第十五話「掃除機」
「掃除機……って、ここしっかり掃除されてねぇか?」
「そうですね。ただ、ホウキやホコリ叩きでは限界があります。濡れ雑巾やモップでも毛玉は取れますが、それでも取りきれなかった微細な毛が、おそらくはアレルギーの原因になってるのかと」
「なるほどねぇ……」
「毛は、吸い込むのが一番手っ取り早く処理できます。しかもコードは魔法のコンセントがあるから、かなり便利に…………」
なんの話をしているのかわからない女将と名医は唖然としているだけだ。
だが、一つだけわかるのは……奇病とまで言われた病気があっという間に解決しそうだということだ。
それだけは名医のプライドが許せない!!
「そ、その掃除機とやらはそんなに毛の処理をできるものなのか? 目に見えない微細なものも存在しているのを君は知ってるのかい?」
「ええ、そうですね。なのでこれはあくまで発症を和らげる一番簡潔な手段に過ぎません。床に落ちているちょっとした毛がなくなるだけでも大きな違いになります」
ユキオの言う通りだった。確かに清潔な環境を作ればアレルギー症状はおさまる。なので掃除をより完璧にすれば、確かに有効な対策になるのだ。
「掃除機は長いホースの先に付いたヘッドからゴミを吸い取る機械です。最近のはコンパクトでいいですよ?」
「に、にわかには信じられませんなぁ」
それでもプライドが許せず、名医は疑ってみる。
「うーん……あ、そういえばここの里の長さんが、最近掃除機を買ったはずですよ? 孫が自分の抜け毛で遊びだしたから困ってるって言われて……」
「ああ! それなら私もよく知ってます!! なんか……そう!! ヘンテコな龍みたいな形の」
女将さんが嬉しそうに手を合わせた。ヘンテコな龍の形をした何かが……毛を吸い込む? いや、掃除だからゴミを吸い取るのか?
「ふん……そんなもので変わるものですかね……では、里の長は、私もよく知る人です。ちょっと行って、その掃除機とやらを借りてきましょうか?」
だんだん意固地になってきた名医は、すこし強引な提案をしてみる……が。
「本当ですか!? ぜひ試してみましょう!! きっと気に入りますよ!!!」
「お……おう」
むしろユキオはノリノリで提案に乗ってきた……へんなやつだと思いながらも、里長に掃除機を借りにいくことにした。
「…………」
里長は快く掃除機を貸してくれた。……というより、里長にも掃除機をめちゃくちゃ勧められた。
「こんな奇妙なものが……そんなにすごいの……か?」
本当に奇妙な形だ。へんな蛇腹のようなホースをチェーンとして、重い大きな部分をハンマーとして使う……モーニングスターと呼ばれる武器だ……そう言われた方が、まだ納得できる。
だが、武器だとしてもやけにモロそうだ。大きい部分もハンマーにしては随分軽い。全体は見たことないやけに軽い素材で作られているようだし、本当になんなのか名医にはわからない。
そして、もう一つ。やけに小さなカップに細かい粉のようなものがこびりついている。
里長は、ダストカップと言っていて、この粉はホコリとの事だが、こんな小さなものがホコリとは思えない。ホコリと言えば空気中にふわふわ漂ってるものか、糸クズのようなものという印象が大きい。
現物を眺めていた一同のうち、一番はじめに声を上げたのは剣士だった。
「あれ? これうちの実家に送った掃除機と形が違うな」
「基本的には剣士さんの買ったものと同じですが、掃除機にも色々あるんですよ。本体代が安いけど紙パックの交換が必要な紙パック型。紙パックの交換の必要がなく掃除のたびにゴミを捨てればいい、サイクロン型。フィルターすら存在しない吸引力の変わらないで有名なサイクロンクリーナー。自動で掃除をしてくれるロボットクリーナー。気軽に使えて細かい部分を掃除できるハンディクリーナーに、一人暮らしに便利なスティック型……特殊なのになるとスチームクリーナーなんかもありますね」
