第八話「洗濯機」
「洗濯機……そのまんまですね」
洗濯する機械。だから洗濯機。確かに安直だ。
「洗濯機には大きく分けて三つですが、当店が取り扱っているものは主にそのうちの二つですね」
まず一つ目の洗濯機は縦長の箱型。上に蓋のようなものがある。
蓋をあけると、銀色の円柱状の空洞があり小さな穴がいくつも空いている。
「まずは縦型洗濯機。一番シンプルで安価な洗濯機。安いけど汚れ落ちもいい。そのかわり洗うためにドラム全てに水を満たす必要があるため沢山の水が必要になる」
「なるほど……」
だが主に井戸水を生活用水としているため節水は必須。
まぁ仮に王都でも水道代がかかるから案外バカにできないのだが……。
「そして、もう一つがドラム式洗濯機です。洗濯機内部のドラムを斜めにして、水を完全に満たさなくても洗う事ができる。昔はそれゆえ洗浄力に問題がありましたが、回転方法を工夫して洗浄力は飛躍的に上昇しました」
ドラム式と呼ばれた洗濯機はすこし丸みをおびた形。蓋が先ほどと違い斜めに設置されており、透明な蓋となっている。
扉のような形の蓋をあける。想像以上に分厚い蓋にすこし驚く鳥獣人族。
中を覗くとどうやら縦型と同じような形。どうやら理屈は同じようだ。
「基本的にはドラムを回転させて水流を作り、その力で汚れを落とす。ドラム式は回転を途中で止めて衣類を落下させてその威力で揉み洗いと同じ効果を生み出す事というわけですね」
「……本当に良く考えられてますね」
「家電にも歴史があります。何人もの人々の苦悩、努力、才能が集まった結晶。簡単に真似できない技術力がそこにはあります」
人の営みにはいくつもの歴史がある。それは普段何気なく使っている道具にも言える事だ。
この洗濯機というものも、最初はかなり単純なものだったそうだ。だが、より便利に、より綺麗に、より確実に、そういう人間の向上心が生み出した結果が、魔法とも呼べる技術力になったと言えよう。
「……決めたわ。洗濯機を購入させてもらうわ。どれがいいかしら?」
「ありがとうございます! そうですね……奥様の場合は腕の羽がありますので縦型よりドラム式の方がいいでしょう。縦型だと奥の方まで手を突っ込まないといけないので割と労力になりますし……」
ちなみに年配の方や体力に自信のない女性もドラム式にすると洗濯物を入れる時も出す時も楽で便利だそうだ。
「……確かに奥に手を突っ込むと羽がひっかかりそうね。じゃあ、ドラム式一択ね」
と、いってもドラム式にもいろいろありそうだ。
「うーん……おススメはどれかしら?」
「そうですね……お子様が多いご家庭のようですし、風アイロンはどうでしょうか?」
「風アイロン?……アイロンってなんですか?」
「服のシワを伸ばすための道具の名前ですね。こちらの世界でも洋服屋さんとかが使ってたかと……」
「ああ、そういえば聞いたことがあるわ」
お湯を沸かすヤカンのような道具で温めて、服のシワを伸ばす道具。そんな物を洋服屋で聞いたことがある。
「ちなみに家電でもアイロンはあります。簡単に使えて便利ですよ」
「便利ねぇ……それ以前に服のシワなんて乾かす時に多少伸びるものだから気にしてなかったわ」
そもそも獣人族は多少のシワ程度気にしないものだ。まぁ流石にしわくちゃになりすぎたものは困り者だが……。
「風アイロンがもっとも効力を発生させるのは乾燥機能を使った時ですね」
「乾燥ぅ!? 洗ったりするのは当然として、どうやってこんな機械で乾燥させるのよ」
乾燥といえば、外に干すのが当たり前だ。こんな機械の中で乾燥など考えられない。まさかこの機械の上で干すとでもいうのだろうか?
