第十七話「ホームベーカリー」
イギリスパン、ドイツパン、フランスパ(中略)一大抒情詩であるっ!!!!
*** *** ***
押し切られるようにホームベーカリーを買っていった少年を見送り、少しだけ罪悪感を覚えるユキオ。
「よかったのー? あの人絶対落ちるよー?」
レイラすら、あきれ顔で見送っている。さすがにホームベーカリーでパン職人になろうとするとは、彼女ですら思ってなかったようだ。
「うーん……そうだよねぇ」
いくらおいしいパンができると言っても限度がある。素人や機械による大量生産がメインのコンビニパンが相手なら、焼き加減の調節やアイディアで、それよりもおいしいパンを作ることもできるかもしれない。だがいくら何でも、パン職人の生地に勝てるかと言えば、否である。ホームベーカリーがおいしくないというわけではないが、やはり生地の状態によって細やかな調節ができる職人の手作りの方がうまいのは、ある意味当然の話である。
「一応翻訳版のレシピブックにも100種類乗せてるけど……自分が売ったお客様に悲しい思いをさせるのも忍びない。うーん、どうしたものか……」
仮に100種類、全部作れるようになっても、プロから言わせてもらえば「だからどうした?」といったところだ。それが素人にもできるからこそのホームベーカリーであり、プロとなると、できて当然のお話だ。このままでは確実に彼は試験に落ちるだろう。
助ける義理は、確かにないのかもしれない……だが、やはりお客様には最大限の満足をしてほしいというのが、ユキオの思いだった。
「…………仕方ないわね。私に任せなさい」
困り果てたユキオ達の前に、一人の少女が栗色の髪をなびかせてニヤリと笑った。
*** 一週間後 ***
「貴様、まだ懲りてなかったのか」
ナウロク=リョギヤ。パンタジー人事部所長にして、採用試験官である。彼が認めた人物以外は、異世界ティエア最大のベーカリー店”パンタジー”の職人にはなれない。
「当然じゃ! オレはティエア最強のパン、ティパンを作るまで諦められないんじゃ!!」
「ティパンだか、ティーバックだか、Tシャツだか知らないが、貴様のパンなど審査する気にもなれん。早々に失せろカス」
「ふふふ……これを見ても同じことが言えるか?」
カバンから包みを取り出し、広げるとパンが数切れ入っていた。ちょうど一斤分だ。
「むっ……ホワイトチョコと、ナッツを入れたか……それに緑色の生地……これは猫獣人族の里名産の抹茶か? ……一応工夫はしてきたようだな。しかし、この程度でパンタジーの門をくぐれると思っているなら甘いぞ」
「いいから食べてみるんじゃ。おいしいぞ?」
獣人のしっぽを、まさにぶんぶんと振り回しながら見せつける。ナウロクはなぜここまで自信があるのか気になった。
「……まさか貴様のようなクズパンをもう一度食べることになるとは……」
「クズじゃねぇよ! とにかく食ってみるんじゃ!!」
ナウロクは、おそるおそる、そのパンをひとかじりした。
*** 以下回想 ***
––––––魔導学院に通っていた時の私は、いつも孤立していた。
「へい! あいつまた飛び級だってよ!」
「黒魔法の才能しかないくせに、全く嫌な奴だぜ」
私が落ち込んでいると、いつも陽気な彼が声をかけてきた。
「気にすることないさナウロク。アイツら君があまりに優秀なもんで僻んでいるだけさ」
彼の名前はエンブリオ=キッド。この日から私達は親友になったのだ。
––––––ケンカやナンパ、グチをこぼす、何をするときも私達は一緒だった。
そんなある日、私はエンブリオの魔導サッカーの試合を観戦していた。エンブリオのチームは圧倒的な実力で、一方的な試合展開を見せつけていた。
「やった! またエンブリオのやつが決めた!!」
私は久しぶりに興奮していた。彼のシュートがあまりに華麗で美しかったからだ。
「またエンブリオシュートだ!」
「またまたエンブリオシュート!!」
「エンブリオシュート……」
「ブリオ、シュート……ブリオシュート……ブリオシュト……ブリオシュット……ブリオッシュッッッ!!!!!」
*** 以上回想 ***
「橋◯先生ぃ〜〜〜!! 色々ネタにしてごめんなさいぃ〜〜〜!!! あとキッド今何してる〜〜〜!?」
