第十八話「冷熱自在空間方陣」
「ふぅ……全く、たまったもんじゃない」
滝のように流れ出る汗を煩わしそうに拭き取り、シャツで仰ぐがまるでサウナにいるようでほとんど涼しくならない。
この世界は春夏秋冬という季節があり、夏は暑く、冬は寒い。どうも創造神の出身地がそういう所だったため、同じように季節が生まれたらしいが、まったくもって適当な理由に男は深くため息をつく。
しかも今日は真夏日。まるで炎であぶられているように肌を焦がしていく。
”本当に迷惑な話だ”と、そう思いながら旅商人は、神を呪いながら水を求めた。
すると露天に何やら珍しい瓶に入った水が売られてた。聖水にしては口が大きく、飲み水にしては仰々しい。
さらに謎の丸い玉が口を塞いでいる。試しに露天商にその中身の正体を聞いてみる。
「親父。これは飲み水かい?」
「ああ、水じゃないけど飲めるよ。エストから仕入れたラムネっていう名前の……レモネード見たいな飲み物さ」
「ラ……ムネ?」
露店の店主がうなづくと、試しに飲んでみろとばかりに差し出してくる。なので財布を取りだそうとポケットに手を突っ込む。
「金はいらんよ」
「え?」
「お前さん、どうせ市民権を手に入れて、どこかに腰を据えるつもりだろ? ワシも旅商人じゃったからわかるよ」
「…………どうしてオレが旅商人ってわかったんだ?」
そう言うと、彼の後ろを指さした。どうやら大きなバックパックの事を指しているのだろう。
「露店を出すためのシートとこんなに暑い日なのに傘に露店の雨よけまである。旅人ならそこまで装備をそろえない。あとは……勘かの?」
「なるほど。アンタも同業だったのか」
「ああ。でも気がついたら自分の帰る場所は無くなってたがのう。お前さんくらいの歳なら、早めに腰を据えて商売をした方がええじゃろう。それよりほれ、遠慮せず飲め」
そこまで促されると受け取らないわけにもいかず、瓶を取り蓋を開けようとして固まる。
「……これどうやって開けるんだ?」
「その蓋を……」
露店の店主から開け方をレクチャーしてもらい、ガラスの玉を押し込みながら開けると、気泡が次々と溢れ出てくる。
「……発泡酒か?」
「いいから飲んでみろ。ほれ」
促されるままに一口飲んでみると、爽やかな炭酸の刺激と甘みが彼の舌を魅了し、なんとも言えない幸福感に心奪われて行く。
「プハーーー! こりゃうめぇな!」
「だろ? エストで最近オープンしたカフェからの輸入品なんだがな。最近知って大量に仕入れたのさ」
「へぇー。エストって言えば冷えたビールってイメージがあったけど、こんなうめぇもんもあったんだな」
エストギルドにいる奇跡の料理人。彼女が結婚し独立したと言う噂は瞬く間に広まった。現在はカフェを経営しているそうで、その中の商品がこれらしい。
彼女が独立したことにより、その商品バリエーションは瞬く間に広がった。その中の一つが、夏限定商品のラムネだ。
「こりゃたまらないなっ!」
「へへっ! だろ?」
飲み尽くして、空いた瓶を寂しそうに見つめると、氷水に冷やしたラムネに手を伸ばそうとして、その手がピクリと痙攣して止まる。
「……なるほどな。この商売上手め」
「へへ……でなきゃタダなんて口が裂けても言えねーよ」
ようするに露店の店主は一杯を奢る形にして欲望をかき立てたのだ。さらにおごったことで恩が生まれ、確実に常連客を捕まえる。140ゴールド程度で常連客が手に入るものだから、安いものである。
旅商人にとっても常套手段であり、彼もよく使ってる小技だ。まんまと引っかかった旅商人だったが、商品が美味しいことには変わりない。
*** *** ***
「結局買っちまった……まぁいいか」
ラムネを飲みながらレークスの街並みを眺める。
……彼はすでにそれなりに稼いでおり、レークスに住める程度の金は持っていた。
だが、彼には生活の基盤となる店も、なんの店をするかのアイデアもなかった。
「……せめて手伝いでもいいから稼ぎは必要だよな……何かいい商売はないものかなっと……」
あたりを見渡すと、そこだけ異様な建物がそびえ立っていた。
「……なんだアレ」
異世界の文字と、その隣に「ヤマムラ電機異世界店」と書かれている。
「……面白そうな商売してるかもしれないし、ちょっと中を…………っ!?」
全面ガラス張りの扉の奥には異様な光景が広がっていた。
まさに超満員と言って間違いない人間が、暑苦しいほどに集まっているのだ。
