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第十九話「エアコン」

 剣士の新居、シーファトに向かうため、ユキオとオルペウスは馬車に揺られていた。


「まずエアコンとは何か」


「はいっ! エア・コンディショナーの略称で、室内の温度を最適に変換してくれる機械です」


「うん。正解だね。じゃあいくつかエアコンの代表メーカーを言ってみようか」


「はいっ。業務用から家庭用まで安定し絶対の信頼性を持つダイキン。ステンレスコーティングで中が清潔な日立。空気中のウイルスに強いプラズマクラスターのシャープ。シャープと同じく空気中のウイルスに対して殺菌性が高く、水分量の高いナノイーを発生させるパナソニック」


 少し意地悪な質問だとは思っていたが、オルペウスは難なく答えた。


「そして今回設置するのが?」


「人感センサー最強。安定感抜群のモーター性能で様々な効率がいい、信頼性の証、三菱の霧ヶ峰です」


「正解だ。よく勉強したね」


 他にも富士通ゼネラルやコロナなど優秀なエアコンメーカーは存在するが、ユキオの店は狭いため、とりあえず取り扱いがあるのはこれだけらしい。


「で……質問なのですが、どうしてエアコンを倒して運搬してはダメなのですか?」


 段ボールという紙製の上部な箱に入ったエアコンは、ほぼ正角柱型の室内機と、長方形の箱の室外機の二つが存在する。だが、室内機はともかくとして、室外機はわざわざ立たせるようにして馬車の荷台に丈夫なロープで括り付けている。


 普通に考えれば接地面が広い方を下に……つまり寝かして置きそうなものだ。ただでさえ馬車は揺れるのにロープに括り付けてまでこんな置き方しなくてもいいのにとオルペウスは思う。


 しかもそこまでしてるというのに、ユキオは室外機を背中で押さえて倒れないようにしている。寝かしてしまえばそんなことをする必要性もないというのにだ。


「これは家電……特に冷蔵庫やエアコンの運搬では絶対にやらなければいけない事なんだよ」


 ユキオの説明を簡潔にまとめると、エアコンの場合は寝かして運搬すると中に入っている特殊なオイルが、本来入ってはいけない場所に入ってしまい、故障の原因になってしまうらしい。冷蔵庫も同じような理由で横置きは絶対厳禁とのことだ。


 本当は振動の大きい馬車での運搬も避けたいところだというくらいだ。それが理由か馬車はずいぶんゆっくりと走っていた。


「……でもユキオさんは一週間で十件ほどエアコンの工事をするんですよね? こんな調子で配達してたら間に合わないんじゃ…………」


 エアコン工事にかかる時間を考慮しないにしても、馬車での移動は時間がかかる。今回の予定では一番遠い場所で二~三日移動だけでかかるところもある。


「一番遠い場所はレイラに任せてる。空輸だから実際の移動時間は一日もかからない」


「……レイラって、あの小さな……奥さんでしたよね? そんなにパワフルなんですか? 室外機結構重いですよね?」


「……試しに君に持たせた、ダイキンの超重量室外機あるよね?」


 ダイキンの室外機は他のメーカーの室外機よりも重い。50kg以上はあるので気を付けて持たないと腰を悪くする。まぁ普通地面に置くので、性能に影響を及ぼさないのだが運搬するうえでは大変だ。


「ああ……あれは確かに重くて大変でした…………」


「レイラは…………片手で持てる。ダンベルのように簡単に右と左の手でひょいっと持ち上げられる」


「は…………はぁ!?」


「魔法も使えば、室内外機含めて5台同時配送可能だ……道具なしで」


 注意:室外機は本当に重いです。試しに真似しようとは思わないでください。 


「まぁ、そんなレイラでも極力振動はさせずに、横置き配送にならないよう立てて運搬する。横置き運搬はそれだけ危険ということだね」


「なるほど……難しいものなんですね」


 オルペウスが訝し気にメモを取っている姿を見て、ユキオは優しい目で頷いた。


「仮にガスやオイルの関係がなくても、家電は全方向に対する圧力に強いというわけではない。液晶テレビなんかが基本的に縦置き運搬なのは、その理由が主だね」


 テレビの場合は液晶側に強い圧力がかかると、破損の危険性があるため、横置き運搬は禁止だ。だが、どうしても横置きで運搬したい場合は、方法がないわけではない。そのテレビの上に何も置かず、ゆっくり配送すればいい。もちろんそれでも故障する確率は縦置きより高くなるし、最悪保証の対象外になるので、おススメはできない。


「うーん……それならば、いっそ全方向に強度のある素材や、そういった設計にするのはダメなんですか?」


「そうすると、今度は材料費のせいで商品の値段が上がったり、デザイン面でもかなりいびつなものになりかねない。ただ荷物を運ぶときに気を付けるだけで値段が安くなるなら、制作会社も販売者も顧客も、そっちの方がいいよね?」


