第四話「冷蔵庫」
「この前来た時も気になったんだが何だこれ? 棺桶か?」
「いや棺桶が堂々と設置されているわけないでしょう……これは一言で言えば食材庫ですね」
試しにその観音開きの扉を開いてみると、大きい空洞で、中には何も入っていない。
「食材庫ねぇ……にしてはデザインが歪というかなんというか……無駄が多い?」
「そんなことはございません! この冷蔵庫を使えば食生活が激変しますよ」
さっきまでの友達間の話し言葉から一転して、ユキオは営業モードに移行した。
「……お前本当に商売根性たくましいな」
「いえいえ、剣士様ならきっと700L越え大容量の大家族用サイズの冷蔵庫(328000ゴールド)を買っていただけると信じておりますから」
と、大きめの冷蔵庫を指差す。剣士はちぎれんばかりに手を振って拒否した。
「買わねぇよ!? ……ってかそれよりなんか妙に板が分厚いぞ。これ」
「断熱材が入ってるからですね。今はデモモードだから冷気が出ていませんが、実際にご家庭で使う冷蔵庫は庫内が冷気で満たされます」
「冷気ねぇ……相変わらず信じられねぇことを言いだすもんだ。氷界にゲートでも繋いでるのか?」
「いえ、百ボルトの電気を使えば冷やせます」
「電気で冷やすぅ!? ガハハハッ!! おい、雷でどうやって冷やすってんだ? 人をからかうのもいい加減にしろ」
「うーん。流石に熱交換器の説明しても伝わらないでしょうし……ここではその電気を利用すると氷魔法を発動するものがあるって思ってください」
「……マジか」
冗談だと思っていた剣士だったが、ユキオの態度で冗談ではないと伝わる。
「ん〜。じゃあ、実際にお見せしますね」
そう言ってさらに奥の方へと案内される。そこにあったのは一台の冷蔵庫だった。
「これは異世界の方々でも冷蔵庫というものがわかりやすいように実際に起動したものです」
「ほう……」
開けるように促され、剣士はその扉を開ける。
「うぉ!? なんだこれ!! 冷気が出てきたぞ!!」
「もちろん使っているのは百ボルトの電気のパワーだけです。どうです? 信用していただけましたか?」
「た、たしかに魔法陣もねぇ……本当に電気で冷気を生み出してやがるのか?」
「すごいでしょ?」
「だがな、だからどうしたってんだ?」
ユキオはそら来たと、予想通りの質問に思わず笑みをこぼす。
「食材を冷やしたからってどうなるんだ? そりゃ氷を使う料理はあるから、そういうのに使えば面白いかもしれねぇが」
「一言で言うと食材が腐りにくく長持ちするようになります」
「はぁ? なんの関係があるんだ」
「ではこちらをどうぞ!!」
ユキオはパネルを一枚取り出す。内容は一週間ハムを置いておいた場合の常温と冷蔵庫での違いというものだが、見た目にも違いは明らかだった。
「……ってか冷蔵庫に入れてるの一週間前と後で同じ写真使ってるじゃねぇか」
「うーん。ここばっかりは信用してもらうしかないですね。冷蔵庫に入れてるとこれだけ食材のもちが違うんです」
「ほーう……いや、待て……そういや翼人の都市レジーナでは食材を上空の温度の低い場所に保管する文化があるって聞いたことあるぞ」
「そうです! それと同じ理屈ですよ」
「はぁー……こんなもんがそんな役に立つのか……」
「僕の元いた世界では冷蔵庫を使わなかった日はなかったですね。それほど優秀な機械なんですよ……それに」
ユキオは冷蔵庫の中からボトルを取り出す。その中には茶色の飲み物と思われる液体が入っている。
「ただの麦茶ですよ。ただ、冷やすと美味しいんですよ」
試しにという感じでカップに注いでもらい剣士は一気に飲み干す。
「かぁーーー!! 新鮮な川の水みてぇだ!! こいつはぁうまい!!」
「さらにさらに! お肉などの腐りやすい食材は凍らせることで解凍の手間がかかりますが、びっくりするほど長持ちになります」
「凍らせる!? バカな! このくらいの冷気でモノが凍るもんか!!」
「でも下に冷凍庫があるんですね」
と、観音開きの扉を閉め、引き出しを開けると、さっきよりも冷たい空気が溢れ出る。
「……マジかよ」
「さらに氷も自動生成!!冷蔵庫の水入れにお水を注いでおくだけで自動で小さな氷を作ってくれる!これがなかなか便利なんですよ」
そう言って小さな引き出しを開けると沢山の氷が出来上がっていた。
「さっき飲んだ麦茶はうまかったし……最近はエストの冷えたエール……いやビールだったか。それがめちゃくちゃうまいらしい。そういう使い方もありそうだな」
「そうですね。もちろん野菜室も完備。それぞれ適切な温度に管理してくれます」
「自動でか?」
「もちろん自動です」
「たはーー!!ほんっとうになんでも自動なんだな……まったく、なんなんだ家電ってのは」