とても広いとは言えない店内に、少なく見積もっても三十人ほどは入っている。何事かと旅商人が眺めていると、小さな翼人の女の子が店の前に出てきて、値札の上に「完売御礼」と、これまた異世界の文字(翻訳付き)の紙を貼った。
その値札の後ろに飾られた謎の真っ白な謎の物体は、彫刻というにはあまりにも面長で、面白みもなかった。軽く触れてみるが、薄っぺらな謎の素材が中身を覆っているようだ。
さらに、下の部分の口のような部分が開く構造になっているようだ。何かしらの魔道具だろうかと考えてみるが、こんな魔道具は見たことも聞いたこともない。
すると、買い物が終わったのか、店から女性客が二人出てくる。すると店の扉から不思議な風が、旅商人の頬を撫でた。
「なにっ!?」
――――涼しかった。まさかその先は氷界にでもつながっているのかと、勘違いするほどに冷たい風が、旅商人の火照った体を癒してくれる。
試しに中に入ろうと、扉に手を伸ばすと、驚くことに扉は触れる前に開き同時にまた、涼しい風が彼を誘う。我慢できず一歩を踏み出した旅商人は、また驚愕した。
もしや氷界のように極寒の地なのではと思いきや、最適な温度が保たれており、まるで、そよ風吹く秋の日のようだ。
「……一体これはどういうことだ…………?」
驚き目を白黒させていると、奥の方で店主らしき青年と、屈強な剣士が豪快に会話をしていた。
「ハハハッ! 繁盛しているじゃねぇか! 期間限定大特価エアコン即完売か!!」
「ええ、まぁ……問題はこれからですが……」
「二週間の臨時休業か……。まぁ、こればっかりは仕方ないな…………工事ができるのは、レイラとお前だけ。早く従業員見つかるといいな」
エアコンというものがどういうものかはわからなかったが、旅商人はワクワクの気持ちが抑えられなかった。お店の前に立った瞬間から何もかも驚きの連続だが、何よりこの涼しくも快適な空間が、どうやって実現しているのか。そして、それを商売にすれば確実に売れると確信したからだ。
「だったら、俺にそのエアコンというものを売らせてくれっ!!」
その大きな声に、一同その方向へと振り向いた。店内で物色をしていたお客さんも含めて、一斉に注目を浴びるが、動じることなく旅商人は答えた。
「俺は、オルペウス=ウィルソンッ!! 旅をしながら面白い商品を見つけては売ってきたっ!! だが、商品を見る前いや、店に入る前から驚きの連続だったのは、あなたの店が初めてだっ!! ぜひ、俺を雇ってくれっ!!」
「えっと……とりあえずわかりました。だけど、今は少し忙しいから、そこのテーブルに座って待ってくれるかな?」
若い青年の店主は小さな丸テーブルを指さす。オルペウスはおとなしくそのテーブルの椅子に座る。
「えっと……で、剣士さんは霧ヶ峰のFZシリーズでよかったですね。お部屋の大きさとか大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。言われた通り図ってきたぜ。お前さんの言うところの木造11畳だ」
「……なら、このタイプですね」
そのエアコンと呼ばれるものを、何やら紙だけでできた薄い本(カタログと言うらしい)の中の一つを選択する。だがそれを見た瞬間、なぜか剣士は怪訝な表情を浮かべた。
「お、おいおい……一番高いやつじゃなくていいのか? 俺は一番いい奴って言ったんだぜ?」
「エアコン選びに大切なのは、お部屋の大きさと、断熱性、そして設置環境です。大きすぎても無駄だし、小さすぎたらもっとよくない。特に知識なしで自己判断で選ぶなんてもってのほか。木造11畳程度のお部屋なら、この4kWが間違いないですよ」
「なるほど……」
二人が商談している間に、店長……ユキオはオルペウスの行動が気になったのか彼の方を見て、その行動に、にっこりと笑う。
「――――えっと……エアコン選びに必要なのは……」
彼は必死にメモを取っていた。彼にとっては、そもそもエアコンとは何なのかもわかってないのに、それでも必死に理解しようとペンを走らせる。
剣士もまた、彼のそんな行動を見て満足そうに白い歯を見せた。
「……ユキオの旦那っ! 試しに試験してみちゃどうかな。俺の家のエアコンで」
「そうですね……オルペウスくん。どうかな? 僕が教えるから剣士様の家のエアコンを設置。できれば僕の店で採用すると言う事で」
「はっ……はいっ!! お願いします!!!!」
「お客様のエアコン、設置してみせます!!」