涙を流しながら、わけのわからないことを言うナウロク。
「……ナウロクのおっちゃん、謝りながらネタ使ってるんじゃ」
「うるさーーーい!!! 貴様こそ何が“じゃ”だっ!! 調子に乗りすぎだ!!!」
「大丈夫じゃ! オマージュ元もアンパンなヒーローのネタや、アニメ版ではガ〇ダムネタをバリバリ使ってたんじゃ。うちもサン〇イズに媚び売っておけばきっと許してくれるんじゃ」
恐ろしいほど、メタネタが多くなってきた。(作者が怖くなってきたので)一度落ち着くため、ナウロクは、ため息をつきながら頭を抱えた。
「で、結局おいしかったのか?」
「うむ。これはブリオッシュだな。抹茶の苦みとホワイトチョコレートの甘みがベストマッチ。ナッツの食感がちょうどいい歯ごたえとなっている。文句なしのおいしさだ」
「じゃ、じゃあ!!」
ナウロクは、満面の笑みを浮かべて答える。
「もちろん、不合格だ」
「んあっ!?」
大きくため息をついて、睨みつけながら理由を答える。
「私の目は、そこまで節穴に見えるのか!? それとも、パン業界の最前線に立つ私が、そこまで無知だと思ってるのか!? ホームベーカリーの事など百も承知だっ!!」
「そ、そんなっ……そ、そのホームベーカリーで作ったという証拠はあるのか!?」
「ホームベーカリーなど、私はすでに研究し尽くしているわ!! パン業界ナンバーワンをなめるなっ!!」
膝を落とし、その場で崩れ落ちる少年。ある意味当然の話だ。パンタジー本店と、ヤマムラ電機はかなり近い。ほとんどお向かいさんと言っていいだろう。……だったら普通ホームベーカリーを売っている家電屋さんのことなど百も承知だろう。
「……だがまぁ、なんとかアレンジをしようという気持ちだけは伝わった。機械に頼ろうとする根性はあきれたが、それも叩き直してやればよい」
「へ……?」
「私の下で修行しろ。三ヵ月後、もし不合格になるようなパンを作るようなら、その時はあきらめろ」
ナウロクの温情に、少年は目に涙を浮かべ抱き着いた。
「なうろくのおっちゃ……ししょうーーー!!」
「ええい!! くっつくな!!!! ったく、なぜ私がこんなクズを鍛えることになるんだ? ……あの女の事がなければ……」
「? あのおんな?」
「何でもないっ!! 明日10時にこい!! 貴様を鍛え上げてやる!!! 遅刻はするなよ!!」
*** *** ***
ヤマムラ電機の前で、パンタジー本店から飛び上がるほど嬉しそうに走り抜けていく少年の姿を見て、ユキオとあの女こと、奇跡の料理人は安堵した表情を浮かべた。
「ありがとうございます。おかげで彼もなんとかなったみたいですね」
「いいのよ。……にしても、本当にホームベーカリーのパンで試験を受けにいくとはね」
現実世界出身のこの料理人も、さすがにあきれた様子だ。
「まぁ確かにホームベーカリーのパンはおいしい。自分で作れるだけに、もしかしたらお店のパンより美味しく感じるかもしれない。だけど、家電の道に職人がいるように、パンの道にもまた職人がいるんです。僕は家電は愛しても、職人を馬鹿にするマネはしませんよ」
料理人は苦笑しながら栗色の髪をかき上げる。
「ところでどうです? ホームベーカリー。エストは元々麦の名産地ですし、役に立ちますよ」
「うふふ。残念でした。これでも私、パンタジーのアドバイザーをしたことがあるんですよ? 現実世界にあるパンを提案しただけですけど。それに、うちのお店で自家製パンも販売してます」
ダメ元で料理人におすすめしてみたが、やはり断られた。ただ、彼女が生前もパンを作ったことがあり、かなりの腕前だったからこそ、パンタジーのナウロクにアドバイザーとして現実世界のパンを教えることになったのだ。
それがなければ、今回の問題は解決しなかっただろう。
「最近は自家製パンのレパートリーも増やして、メロンパンやベーグル。カニパンなんかも作ってます。一応これでもプロですから」
「あはは、さすが料理人さん……。まぁ、ホームベーカリーには通常のパンより手間を省ける利点もありますから、まかない用のパンを作る意味でもご購入を検討してみてください」
「あ、なるほど…………じゃあ、主人と考えてみようかな?」