「なるほど……」


 まれに、素人が”エアコンを引っ越しの時に付け替えたら壊れた”なんていうパターンは横置き運搬だったり、慣れない作業で手間取って中のガスがほとんど抜けたり……などという、自業自得の理由が多い。なので、家電を運ぶ際は絶対にしっかり知識や技術をつけてから運ぶこと。付け焼刃の知識で移設せず、無理ならプロに任せること。


 エアコンの引っ越し移設の場合はプロでも、多少なりともガス漏れが発生する。ガスがなくなっても充填すればまだ使えることには使えるが、そもそもガス自体が高い。(しかもこのティエアではガスの開発自体がまだされていないため買い直しとなる)エアコンという機械の平均寿命を考えると移設自体があまりおススメできない。


 なので、基本的には新しい家に行ったら新しいエアコンを設置してほしい。……と、そういったことをユキオは説明した。


「なるほど……いろいろと難しいんですね」


「そう。……なのに実際の使い方は簡単だから、運搬も簡単と勘違いする人がやっぱり多いんだよね。君は特に勤務内容は配送と工事をメインに働いてもらうことになりそうだから、絶対に間違えない事。いいね?」


「はいっ!! ちゃんとメモしましたっ!!」




 *** *** ***




「おいっ!! 大変だユキオっ!! 冷蔵庫が壊れたっ!! 何時間もかけて担いで持ってきて、早く冷たいものが飲みたいから、すぐに電源を入れたら突然変な音が鳴って…………」


 剣士は、長時間冷蔵庫を担いで運んだため、ようするに横置き運搬状態になってしまった。家電屋さんからすれば「そりゃ壊れるわ」という案件のようだ。


「――――ね……。力があるからって、こんな運搬をすると壊れる……早速勉強になったようだね。オルペウス君」


「ははは…………よく勉強になりました」




 *** *** ***




「……これであとは専用電源コンセントを取り付ければ…………」


 電源コンセントを差し込んだところで「終わりました」とユキオに告げる。


「うん。じゃあ実際にチェックをしようか」


 細かく設置状況をユキオとともに確認していく。


「……ここでも問題。室内機は、どうして斜めに設置するんだったかな?」


 その問いに剣士は口をはさむ。


「斜め? まっすぐ設置しているじゃねぇか」


「いえ、少しだけ片方に傾けて設置しているんです。そして、その理由は室内機に発生するドレン水を円滑に外に捨てるためです」


 オルペウスの回答に、満足そうに頷く。


「その通りだね。エアコンの空気は基本的に乾燥しているけど、その水分は主に室内機にたまるんだ。そのままため続けると壊れるから外に逃がしてあげる。ちゃんと答えられたね」


 ほめられると、えへへと照れ臭そうに笑う。


「今回、追加工事料金はかかったかな?」


「とくにはかかりませんでした。ただこの家の場合、二階のお部屋に付ける場合は、ホース延長代金が発生しますね。もしくは室外機の壁掛けの追加工事か……」


 エアコンの設置にどうしても発生する問題は、工事追加料金。ここでもよくある勘違いがあるらしい。


 それは、「去年設置した時は、エアコンの設置代金がかからなかった」という理由で、追加工事料金がかからないと勘違いするパターンだ。


 家の状態は何年も一緒というわけではないし、工事代金も、法律や工事業者の状況などの細かい環境の変化で変わるものだ。だから、家電量販店でエアコンを販売する場合に絶対に言ってはいけない言葉は「追加料金はかかりません」だ。


 ”工事に絶対は存在しない。”些細なことで常に変化するものだ。”かもしれない”ということを念頭に販売しなくてはならない。オルペウスは十分理解していたようで、新人ながら頼りになる存在になって来ていた。


