第三話「氷界に繋がりし転移門」
「ゆきおー? ごはんー? できたよー?」
……ユキオが転生者として召喚されて、五年が過ぎた。改めて思うとあっという間の出来事だったような気がする。
「ああ、今いく」
寝室から最近狭さを感じ始めた食卓に移動すると、ご飯をよそう小学生くらいの背丈の翼人の少女がいた。
だが、その少女は見た目通りの少女ではない。レイラ=コジマ 二十五歳。れっきとしたユキオ=コジマの妻なのだが、その容姿はあまりにも幼い。
「そういえばー? なんでー? ヤマムラ電機なのー?」
五年も経って、ようやくその質問が出るのかと呆れる。
「俺の前の世界で勤めてた家電屋さんの名前がヤマムラ電機だから」
「でもー? 転生したんだからー? 自分の名前をー? 使ってもー? いいんじゃないー?」
「それはいろんな意味で嫌な予感がするからやめた。なんか大きいカメラ屋さんに吸収されそうな気がする」
なぜかはわからない。だがなんとなくそう思えて仕方ないのだ。確か競合店が似たような運命を辿ってるからそう思うんだろうが……。
まぁ、それもすでに五年前の出来事だ。今はどういう風に変わっているのか気になるところでもある。意外と真面目路線から打って変わってミニ四駆レースでもやってるかもしれない。
「はは……そんなバカな……」
ただ、その情報収集は不可能だ。
なぜならここは異世界だからだ。
寂しさをすこし感じながらテーブルに着くと、食卓に広がるのは大量の唐揚げが出迎えた。
「……本日も唐揚げですか」
「昨日のー? 残りー? だけどねー?」
「とほほ……」
嘆きながらもユキオはステンレスの扉を開く。程よい冷気を感じながら、麦茶を取り出しコップにそそぐ。
(レイラとの出会いも……もう五年前になるのか)
その出会いのきっかけはこの大きな家電だったっけ……。
話は五年前に遡る……。
「ありえない……」
転生して間もないその男は愕然としていた。彼の習得していたレアスキルは創造と言って、かなりレアなものだった。
彼の頭にあるものは、考えるだけでなんでも無から作り出すことができる特別なもの……が、その能力は限定されたものだった。
「なぜ……家電しか作り出せないんだ」
別に家電を作りたいわけじゃない。ただ、別のものを作ろうとするとそれに関連した家電が生成されてしまうのだ。
例えば、焼肉を食べたいなーってことで牛肉をイメージすると焼肉プレート付きホットプレート一万円相当。アイス食べたいと思えば、一人暮らしサイズの冷蔵庫……もっと強く願っても大きさが変わるだけだ。
特に今日は暑い。エアコンもないこの世界だったらアイスでも食べたいと思ったのが運の尽き。気がついたらユキオの宿部屋には数台の大家族でも大丈夫なサイズの冷蔵庫が五台も並んでいた。
だが、電気も当然ないこの異世界で家電はおろか、冷蔵庫などまさに無用の長物である。
「……ギルドでもいこ。もしかしたらなんか解決策があるかも」
「ないですね」
「ないのかよ!!」
と、思わずツッコンだが考えれば普通に考えればそんな訳のわからないものを使う手段などない。
「そもそも、私共には家電というものがわかりません。あなたの元いた世界ではポピュラーだったのかもしれませんが、私達にとっては聞いたこともないものですよ」
「……まぁそうですよねぇ」
「で、ご用件はそれだけですか? あとがつかえてるんですが……」
「あ、っと! 仕事!!」
とりあえずは仕事をしなければ明日食べるものもなくなってしまう。とりあえず良さそうな仕事を探す。
「……ん?」
その依頼書には、森に住み着いた盗賊の討伐と書かれている。
だが、その盗賊の容姿の情報は……どう見たって幼い少女だった。
森の中に入ってからだいぶ時間が経った。
そろそろ拠点につくはずだと初期装備に買った長剣を手で弄ぶ。
「わっ!!」
突如雷撃が足元を貫く。バックステップで避けて構える。
(攻撃……どこから?)
あたりを見渡すが、攻撃の発現ポイントが見当たらない。
(剣なんて使った事ないけど……大丈夫かな?)
