造人間は破壊される運命となった。
破壊の二文字を与えられたガイノイドは、怯えて泣き叫ぶ人間には目もくれず、人に寄り添う人造人間を破壊し続けた。
破壊の人造人間として存在を知らしめた彼女は、他の人造人間の能力をも凌駕していた。次第に別格として恐れられ、孤高の存在となっていく。破壊する側だった彼女も、脅威な存在として国に追われる運命を背負うこととなった。
「もう何も与えられない。与えられるのは壊される運命だけだ。運命を待つよりも、動かなくなることを選ぶ――」
機械で出来た少女は、アルスから姿を消し、いずこかへとその身を隠した。
破壊が続けられた頃より20年の歳月が流れた。パートナーを破壊され、独り残された人間の心は荒みを続けていた。
そんな世界に在る中、郊外に位置する小さな町で、運命を背負った若者が密かに成長を遂げていた。
「そろそろ日が暮れるワ。ゲートを閉めて、家の中へお入りなさい」
「うん、分かったよ」
俺の母はとても優しい人だ。小さな町で家の近くを通りがかる人など多くないにもかかわらず、夕方になると危ないからとすぐに家の中へ入れてくれていた。幼い頃より繰り返されてきた光景に、何の疑問も浮かべなかった。
「ガイノイドはもうすぐウチにも来るのかな?」
「……そうネ、近いうちに……きっと来るはずだわ」
「そっか、楽しみだな」
ずっと母と二人だけで暮らして来た。幼い頃を除けば、家の中と畑いじりだけで生きて来た。外のことはもちろん、町の人間とも一切話をしたことがない。
母は俺が外にいる人間と関わることを避けて来た。ガイノイドは家族のような人造人間で、心を備えた存在だ。
姉や妹といった兄妹がいない俺の為なのか、近いうちにガイノイドが来ると聞かされていた。
「アナタにはわたしがいる。全てを教えてあげルから、何も心配はいらないの」
兄妹がいなくとも、母の愛情は深かった。多くの話をしてくれた母がいればそれだけで十分だった。
「じゃあ、昔はみんなの家に人造人間が一緒に暮らしていたの?」
「えエ、そうヨ。見た目は機械そのものではなく、人間そのもの」
「でも機械は所詮、機械?」
「……ソんなことは、ないワ」
人々の心に寄り添っていた人造人間を、ことごとく破壊し尽くし、芽生えていた感情、心を抹消したこと。科学で大きくなった国でありながら、古くなったモノは全て排除しているという愚かな行いを取り続けていることを学んだ。
家の中にある家具や家電は、ずっと同じモノを使っているが、本来ならこれは禁じられていることらしい。直して使い続けることは、遺物となってムダなモノが溢れる世界となることを危惧したからだ。そのせいで、俺の住む国には古くなったモノを直す技術は存在しない。
人間はモノを大事にすることが無くなり、新たなモノが出た時点で、今まで使っていたモノをすぐに放棄するということばかりを繰り返すようになった。その代償は、人間の心も荒みさせた。大事にしない、しなくてもいい、そんな世界をこの国の人間は蔓延させようとしている。
「俺が生まれた時はそうじゃなかった?」
「アナタが生まれた時は、みんナで喜びを共有したワ。それをあなたが変えてくれる、そう信じられたから」
「変える? 何を……」
「――運命を」
生まれたての時のことはよく覚えていない。目を開き、手足を動かし産声を上げた時に出迎えたのは人間の医者ではなく、複数のガイノイドたちによるものだった。
そのすぐ後に、母が顔を覗かせてくれたことを覚えている。
「アナタの半身は機械。埋め込むしか道はなかった。人間の親は育児を放棄した。人に代わって、ワタシが育てマス。どうか健やかに運命を受け入れテ、人間の心とワタシたちを直して」
生まれたばかりの光景はあまり覚えていない。見えたのは人に見えた人造人間たちが人間に寄り添いながら共に生活をしていた光景だ。
顔も声も知らない人間の親ではなく、ガイノイドによって生き長らえた。人間として生まれた俺を、人造人間たちが見守ってくれたのだ。
「ワタシがアナタを育てマス」
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