第五話「紅雷の錬金術師」
––––––––––––その者、紅の雷を操り、万物の創造を作り変える錬金術師なり。
その伝説を聞いて、その黒魔術師はここまできた。
顔色を見せないほど深くかぶったフードからは綺麗な緑髪がちらりと覗かせる。
赤い瞳を王城に掲げ、深いため息をつくと、ようやくその整った顔をのぞかせた。
「王都……ついにここまで来たわね」
紅雷の錬金術師––––––––––––その伝説の男はこの王都レークスにいるという。
彼の使う特別な錬金術の情報は大方集めた。
かの者は、奇妙な箱を使うという。
かの者は、なぜか頑なに、食べ物しか作らないという。
かの者が使う魔道具は、錬成に成功した時聞き覚えがない謎の音がするという。
その謎の錬金術の継承はお金さえ払えば誰でも使えるようにしてくれるという。だが、使用できたところでその真理に辿りついたものはいない。
「紅雷の錬金術師……我が魔導を極めるためには、どうしてもその力が必要だ」
魔術師はフードを再び深く被り、情報収集に当たる。
「そこの若き衛士殿」
「んあ? 俺か?」
若い衛士は串焼きを口に頬張りながら行儀悪く答えた。
その態度は不快だったが、とりあえずは取り乱さず問う。
「紅雷の錬金術師を探している。何か知ってることはあるか?」
「せきらいのれんきんじゅつし? ……んーー……わりぃ、わかんねぇや」
「いや……礼を言う」
すぐに見つかるとは思わなかったが、それでも少しがっかりした。
「錬金術師って事ならギルド登録してるんじゃねぇか?」
「そ、そうか……ありがとう」
「なぁに、見つかるといいな」
ニカッとさわやかなに白い歯を見せてまたフラフラと歩き出す。……案外好青年なのかもしれない。
黒魔術師は地図を取り出し、近くのギルドを探す。
「よかった。近くにある」
黒魔術師はそのギルドに向かい歩き出す。
「はい! レークス第二ギルドへようこそ!」
見事な営業スマイルのギルドの受付嬢が挨拶をする。がそれを半ば無視して問いただすように聞く。
「人探しをしている。紅雷の錬金術師だ」
「……失礼ですが、フードを取っていただけますか?」
そう言われて、ようやくフードをかぶっていたことを思い出した。
「あ、ああ。すまなかった」
ギルドの受付では必ずフードやフルフェイス装備を取ることが決まりとなっている。金銭受け取り時に受付嬢を脅したりやからもいるので監視の術式を立てて、映像を記録しているのだ。
フードを脱ぐと、長い耳がピンとはね、癖の強い緑の短髪が跳ねた。小顔で目は若干つり気味だが、かわいらしい女性エルフの顔だった。
「さて……紅雷の錬金術師ですか……」
ギルドの受付嬢の少女は首を傾げながら聞き返す。
「はい、何か知らないか?」
「少なくともギルド登録をしている人の中にそういった異名の人はいません」
「そうか……」
さぞ残念そうに帰ろうとするエルフを受付嬢が止める。
「あ、待ってください……確かうちによく来る吟遊詩人がそんな詩を歌ってたよう……きゃっ!!」
いきなり肩を掴まれ受付嬢が小さな悲鳴を漏らす。
「そ、そいつはどこにいるんだ!! 言え!!!」
「わ、わかりませんよぉーーーー!!!」
肩を掴まれ揺さぶられ、受付嬢の小顔の頭がガクンガクンと揺れる。
「む……それもそうか」
そもそも吟遊詩人などつかみどころがなく、何を考えているのかわからないものだ。それを常に把握しろという方がおかしい。
「なら……紅雷の錬金術師、ならびに吟遊詩人の捜索依頼を出されますか? 多少なりとも見つかりやすくなるかもしれませんよ」
「……ち、ちなみにいかほどかかるのだろうか?」
「人探しですので場合によっては二万ゴールドは必要かと」
薄っぺらい財布をみる。二万ゴールドなど払ったら食事もまともにできるかどうかわからなくなる。
「すまぬ……仕事をいただけないだろうか?」
さて、ここで少しティエアの事情について説明しておこう。
「っと、ここにもいたか」
この世界を作った創造神は、いつまでも争っている魔物と人間達を見かねて、ある天罰を下したのだ。
「お、ここにも」
それは、全種族の弱体化。力の源であるマナの源を人間や魔物達から遠ざけてしまった。
その結果の一番わかりやすい例が、こちらだ。
「ふぅ……まぁこんなものだろう」
エルフはドラゴンの死骸を一息で吹き飛ばした。ちなみに誤字や書き間違いではない。チリのように、羽虫のように軽く吹き飛ばした。
「なぜそんなことがエルフにできるのか?」そんな問いは愚問だ。
なぜならこの世界の常識はドラゴンは蚊のようなものなのだから。……力だけではない。大きさもだ。