そう思いながらも、構えを解かない。
「ぐあっ!!」
体が痺れた。だがどこから来たかがわからない。
痺れに気をとられていると、短剣が喉元めがけてきた。
「ぐっ!!」
その腕を短剣を避けながら辛くも掴む。
「っ!! ……天使?!」
その女の子は幼く小さい体を最大限に利用し、殺意を向けてきた。背中の大きな翼が印象的だったが、それどころじゃない切迫した状況だった。
「こんの!! 親の教育がなってねぇぞ!!」
伸びきってデタラメに切られたブロンドの髪。ところどころ怪我をしていて痛々しい。泥汚れを洗いもせずそのままにしている。恐らくは元は美しかっただろう背中の大きな翼も乱雑に千切れている。
「っ! あぅ!!」
もう一度痺れが来る……があまり痛くない。
「なんでこんなことしているんだ!? 君は」
「うぁ!? あぁぅ!!」
「お前……まさか、言葉がわからないのか?」
「……どうやらあの子は捨て子のようですね」
「捨て子? どういうことだ?」
「文字通りです。現在調査中ですが、彼女の両親が捨てたんでしょうね」
そのひどい仕打ちに怒り隠し切れずギルドの受付嬢をがなりつける。
「どうして!! なんでそんなひどいことを!!!」
受付嬢は渋い顔をして答える。
「翼人には昔、一秀一子っていうものがあったようで、簡単に言うと子供は優秀な子一人いればいいって風習です」
「そんな……あの子は実の親から捨てられたってことですか!?」
「……連合国となった今では、親が子供を育児放棄するのは犯罪です。当然今回も逮捕できる案件なのですが……」
そうそう簡単に親が見つかるなら苦労はしない。
「つまり、未だに昔の伝統を守っている翼人の親が彼女を捨てたって事ですか」
「……それだけならいいんですけどね。ほらあの子、言葉が話せなかったでしょ? ……どうも力が弱いことを理由にほとんど赤ん坊の頃から捨てられていたみたいです」
「はぁ!? じ、じゃあ、今までどうやって生き残ってたんですか?」
「あの辺りは回復薬の原料が多い場所でしてね……信じられないことですが、多分本能で薬草をたべ、水を飲み生き延びていたようですね」
よく考えれば、ありえないほどやせ細っていた……栄養もまともに取れてないんだろう。
「あの小ささですけど、ステータスを測ってみたらどうも二十を超えているみたいですよ?」
「二十って……年齢がってことですか?」
受付嬢は静かに頷く。
「長期にわたる栄養失調が原因でしょうね……そのせいで、体が小さい頃のままなんだと思います」
次の日。さらなる調査の結果を聞くため、ユキオは名もわからぬその子の病院まで来ていた。
ただ、病院とは名ばかりでその場所は監獄のようなところだった。精神的に問題があったり、他の患者との共存が難しい者が集められたこの空間には自由がない。
……そんな中にその子がいた。
「……まるで野犬だ」
鉄格子を食いちぎろうと本気で噛み付いている。歯が欠けて血が出てもやめる気配はない。
「っ!! あぁーー!! ……う?」
ユキオは彼女の頭を撫でた。
「っ? ぁう?」
「……君のことは俺が守る。だから怖がらなくていい」
「? ああぁ?」
言葉を話すことができなくても、きっと思いは通じる。
「一緒に来てくれ……今まで苦しかった分の幸せを、僕があげるから」
それから五年後––––––––––––。
「––––––––––––そういうわけで、俺達は一緒に暮らすことになった。言葉も教えて、優秀な魔道士の人に魔術を教わりながら、たった数ヶ月でレイラは魔法のコンセントの作成に成功。俺達は家電屋さんをはじめた……とまぁこんなところだ」
レイラの微弱な魔力は、逆に魔法のコンセントの作成に大きく貢献した。ほかの魔術師では電力が強すぎて魔法のコンセントは、ただの兵器になっていたのだが、レイラの魔力は小さいため、なんの問題もなく百ボルトコンセントを再現することに成功していた。
まさに彼女にしかできない、芸術にも等しい存在なのだ……そんな話を滝のような涙を流しながら剣士は聞いていた。
「お前達も苦労したんだなぁーーーー!!! 俺は感動したぞぉーーーーー!!!!」
「……ま、まぁ苦労はしたけど……」
この前の炊飯器がよほど良かったのか、剣士はすっかり常連となっていた。そこで、どうして家電屋を始めたのかとか色々聞かれて現在に至る。と言うわけだ。
「ただ、レイラは結構飲み込みが早くてね……言葉も日常的に問題ないレベルまで話せるようになったし」
「へぇ……ちなみにレイラってのはお前さんがつけたのか?」
「ああ。レイラが始めて動かした家電の名前にちなんでレイラ」
感心するように剣士は聞き入り、疑問を投げかける。
「へぇ……その家電ってのはどんなのだい」
「剣士さんの目の前にあるよ」
ユキオはその剣士の背丈ほどの機械を指差す。
「冷蔵庫です」