「……サイクロンってなんで二回出たんだ?」
「へへーん! そこは俺が説明させてもらうぜ!!」
と、急に話に割って入る剣士。
「サイクロン型とサイクロンクリーナーは別物なんだよ! 紙パックのようにフィルターを通して使うサイクロン型は、何回かに一度フィルターの手入れが必要。ホコリをそこでキャッチするからな……だが、それもある革新的な掃除機の真似事……そう、それが吸引力が変わらないただ一つの掃除機! 我が家の家宝ダイソン様だぁ!!!」
「……とまぁ数年前はそうだったんですが、最近は他のメーカーも同じ技術を取り入れた製品があります。有名なのは三菱の風神と……この東芝のトルネオも、その一つです」
「……そ、掃除機ってのはそんなに種類があるのか? なんでまたそんなに…………」
疑問に思った名医にユキオは肩をすくめながら答えた。
「いろんな人に手にとっていただくためですね。サイクロンクリーナーは確かにクリーナーの最終形態といっても過言ではないほどの優秀な製品です。ですが、優秀が故に値段もそれなりにしてしまうんです」
「ま、剣で言うところの鋼材が違うっつーわけだな。ただの鉄剣ならガキでも買えるが、龍鉱石で作られたもんは値がはるだろ? そう言うこった」
「もう一つ言えば、ブランドですね。有名な技師が作った剣なら高く、見習いが打った剣は安い。でもそんな安い剣も、いらないわけではなく若い冒険者には重要ですよね?」
ただ安いものがテキトーに作られていると言うわけではない。特に家電はメーカーが優秀なら安いからモロいと言う事はない。ただ、値段相応の違いは、やはり発生するのだ。
「そ……そういうもんか?」
「家電メーカー……つまり家電を作る技術者達の競争は素晴らしい!! 他社より少しでも優秀な商品を!! 独創的な発想を!! 便利を追求して洗練されていく……そして、その一つの答えがこのトルネオです!!」
興奮するユキオにドン引きするものの、ここまで言われるとさすがに気になり始める。
「……そ、そろそろ私達にもわかる説明をしてくれ」
「おっと……じゃあ試しに動かしてみますね」
と、なにかのスイッチを押すと……。
「な、なんだ!? こいつ鳴き出したぞ!!!」
耳を塞ぐほどではないが、小柄な体のくせに妙な音だ。名医は機械が鳴くとは思わなかったため、大袈裟なほど驚いた。
「うぉ!! なんじゃこりゃ!! めちゃくちゃ静かだぞ!!!」
また剣士は、対照的な理由で驚いていた。
「ダイソンの唯一の欠点は音ですからねぇ……そのかわり耐久力と吸引力はすごいのですが」
掃除機の大きな口を、ゆっくりと畳の上に滑らせながら、ユキオは説明する。
「電源を入れたら、こうやって動かすだけでゴミを取ることができます」
「そんなバカなことがあるか。モップじゃあるまいし……」
「じゃ、剣士さんが食べたせんべいの食べカスが落ちてるんで、そこから掃除しますね」
確かに、せんべいの食べカスが落ちていた。物凄い範囲で全部拾って並べればせんべい一枚分にはなるんじゃないかと思うほど大漁に。
「食べ方ーー? 汚いーー?」
「うぐっ……面目ない」
凹む剣士は他所に、掃除機のヘッドはゆっくりゴミに近づいていき、食べカスの上を通る。
そして、その口が通り過ぎた後には一切のゴミがなくなっていた。
「なにっ!?」
まるで魔法でも見ているようだった。優秀な魔術師が気まぐれに発明した魔法に、ゴミだけを転移させるという割とくだらないものあり、一度見せてもらったことがある名医だったが……それとほとんど違わぬ力を魔法と、ほとんど違いない技を、ユキオという青年はたやすくやってのけた。
「この掃除機の口……ヘッドからゴミを吸い込んでダストボックスにゴミを溜め込むんです」
「な……なるほど……風魔法のような力で吸い込んでいるのか……」
「さらに、自走式ヘッドがゴミを掻き取ります。これで大抵のものなら吸い込んでくれますよ」