「そうか……じゃあ、子供ができたときは、追加工事料金を考えないといけないな」


「そうですね………………へ?」


 とんでもない発言を聞いて、ユキオは思わず聞き返した。


「……あれ? 結婚したこと言ってなかったか? ってか結婚しなきゃ、こんな一軒家を持つこともないだろうが」


「け……けっけっけっけっ結婚ですってっ!?!?」


 ユキオは、情けないほどに驚きの声をあげた。失礼ながら、この剣士は生涯独身だろうと予想していたからだ。


「……なんだ? オレが結婚するのがそんなに珍しいか?」


 珍しいというより奇跡だった。ほぼ間違いなく童貞筋肉バカ一直線男の剣士がまさか結婚とはと、ユキオは心底驚いた。


「うちの嫁は、この町……シーファトの領主でな。以前この町にやってきたときに、町の復興を手伝ってな」




 * * *




 シーファト襲撃事件。一部のエルフたちが起こしたという観光都市消滅の危機すら呼び寄せた、とんでもない事件だった。


 当時シーファトの一権力者に過ぎなかった、剣士の嫁になる女性は、町の復興に尽力を注いだ。剣士達のパーティが現れたのはそんなときだった。


 モンスターや盗賊が柵の崩壊により入り込み、とても被害を抑えきれない状況だったが、剣士達パーティは彼女に協力し被害を抑え、さらには力仕事を積極的に手伝った。


 彼女はそんな見ず知らずの人でも、何のためらいもなく手伝ってくれる彼に惹かれ、彼もまた、町の復興に懸命に働く彼女に惹かれた。


 彼女は、男女関係についてトラウマに近い、つらい思い出があったが、それも剣士は受け入れ彼女の心の傷を癒した。


 そして、彼の本当の思いにきちんと答えなければと決意し、彼女は結婚を誓った。剣士もまた、つらい思い出があるのに自分の思いを受け入れてくれた彼女を、一生守ろうと誓うのだった。


 …………という、のろけ話を数時間にわたり長々と語りだした。




 * * *




「っつーわけで、エアコンを買ったってわけだ。まさかその代わりに冷蔵庫が壊れるとは思わなかったがな…………」


「ははは……まぁ、また買い直してください。安くしときますよ」


 ユキオも、ある程度の修理くらいはできるが、近年の家電は簡単なハンダ付けで治るほど簡単なつくりではない。基盤のほどんどは超精密に作られており、各パーツもユニットごとに付け直す以外に修理方法はない。メーカーの技術者でもない限り修理は不可能だ。


 なので、この世界で家電が故障した場合は大半が買い替えとなる。なお……壊れた家電は異次元に封印してある。現在ヤマムラ電機が抱えている大きな問題の一つである。


「くそっ……でも買わないわけにもいかないんだよなぁ…………冷蔵庫。嫁も気に入ってたし……絶対怒るよなぁ」


 どうやら、ずいぶん気の強い奥さんらしい。完全に尻に敷かれているようで、子犬のようにおびえていた。


「ははは……じゃあエアコンの試運転と行こうか」


「待ってましたっ!! ムーブアイってやつを試してみたかったんだよ」


 ムーブアイと言うのは、三菱のエアコンにつけられた人感センサーの名称である。現在は「ムーブアイmirA.I.+(ミライプラス)」という名称で、死角なしと言えるほど広範囲にわたり、どこに人がいるかを把握、風の方向を調整し、一人一人が快適な体感温度になるように調整する機能だ。


 さらに、人に直接風が当たらないように調整したり、足先と指先の温度を測り、体感温度を計算して温度を調整することもできる。さらに、室内の環境を学習し、自動調節することもできるらしい。


 まさに、生きた機械。それがムーブアイの力なのだ。


「んー……涼しくなってきたぁ…………」


 剣士が満足そうにしていると、玄関の扉が開く音がした。


「ただいまー……。ああ、家電屋さん。いらしてたのね」


 どうやら奥さんのようだ。とても美人な女性だった。青く透き通った長い髪に、海竜族のハーフ特有の竜の翼のような耳。そして、魅惑の青い(サファイア)が印象的だった。


「おう、おかえりっ!!」 


 剣士が豪快に出迎えると、奥さんは買い物袋を置いてユキオ達に挨拶をする。


「こんにちは。……本当に涼しい。あの子の言った通りだわ」


「あの子?」


「ええ。私、異世界出身の子と友達で、彼女の経営しているカフェでエアコンというものを知ったの。ついこの人におねだりしちゃったわ」


 異世界出身の子が経営しているカフェ。その単語で、ユキオのよく知る少女の顔が頭によぎった。


「……エストの奇跡の料理人…………なるほど彼女の影響でしたか」


「うふふ……あなたの噂はずっと聞いてました。彼女の旦那さんも、家電の事を知っているしね」


 エストの奇跡の料理人が結婚したのは、ちょうど一年前だ。式では少し悲しい事件もあったが、本当に素晴らしい結婚式だったと、出席したとうのユキオも思っていた。


「お二人の式には、ぜひ出席させてくださいね」


「へへっ。当然だろ?」


「これから家電も、いろいろ買いそろわせていただきますわ。この人の宿屋で冷蔵庫を見たときは本当に驚きましたから」


 冷蔵庫というワードが出てきて、剣士はピシッ! っと石のように固まった。


「そうだっ!! この前エストで手に入れたラムネが、冷蔵庫に入っているはずだわ。皆さん、ぜひ飲んでいってください」


「あ、あのっ! ちょっとま――――!!」


 必死に止めようとする剣士の肩を、ユキオはそっと優しく止める。


「…………壊したら奥さんに隠すことは絶対にできない…………。それが家電というものなのです」




「あーーーーなーーーーたーーーーーーーーっっっっ!!??」


「すまねぇーーーー!!! 許してくれぇ!!! ディーーーーーーッ!!!!」




 その後、数十年にわたり剣士は、鬼のような顔とそれに似合った水の細剣の連撃で死ぬ思いをしたことを、「人生最大の恐怖」と語ることになるのだが、それはまた別の話――――。

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