この料理人が去年ドライヤーを買ったときは、まだ子供に見えたのに……いや、今でも高校生ほどの年齢のはずなのだが、結婚したためか、ずいぶん大人びた雰囲気になった。
「改めて、結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。主人もまた、このお店に行きたいって言ってましたよ」
「ティエア最強の剣士……ですか」
彼の噂なら、耳にしたことがあった。転生者でありながら、現実世界をも救った英雄。神の予定調和、因果律すら破壊する最強の戦士。
ヤマムラ電機の常連である剣士も、彼と手合わせしたことがあるそうだが、次元がまったく違い。勝負は一瞬でついた。
常連の剣士が弱いわけではない。剣士は大剣の使いで、一撃の剣圧だけで数十人を吹っ飛ばすほどの豪剣の使い手だ。だが、この料理人の主人は、やろうと思えば瞬きのうちに数百人は切り飛ばせる。一騎当千などという言葉が、安っぽく聞こえるほどの達人。
しかも彼は、現在冥界の神にリミッターをかけられている状態だそうだ。因果律の破壊は今の彼にはできないが、それでもとんでもない力を持っていることには変わりない。
「そうだ、彼にも伝えておいてください。例の計画、そろそろ開始する予定です……と」
「計画……ああ! あの計画ですか!? やったーー!! 私楽しみにしてたんですよ!!」
「後の問題は、人員です……。最低でも、もう一人工事ができる人がヤマムラ電機にいなければ…………」
「そっか…………まだまだ問題は山積みですね」
ユキオは、頭をかかえながら考え込む。
「……連合国王の協力も得ていますし、お金が足りない分や、もう一つの会社の人員については、なんとかなるんです……。でも、うちの商品だけは、こちらで用意するしかない。国家事業になった以上、絶対に成功させなければ…………」
そう……ヤマムラ電機、最大の問題にして目標……それは––––––。
*** ティエア連合国王城 連合国王兼魔王の王室 ***
ティエアを現在支配しているのは魔王…………見た目は褐色の幼女ではあるが、その威光は今や皆が知るところである。そして平和主義の魔族の長である彼女が連合を治めることとなって以来、最大の計画が始まろうとしていた。
「くっくっくっ……これさえあれば、我の威厳が世に示せるのじゃ……」
「魔王様…………いよいよですね」
「そう……我の野望が叶うときがついに来たのだ……」
彼女の目の前には、光る板。黒いフレームに移る謎の映像…………。
その映像とは…………!!
『みらくるりりかるまじかるーん!! まったねーー!!』
歴代最高売り上げ魔法少女アニメ”魔法少女ミラクルリリカルかずみん”第一期BDーBOX!!! (某料理人提供)
「くーーーーっくっくっくっくっ!! 我の威厳を、世に知らしめるのじゃーーー!! あとマジカルかずみんの面白さを世に広めるのじゃ!!」
「……それは著作権の影響でできないと、ユキオ様がおっしゃられてたでしょう」
「なんじゃとっ!?」
…………つまりは、ティエア連合国国営放送計画が、動き出したのだった。
※※※ 焼かれたて! 豆知識 ※※※
ホームベーカリーで作れるのはパンだけではない。ピザやうどんやお餅なども作れる。実はクリスマスやお正月にはもってこいの家電なのだ!ヤマムラ電機でもこの時期は売り上げが上がるらしいぞっ!!
なお、今回の元ネタがわからない人はサンデーうぇぶりやHuluなどをチェックだ! こびを売ってごまかすんだ!
へーーーー!
※今回パナソニック株式会社様のホームベーカリーをモデルとして書かせて頂いておりますが、本作はパナソニック様ならびに、その他家電メーカー様、および橋口たかし先生と一切の関係はございません。したがって、今作で紹介させて頂いたホームベーカリーはあくまで筆者のイメージであり、実際のものとは違う可能性がございますのでご注意ください。
実際の機能については各メーカー様ホームページ、各メーカー様お問い合わせ先、家電量販店等にご相談ください。
また橋口たかし先生いつも楽しく漫画読ませていただいております。色々な意味でごめんなさい。また、最初”魔法少女リリカルかわち”にして最後ダ〇シムに変えて「なんやて!!」で終わらせようとしてたことを白状します。ごめんなさい。メリークリスマス!