ヘッドにモーターが付いておりヘッドブラシを回転させて、ゴミをかき集めるようになっている。
「まままぁ!! これなら確かに簡単にお掃除ができそうですね!!」
さっきから黙って聞いていた女将さんが目を輝かせた。確かにモップと違い濡らす必要性もない。特にここは畳だからモップも使えず、ほうきで掃除をしていただろうから大変だろう。
だが、この掃除機とやらは口を滑らすだけでゴミが溜まっていく……。
「ふむ……」
さすがにここまで一定の効果を見せつけられると、名医も認めざるを得ない。
「アレルギー対策は、まずは掃除と洗濯。つまりは清潔な環境です。そのあとに空気清浄機などの対策。まずは掃除機を試してみるのはいかがでしょうか?」
「いや、恐れ入った。まさかあっという間にアレルギー症状を見破り、その対策を行うとは……」
「あはは……まぁそうは言っても掃除機だけでは、猫獣人族の里だと限界はあると思いますけどね。どうやっても猫がいる限りは空気中の繊維状の毛を取るのは不可能ですし、あくまで症状を緩和させるだけです。それより、貴方のような名医の作る薬と魔法の方が、よっぽどアレルギー対策になりますよ」
「ご謙遜を。それより今度、空気清浄機という物を試してみようと思う。診療室に置くと良さそうだ」
「そうですね。私の元々いた世界にも病院の診察室に空気清浄機がある事は珍しくありませんでした。効果はお約束できますよ」
気がつけば、今日一日で二件もの商談を成立させているユキオ。休暇のつもりだったのに、結局は仕事となってしまったようだ。
「……コジマさんと言いましたか。少し気になる事があるのですが」
「? なんでしょうか?」
名医は一瞬聞くべきか迷ったが、あえて確認してみる事にした。
「家電は貴方の創造で作り出しているのですよね? だとしたら当然だけど、原価は発生しない。家電自体の値打ちはあれだけの機能なら当然だし、不当だとは言わない。……ですが」
その言葉の続きを、彼の右手が遮った。
「僕にも目的がある……ただそれだけですよ」
名医はその何が遠くを見つめるような切ない顔をしているユキオを見て、己の問いが愚問であった事を察する。
「失礼……貴方は、聡明な方のようだ。邪推をしてしまい申し訳ない」
「いえ。お金を得る上でそういう疑いは、仕方のない事ですよ」
確かにエストに最近できたと言う、異世界の料理を創造で提供するカフェは、不当な価格競争が起きないように、値段を他店と同等にして本来の原価分を国に寄付しているそうだし、同じようなことをしているに違いないと思った。
名医は湯気がたたなくなった緩い緑茶を口に含み、ゆっくりと飲み干した。
ため息一つを吐き捨てると、掃除機の音が静寂漂うこの客間に静かに響いた……。
「毎度ありがとうございます。ティエア国際亜空間銀行です」
銀行という割には殺風景な場所だった。人も存在せずただの電子音が流れるだけだ。
この世界を構成する際に作られたシステムを利用しているそうで、亜空間を利用して財産を管理するシステムだそうだ。なので盗難が確実に発生せず、銀行強盗など起こす可能性もないと言う事だ。
ユキオは、その電子の世界で今月の売り上げ金を入金し、残高をチェックする。
「コジマユキオさんの資産をお伝えします……10京,560兆,5248億,2463万,7284ゴールドです……」
「そろそろ……金は十分かもしれない。あとは……」
※今回東芝ライフスタイル株式会社様の掃除機「トルネオ」をモデルとして書かせて頂いておりますが、本作は東芝様ならびにその他家電メーカー様と一切の関係はございません。したがって、今作で紹介させて頂いた「トルネオ」はあくまで筆者のイメージであり、実際のものとは違う可能性がございますのでご注意ください。
実際の機能については各メーカー様ホームページ、各メーカー様お問い合わせ先、家電量販店等にご相談ください。




