第二話「炊飯器」
「炊飯器?」
デデデデーン! とかいう効果音が出てきそうな勢いで出てきた割には、そんなに凄い機械には見えない。
「要するにこれは釜か? これに火をつければいいわけだな!」
と、得意のファイヤーボールを繰り出そうとする。はじめはちょっと加減をしようと、手に収まるサイズので……と構える剣士を慌てて店員が止める。
「い、いやいや待って! そんな事したら壊れちゃいますよ!?」
「なんだ? 軟弱な釜だな」
「この炊飯器は火は使わないんです。それに釜はこっちです」
カパッっと軽快な音とともにやけに分厚い蓋が開く。さらに一回り小さな釜がマトリョーシカのように現れる。
「これが……釜か? 随分薄っぺらいな」
「はい。これにご飯とお水を図り入れ、ボタンを一つ押すだけでふっくら炊き上がります」
「はぁ!? バカにしとるのか!? 米炊きは火の調節も大変で時間の管理もしなきゃならん。そのくらい俺でも知ってるぞ」
「そこは全てこの炊飯器がしてくれます。しかも自動で!」
ボタン一つということも驚きだが、まさかの全てが自動らしい……。
「信じられん……特殊な魔法でも組み込まれておるのか?」
「魔法ではないですが……こっちの方にはそう思っていただいた方がわかりやすいでしょうね」
見た目はただの釜だ。それが丸々一つ収まるやたらと分厚い器。
これで米が炊けるとは信じられない剣士は、頰のホクロを掻く。
「……じゃあ見せてくれんか? 作るところを」
「わかりました! じゃあレイラ。お米を用意してきてくれ。いつも通りで構わない」
「わかったー?」
そう相変わらずの疑問形で返事をする金髪の翼人。釜を受け取りトテトテと小さな体は奥へと消えていく。しばらくすると井戸水を組み上げる音と、米を洗う洗米の音がリズムを刻んで奏でられる。
「ちなみに、軽量の仕方も簡単ですよ。このカップさえあれば!」
と、取り出したそのカップは透明だが見たことのない材質だった。
「なんだこのカップは? ガラスでもなさそうだが……」
「プラスチックと言う素材です。軽くて丈夫な私の元の世界ではポピュラーな素材です」
そのカップを店員から渡されるとふわりとするくらいの軽さに目を丸くした。まるで紙で出来ているようだった。
「そのカップ一杯が一合という単位の量になります。すりきり一杯で一合とカウントしてお米を入れていき、釜のメモリに刻まれた数字を見て同じ数まで水を入れます」
「……三合ならここまで注げばいいって事か?」
と、指を指すと、店員は実にうれしそうに笑う。
「そうです。簡単でしょう?あ、ついでに洗米の仕方も教えておきますね」
「お、おう! 頼む」
「このティエアのお米は魔法文明が発達しているためか、本当に綺麗な状態です。なので洗米時は一切力はいりません。水を入れて軽く、手早く混ぜます。たまに押し付けるように洗米される方がいらっしゃいますが、これは間違いで、お米自体を傷つけてしまう可能性の方が高いので注意ですね」
と、他に並んでいた炊飯器の釜を取り出して身振り手振りで教えてくれる。
「ティエアの米農家は収穫の際に魔法で除染作業を行う。だから本当に必要な米以外の箇所は消えるんだ」
「へぇ、お米にお詳しいんですね。剣士さん」
「まぁな。実家が米農家なんだ。そのせいでうちの実家から大量に米が届いたんだが……自炊なんぞ一度もしたことないからほとほと困ってな。実家でも母が炊いていたし」
「なるほど。それでご相談を……あ、戻ってきましたね」
レイラと呼ばれた少女が抱えて持ってきた釜には綺麗に窓から差し込む光を受け煌めき、その影から白い宝石をちらつかせる。そのままでも美味しそうと感じさせる米がそこにあった。
感嘆の吐息を漏らし、その宝石に見惚れているとその釜はまるまる炊飯器に飲み込まれる。
そして、それは速攻ですり替えられる。
「そして、炊飯ボタンを押したあと数時間経ったものがこちらになります!」
「……いつ用意したんだ?」
疑問に思う剣士をよそに、釜を開くと真っ白でホカホカに炊き上がったお米が姿をあらわす。
「ほう……これはなかなか」
その釜の中のライスを小さな器に盛り付けフォークとともに差し出される。
「本当は我々の文化のお箸を使って欲しいところですが、慣れてないと食べづらいでしょうから、フォークをどうぞ」
「ほう……では一口」
そのつぶつぶをひとサジ、フォークに盛りつけ口にはこぶ。