「……そうだ!ちょっと面白いものをお店しましょう。レイラ、挽肉とまな板、包丁持ってきてくれ」
奥で本を読んでいたレイラにお願いをすると、嫌そうに頰を膨らます。
「今日ー?唐揚げー?したかったなぁー?」
「……またかよ……唐揚げはいつでもできるだろ。今日はハンバーグで我慢してくれ」
「仕方ないねー?わかったよー?」
と、わかったのかわかってないのか曖昧な態度で、トテトテと奥へと向かう。
「……相変わらずよくわからない返事だな……しっかし、あの子が、まさかお前さんの嫁とはねぇ」
「あはは……よく言われます」
しかも経歴で言えば、最初は保護者としてレイラを預かったわけだから娘というのも一概に間違ってはいない。年の差がほとんどなく、家族となる手続きとしては結婚が一番近いから結婚したって感覚で、ユキオ的には、小さな子供を持ったという感覚が抜けていない。
無論愛していないわけではない。だが、恋人や妻というよりも、手間のかかる娘という印象が強い。
「おい、そこ凹んでないか?」
「え?」
気がついたら冷蔵庫の表面にできた凹みを撫でていた。
「……もう古いですからね」
その表情はなぜか暖かく、懐かしむようだった。
「実験準備ー? 完了だよー?」
「ああ、ありがとうレイラ」
用意されたのは凍った挽肉、包丁、まな板だ。
「お、おい。それ凍ってるじゃねぇか」
「そうですよ? 触ってみます?」
「……いや、いい。……まさかとは思うが、それで切るつもりか?」
「ええ」
レイラは自慢げに包丁を掲げる。思わず「子供が持ったら危ない」と言いそうになる剣士は言葉を止め代わりの問いを投げる。
「いや、できねぇことはねぇだろうが……包丁の刃がダメになるんじゃないか?」
「それはどうでしょう?」
「いくよー?」
レイラが今にも切りたそうにうずうずしている。ユキオはクスリと笑い、一つうなづく。
「えーーい!? ……なんちゃって?」
大振りに構えたかと思うと、それをゆっくり下ろす。そして……。
サクッ……!
「ええぇ!?」
いとも簡単に切れた。
凍ってるのが嘘かのようにあっけなく、レイラ自身も全く力を入れた様子はない。
「これが、切れちゃう瞬冷です!! 特殊な冷却方法で凍らせることで凍っている食材でも簡単にカットできちゃうんです。必要な分だけ切って使うことができますし、フルーツシャーベットにすることも可能! まさに冷凍革命です!!」
「こんなことが起きるもんか……」
「また各メーカーさんによっておススメ機能は様々! 真空のチルド室に、透明度の高い氷を作ることができるもの、除菌しながら冷やすことができる機能や野菜の水々しさを保つ機能。冷蔵庫は各メーカーで特徴が出る本当に面白い家電ですよ」
「なるほどなぁ……で、おススメってのがその切れちゃう瞬冷かい」
「一番シンプルに使いやすいですからね。ただ、その人のライフスタイルは様々なので一番気に入ったものを選びましょう!」
「よっしゃ! 今日は冷蔵庫を買ってやる! ……が、今のところ嫁さんもいねぇし、小さいやつでいいか?」
「……小さいやつだとカットできちゃう冷凍ありませんよ。ダンナ」
「うぐっ……そうなのか……ムムム……」
上手いこと誘導された剣士は結局カットできちゃう冷凍が付いているもので一番小さい冷蔵庫を買っていったのだった。
「まいどありがとうございます! 後日お届けしますね」
「ちくしょーー!! 使えない家電だったら承知しねーぞ!!」
という言葉とは裏腹に、この日から毎日のように冷蔵庫を開け閉めすることになるのだった。
ユキオはまた冷蔵庫の凹みを愛おしく撫でていた。
––––––––––––これは、レイラがつけた傷だ。
何度も挑戦して、失敗しまくって、涙した結果……。
だけど、その辛さは家電起動実験成功の初号機である、この冷蔵庫が受け止めてくれた。
全てを受け止め、レイラに笑顔を与えたこの冷蔵庫には思い出がたくさん詰まってる。
「……また君に助けられたよ」
今回も、この冷蔵庫があったから剣士は興味を持ってくれた。この家電屋さんの守り神のような存在だ。
「また、頼むよ」
名残惜しそうに凹みから指を話し、腹を空かせて今日も店を閉める。
……さて、明日のお客様はどんな方だろうか?
※今回三菱電機株式会社様の冷蔵庫をモデルとして書かせて頂いておりますが、本作は三菱電機様ならびにその他家電メーカー様と一切の関係はございません。したがって、今作で紹介させて頂いた「切れちゃう瞬冷」および冷蔵庫はあくまで筆者のイメージであり、実際のものとは違う可能性がございますのでご注意ください。
実際の機能については各メーカー様ホームページ、各メーカー様お問い合わせ先、家電量販店等にご相談ください。