第九話「赤き古龍の息吹」
「…………りんごー?」
レイラはもう一度財布を見る。中身の二百八十四ゴールドを見て愕然とする。
目の前にあるりんごは三百ゴールド。
「足りないー? ……」
「だからオマケしてやるって……」
ふるふると首を振る。
「子供扱いされてるみたいでヤダー?」
でもりんごは諦めきれない。
「そんな事言ったってお嬢ちゃん……十か、そこらだろ?」
「むぅ」
レイラはすでに二十を超えている。どうもプライドが許せない。まぁそう言った考え方自体が子供っぽいのだが……その辺がレイラにはわからない。
「だったら、私が貸してあげる……って事でいい?」
「え?」
後ろから手が伸びる。その手のひらには三百ゴールドが乗せられている。店員はそれを受け取り、受け取ったりんごをレイラに差し出す。
「料理人さんー?」
後ろにいた少女には見覚えがあった。茶色の長髪にエメラルドの瞳。服装こそ冒険者の弓使いのものだったが、時々お店に仕事に来る少女だ。
「やっほ。たまたま近くに用事があったから寄ってみたわよ」
「……あとで絶対返すー?」
と言いつつ料理人からりんごをうけとる。
「本当は奢りでもいいんだけどなぁ……まぁいいか。ユキオさんはお店?」
レイラはコクリとうなづく。
「鶏肉買いに来たー? そしたらりんごが美味しそうだったー?」
艶のあるりんごには、すでにレイラの歯型がある。美味しそうに口をモゴモゴさせながらも器用に喋るレイラを見て料理人はゴクリと喉をならす。
「……おじさん私にも一つ」
もう一度三百ゴールド支払い、料理人はりんごを受け取った。
相変わらず客の少ない店内に一人、先ほどの料理人の少女とユキオがテーブルで商談をしていた。
「いつもありがとうございます」
料理人に今週仕入れた代金+三百ゴールドを支払う。
「いえいえ。お互い様ですよ。異世界に来た時は本当に助かりましたし」
「日本人は家電の依存率高いですからねぇ……電子レンジも冷蔵庫も」
「? ……料理人さんは異世界人なのー?」
会話から察したレイラを見てそういえば話してなかったなと料理人は大きいとは言えない胸に手を当てて答える。
「っというより、ユキオさんと同じ世界からの転生者よ」
レイラは無表情で大きな口を開けた。目は相変わらずの無表情だが、これでも、ものすごく驚いているのだ。
「そうなのー? すごいー? ぐーぜんだねー?」
「まぁ、最近もう一人日本からの転生者来たから、案外珍しくもないのかもしれないけどね」
柔らかい頰をかきながら苦笑する。
「案外多いんですねぇ日本人転生者……あ、あとベーキングパウダー十キロいただけます?」
そんな日常会話をしながらも次回分の商談を始める。料理人の少女からはおおよそ一ヶ月周期で仕入れをしている。主に貿易商を通しての仕入れだが、たまにこうやって直接取引するのだ。
「あ、はーい。あ、あとですね。最近お好み焼き粉の開発に成功したんですよ」
「いいですね! ……ちょっと調節すれば、たこ焼き粉も作れそうだ」
なかなかの名案にパチンと指を鳴らした
「その手があった!! じゃあ今度作ってきますね」
伝票を書きながら互いにそんな会話を交わす。
「……いつも思うけどー? 料理人さんの商品、白い粉ばっかりー?」
「それ聞くとやばい商売してるように感じるけど……まぁこの世界で開発できない食品って粉物が多いからねぇ……この世界でも作れない事はないけど」
この世界でも小麦粉くらいはあるが、それを利用したホットケーキミックス、お好み焼き粉、ベーキングパウダーやパンミックスなどは存在しない。
そういう粉物がないとホットプレート、ホームベーカリーなどは売りづらい。結局粉作りから入るから現実世界と違い、気軽に作れるという訳にもいかなくなるからだ。
というわけで、この転生者の料理人には、そういった現実世界ならスーパーに行けば売っているようなものを仕入れている。
とくにホットケーキミックスなんかは本当に助かっている。この世界にもパンケーキはあるため、ホットケーキが作れないってほどではないが、誰でも簡単に作れるとなると、ホットケーキミックスの存在はでかい。工夫次第でクッキーやドーナツなどの別の料理にも使えるというのも売れている重要な要素である。
「じゃあ、必要な素材はこんな感じで……あとはすこし私用でちょっと家電を買おうかなー?」
「はい!! 何にいたしましょう!!!」
ユキオのテンションが、一気に変わった。商売根性では、この女料理人も負けていないつもりだが、流石にこれは引いたようだ。