「ほう!! 炊きたてか!! なんとうまい……これが炊飯器の力というわけか」
「ふふふ……」
「? 何を笑っておる」
「それー? 炊きたてー? じゃないよぉー?」
ついさっき数時間たったものと言ったが、どうやら炊飯に数時間と言う意味ではなかったらしい。
「そのご飯は私達が朝炊いたものですよ?」
「は、はぁ!? なんでこんなにうまいのだ!? しかも、ものすごく暖かく甘い!」
「それはこの炊飯器の機能。保温と圧力ですよ」
「保温……はなんとなくわかるが、圧力? 圧力がなぜ関係あるんだ?」
そう聞くと得意げに蓋の一部を取り外す。
「圧力の秘密はここ! 蓋にございます! この蓋は蒸気の通り道が片道になっており、釜の中の空気がどんどんなくなり圧力がかかります! すると水の沸点が下がり炊き上がる迄の時間も早くなるだけではなく、栄養価もお米の中に封じ込めます! だから栄養価も高く甘みがマシ––––––」
とテンション高く説明されるがわかるようなわからないような……とりあえず結論はこうだ。
「わ、わかったわかった! つまり圧力炊飯器で炊くライスは美味しい!! って事だな」
「そういう事です。ちなみに、炊飯器にはいろんな種類がございますが、おおよそ違いはこんな感じです。ご参考にされてください」
・窯の違い
窯の違いで加熱時の熱伝導率や遠赤外線などの効果が発生します。また炊き上げる時の水流などにも影響するので形にもこだわりがある炊飯器も多いです。また、本物の土鍋を使った炊飯器も存在します。
・マイコンとIH
簡単に言うと温める方法の違いです。マイコンは釜の底のみ温めますが、IHは窯自体が発熱し全体を温めます。熱量でご飯の出来上がりも変わってきますので、基本的にIHの方が美味しくなります。マイコンは安いですが、どうしても硬くなりやすく保温能力も低いです。
・圧力付きかどうか
お話の中にもありますが、圧力でご飯の一粒一粒の栄養価も変わります。さらに甘みがマシ、ふっくらもちもちとした食感が味わえます。
・5.5合、一升
一度に炊ける量の違いです。家庭の環境や使い方によって決めましょう。お金に余裕があり、5.5合を毎日炊いてる人なら一升にしたほうが、炊飯時の水流が綺麗に流れやすく美味しくできます。
「つまり、そういった機能やこだわりで値段が変わるってことかい」
「そういうことです。基本的に高くなればなるほど美味しくなると思っていただいて構いません」
「よし、だったら一番高いやつをくれ!!」
「ありがとうございます!! ではこちらのコンセントとセットで九万ゴールドになります」
「うぐぉ!! あ、案外いい値段するなぁ……」
「あはは……まぁ機械ですし」
そう考えると剣士は納得した。だいたい機械なんて億単位の金がかかるもの。それを九万ゴールドと考えれば大した事はないのかもしれない。
茶色紙の箱を抱えてお店を出る剣士を見送る二人。
「じゃあまたな兄ちゃん! 娘さんもまたな!」
姿が消えるまで見送った店員……ユキオは苦い顔をしている。
「娘さん……か。まぁそう見えるよなぁ。なぁ我が妻よ」
「んー? そうかなぁー?」
「……まぁいいや。今日の夕飯はちょっと豪華に行くぞ! 焼肉でも食うか!!」
ユキオが久々の焼肉にワクワクしていると、金髪の少女は静かに首を振る。
「だめー? 今日はー? ノンフライヤーのー? からあげだよぉー?」
「妻よ……昨日も唐揚げだったと思うのだが?」
「楽しいからー? 飽きるまでー? 唐揚げがー? いいなぁー?」
「……いつ飽きていただけるのでしょうか?」
すると人差し指を唇にあてて、「うーん」っと唸って考え込む。
「今月いっぱいはー? 無理っぽいー?」
「今月まだ一日目なんですけど!? あと三十日は唐揚げってこと!? 待て待て!! 胃がもたれる!!」
「でもぉー? 楽しいからー? 無理っぽいー?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 頼む!!せめてエビフライも入れてくれ!! あの家電は唐揚げだけじゃなくて天ぷらもバッチリ作れる! だから––––––」
店の奥に消えていく二人の声はやがてCLOSEと書かれた看板のぶら下がった自動で閉まるガラス扉、自動ドアに遮られた。
そう、これはほんの些細な物語。
異世界に現れた唯一の家電屋さんの物語である。