「この機械の内部を温かい風で温めて乾燥させます。急いで乾かしたい時に外に干すよりあっという間に乾燥するので便利ですよ。雨の日なんかは特に!」
「信じられない……ん? でもそれこそシワはどうするのよ。あなたの最初の説明だとこの機械は……」
「そう! そのまま温めてしまうと、乾燥したはいいがシワがたくさん付いてしまう。そこで風アイロンです!! 風の力で一気にシワを伸ばしてくれます!!」
「へぇ……」
「ちなみに洗うための洗剤はこちらをお使いください。あ、この柔軟剤も使うとふわっと仕上がりますよ」
そう言って緑色の器を渡された、中には若干とろみがある液体が入っている。
「……これ、洗剤がなくなったらどうするのよ。まさかその度に王都のあなたのところに?」
「大丈夫です。調合師の人にこの紙を見せて調合してもらってください」
「ああ、調合で作れるのね……しかし、よく異世界の機械用の洗剤なんて用意できたわね」
「あはは……ずっと研究してなんとかできました」
「え? これあなたが調合したの!?」
「大変でしたよー。いろんな薬草を使って少しずつ計算して……」
「……なんか、家電を売るってのも大変ね」
「まぁ、そうですね。あ、最近の洗濯機は洗剤を自動的に投入してくれるので分量を計らなくてもいいので便利ですよ」
「よかった。初めて使うのに量を間違えたらどうしようかと思ってました」
「ただし、柔軟剤と洗剤は絶対に混ぜちゃダメ!! 必ずそれぞれのタンクの中に入れてくださいね。混ぜたら汚れが落ちにくくなるので」
「わ、わかったわ。でも……ボタンがいっぱいあるし、使いこなせるかしら」
「AIお洗濯機能を使えば大丈夫ですよ。細かい設定とかは洗濯機のほうで行ってくれます。もちろん説明書もご用意してますので、使おうと思えば子供でも大丈夫ですよ」
「そ、そう……なんか本当にいたせり尽くせりね」
「さて、どうですか? 風アイロン」
それでも本当に大丈夫か一考した鳥獣人族だが、意を決してうなづいた。
「その洗濯機をいただくわ」
「ありがとうございます! では配送の受付をさせていただきますので、こちらで住所等のご記入をお願いします」
そう言われテーブルに座り、鳥獣人族は名前と住所を記入する。
「……おや?」
「ど、どうした!? その高そうな服!!」
「……なぜかもらった」
鳥獣人族はふてくされながら、テントの中に自分のバックを放り込む。
「今日、ヤマムラ電機ってへんな雑貨屋に行ったのよ」
「どきぃ!!」
「な、なによその反応」
「い……いや、なんでも……」
大袈裟なまでに驚く犬獣人。まぁつい先ほどまでその店員がいたのだから当然と言えば当然だ。
「そしたら、洗濯用の機械を紹介されてね……買おうと思ったら理由も言わずに断られた」
「断られた?」
「そう……理由を聞いても「帰ればわかりますよ」って……意味わからないわ。そのかわりにってその店主の知り合いの洋服屋の服で好きなのをプレゼントするって……ムカついたから一番高いのもらってきたわ」
「…………ふふっ」
犬獣人は感謝の言葉を心の中で唱えた。彼のお店の魅力とはただ単に物珍しい機械を売るだけではないのかも知れない。
「そういえば、帰り際に「お誕生日おめでとうございます」って言ってたわね……なんであの男、私の誕生日知ってたのかしら……」
「そりゃ知ってるさ」
「え? どういうことよ」
「これっ!! 私が欲しかった洗濯機!!」
「……ずっと家事大変だっただろ? これで少しは楽になればなぁーっと……迷惑だったか?」
「そんなわけないじゃない……あ! 私の誕生日をあの店員が知ってた理由って」
犬獣人族が「妻の誕生日に送りたいのだが」といい、しかも同じ住所だったのでユキオも気がついたのだ。
彼女への服は、純粋にユキオからの彼女への誕生日プレゼントだった。
「……まったく、男ってのは素直じゃないんだから」
彼女にとっての最高の誕生日プレゼントはこのステキな思い出だったのかもしれない……。
一方その頃……。
「むーーーっ!?」
地面に頭をめり込ませるほどの土下座。
「本当に申し訳ございません!!!」
「お客さんの誕生日覚えててー? 私の誕生日忘れるー? ユキオーー? 不倫かなぁー!?」
「滅相もございませんっ!!!」
お客さんの誕生日に気を取られ、妻の誕生日を完全に忘れていたヤマムラ電機店長は、次の日超豪華ディナーと洋服、ドレス等、彼の小遣いが空になるまで買い物させられたという……。