「……いつも通り商売根性すごいね……」
「ユキオはー? そういう人だよー?」
「お、おいおいレイラ……」
と、言ってもこの料理人、転生者なだけに、すでに大半の家電はすでに取り揃えている。
少なくとも、一人暮らしをする上で必要な家電は全てある。買ってから一年も立っていないため、別に買い直す必要性もない。
なので、料理人はまず、面白い調理家電のコーナーを見る。
「へぇ……ドライフルーツメーカーに……ヌードルメーカー……お、お味噌汁サーバー?」
「定期的にでますよねー。そういう需要があるかないか、わからない家電」
料理ができる人間からしてみれば、どれもよくわからない商品だが、忙しい時なんかは味噌汁サーバーは楽でいいのだ。……だったらインスタントでいいじゃんと言われそうだが……。
「ヌードルメーカーも一時期噂になったんですけどねぇ……」
「そうなんですか? うーん、私はインスタントか手打ちで作っちゃうからなぁ」
「て、手打ちできるんですか……」
「お蕎麦もラーメンもうどんにチャレンジしたこともありますよ……この世界では、まだ、ちゃんと作ったことないけど。どうしても創造に頼っちゃうのよねぇ」
「やっぱりすごいですね……料理人さんの創造」
実際に彼女が販売している粉物も創造の賜物だ。ユキオとは違い、彼女の創造は彼女が知っているものであれば、代替物を犠牲にする代わりになんでも作ることができる。
家電もやろうと思えば彼女でも作れるのだが、いい物となるとやはりユキオの店に頼るのが一番だ。
「レイラもー? お料理ー? 今度教えてほしいなぁー?」
「うふふ。じゃあ今度教えてあげるね。何がいいかな?」
「からあげー?」
「またかよ!!」
苦笑しつつも再度家電に目を向ける。だが、彼女はこれといってほしい家電はなかった。再び物色を始めると、もう一つ面白そうな家電を見つけた。
「ネイルプリンター……ってええっ!? 爪にプリントするの!?」
「まさにネイリスト顔負けの商品ですね。今後は誰もが気軽に爪にオシャレをくる時代もくるんでしょうかね?」
「オシャレ……」
そう言われるとなぜか少し考え込む料理人。
「どうされました?」
「へぁ!? な、なんでもないですよ!?!?」
そんな風には見えなかった。明らかに心ここにあらずと言った様子。
「ああ……なるほど」
そんな様子に何かを察する。
「……”なるほど“ってなんですか?」
必死でごまかそうとしているが、ユキオにはむしろ、その態度が彼の予想を肯定しているようにしか見えない。
苦笑しながらネイルプリンタを推してみる。
「どうですか? おひとついかがですか?」
「え? ……うーん、でも私あまり爪は飾らないしなぁ……どうせ料理する時、邪魔になっちゃいますし。接客業だからナチュラルメイクばっかりだし」
「……彼氏さんは爪を飾ったりとかは、お好みではないんですか?」
「どうだろ? あの人オタクっぽいとこあるから、変に気合を入れると引いちゃいそうだし……って、ふあぁ!!!」
見事なまでに引っかかった。いっそわかりやすすぎる態度にユキオは堪えきれず吹き出した。
「も、もう!! あまりお客様をからかわないでよ!!!」
「ご、ごめんなさいっ……くくくっ」
「もーーー!!」
「すみません。笑ってしまって。では、この家電はいかがですか?」
「え?」
その家電を見て、長髪の女性として重要な道具を思い出した。
「あぁ……すっかり忘れてたわ……最近あまり気にしなくなってたからなぁ」
「髪が長いのでコレがないと毎日大変でしょう……」
長いこと手にしてなかった、口がやたら大きい拳銃のような物を手に取る。
「はぁー。なんだか懐かしくなるわね。一年前は当たり前のように使ってたのに」
「慣れって怖いですよねぇ……一度慣れてしまうと存在事態忘れちゃうようで」
実際のところ料理人も最近はタオルで何度も拭いて髪の水気を吸い取っていた。少しくらい濡れてても仕方ないで済ましていたため、完全に慣れ始めていた。
「子供の頃、これをビームガンみたいにして遊んでたなぁ……お母さんにめちゃくちゃ怒られたっけ」
「……意外とやんちゃなお子さんだったんですね……」
「えぁっ!? も、もちろん今はしてないわよ!?!?」
「本当ですかねぇ……」
「もー!! そんなからかってばっかりの店員さんからは買いませんよ」
「すみませんすみません!! ……では、今日はこれをお買い上げで?」
「ええ、この……」
「ドライヤーをいただくわ」