「おーい主人! 線香焚いといたぞ」
大根農家の主人はニコニコとして手を振った。
「ありがとうよぉ!」
線香とは、何を隠そう蚊取り線香そのものだ。これでドラゴンを文字通り駆除するのだ。
ティエアとは、そういう何もかもが弱くなった世界なのだが……その辺りは、また別の話。
––––––それはともかく。
「お金をもらえた上に吟遊詩人の居場所も掴めたぞ!!」
なんと大根農家の主人は吟遊詩人の友達だった。
奇跡の巡り合わせに心を抑えきれないままに、その吟遊詩人のよく行く酒場へと辿りついた。
「いざっ!!」
意気込んで、乗り込もうとするが、ガチャリガチャリと音がするだけで扉は開かない。
「あ……」
まだ日も高い。開店しているわけなどなかった。
「〜〜〜〜〜っ!! もう!! こんなことしてる場合じゃないのにぃ!!!」
焦りを隠しもせず、地団駄を踏んだ。
「およぉ〜? なぁにぃしているのかのぉ〜ん?」
なんとも気の抜ける声が背後から聞こえて振り返る。
「別になんでも……ん?」
声をかけてきたのは海竜族の男だった。鱗の肌、ゆったりとした民族衣装……そして何より。
「リュートッ!!」
彼が背負っていたのは大きく立派な弦楽器だった。まさに絵に描いたような吟遊詩人。……背丈が子供並みなところ以外は。
「あなたが吟遊詩人ね!!」
ビシィっと人差指を突きつけるが、まったく動じた様子を見せない。
––––––いや、ワンテンポ遅れて尻餅をついた。
「うわぁ〜?! びっくりしたんだなぁ〜?」
(……鈍いわねこいつ)
「紅雷の錬金術師ぃ〜? 誰だったかのぉ〜ん?」
「あんたが歌ってた詩にその人物の伝承があることはわかってるわ。大人しく白状なさい」
「そうは言ってもなぁ〜。僕は自由に詩を歌うだけで、詩はいちいち記録してないからなぁ〜」
「……へ?」
「たまたまぁ〜そう見えた魔術師がいて、そう歌ったのかもしれないしぃ〜。その場の即興かもしれないんだのぉ〜ん」
以上、手がかり完全消滅。
「〜〜〜っ!なんでメモしておかないのよ!! 伝承を伝え歩くのがあんたらの仕事でしょうが!!!」
「僕のは仕事じゃないよぉ〜? 趣味で歌ってるだけだのぉ〜ん」
そう言われればもうどうしようもない。十分蓄えがあるものが吟遊詩人を名乗り、歌い歩くことは珍しいことではない。
「あ! そぅいえばぁ……」
「何か思い出したの!?」
その吟遊詩人が言うには五年前、王都第一通りの商店街にある店の前で、その詩を思いついたらしい。
「この店か……というかなんと書いてあるのだ?」
吟遊詩人曰く、「見知らぬぅ〜異世界語ぉ〜のぉ〜看板〜掲げたぁ〜〜異世界の道具をぉ〜揃えぇ〜(以下略)」とのことで、なんとか日が暮れる前に見つけた。
「異世界の道具を揃えた店……おそらくここに紅雷の魔術師が……」
ゴクリと息を飲んだ。もし「貴様の力を試してやろう」などと言って襲ってきたらどうしよう。
隠し持った腰の短剣に手を添えた。
「……いざっ!!」
扉に手を添えようとするとガラス張りの扉はなにをするわけでもなく開いた。
「なっ!!」
思わず短剣を引き抜いた。気配は一切ない。だが、ひとりでに扉は開いた。
「もしかして……店とは建前で謎のダンジョンに繋がってるんじゃ!?」
いや、あるいはそのダンジョンにとらわれたら最後……あられもない姿にされてあんなことやこんなことや……。
「ぐっ」
短剣を構えながらも躊躇して足を踏み出せない。
(どうしよう。ここまできたのはいいけれど……結局紅雷の錬金術師がどんな人物なのかなんてわからなかったから……)
恐ろしさをぐっと噛み締め、息を殺して敵地へと足を運んだ。
とりあえず、店はダンジョンにつながっていないようだ。とりあえず少し落ち着いた。
(な、なによ。びびびっ、ビビることはないじゃない……だ、だいたい紅雷の錬金術師なんてなんぼのもんよ!! 私だって黒魔術の達人なんだから……)
「らっしゃいませー」
「うわぁ!!」
思わず短剣の切っ先を、その声の主に向けた。
「お客様ー。すみませんけど、短剣しまってもらってもいいっすかー?」
どうやら、この店の店員のようだ。だが、つかみどころのなさそうな青年に異様なオーラを感じた。
短剣を突きつけ、力強く問い詰めた––––––
「せ、せきらいのれんきんぢゅちゅしはごじゃいたくか!?」
––––––つもりだったが、噛みまくった。
「……いや、その前に短剣下ろしてもらえないっすかー?」
どうやら店員は短剣を下ろさないと答えてくれそうにない。短剣を納めて再び問う。
「コホン……紅雷の錬金術師はいるか?」
「電子レンジっすねー」
「……は?」
「電子レンジっすねー」