第十一話「刻を封印せし宝具」
「お世話になってます! ヤマムラ電機です」
立派なログハウスの内装は、かなりおしゃれで大きい暖炉が薪をパチパチと鳴らして、シーリングファンがゆったりとした空気を作り出している。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
腰の座った様子の翼人は、紳士的にその大翼と右手を胸に当て、礼儀正しくお辞儀をする。ユキオも接客業としては完璧な四十五度の角度で頭を下げる。だがレイラはぎこちなく首だけ下げる。
紳士の翼人に促されるままにソファーに誘われ、一礼して座るユキオと無言で座るレイラ。
男の大翼が光とともに消え、彼もソファーに座る。
(……翼って出し入れ自由なのかな?)
レイラはもともと羽が小さいためか、そのまま巻き込む形で座っている。なるほど、成長すると座ったりする時邪魔になるから、こういった魔法は必須スキルになるのかもしれない。そんなことを思いつつも改めて仕事の話をする。
「さて、早速ですが見せてもらえるかね?」
「はい。こちらが貸し出し用のカメラ一式です」
ユキオはそういうと三つの、形も似たり寄ったりな機械を取り出した。
一つは手のひらサイズの機械。背面に大きな黒鏡。どうやらなにかを写すためのものらしい。正面には銀色の切り込みの入った丸いなにかが存在している。写真機というにはこれはレンズなのだろうと思うが、どうにも小さい。
「……写真機についてはそれなりに知識を持っているが、本当にこれで写真が撮れるのかね?」
「はい。基本的にはこちらの世界にある写真機と同じものです。それが進化していくとここまでコンパクトになるんです」
「にわかには信じられないな……写真機はフィルムに景色を投影する分、大きな空間が必要だ。それがこんなにコンパクトになるとは」
確かに、写真機にはその投影のための空間が必要だ。ただし、それはフィルムに投影する場合の話だが。
「このカメラはフィルムを使ってないですからね。先日も説明した通り、データという次の世代の技術によって、コンパクト且つ大量に携帯できるようになりました」
「まるで魔法……いや、魔法ですらこんな事できない」
「ですね。魔法なら同じことをしようとすれば、どうしても大出力のエネルギーになりますから」
レイラの作っている100ボルトコンセント。これを本来の日本語に変えると「高出力半永久魔導型電池」と言ったところか。
本来の電池は使用できる時間がある程度限られているのだが、レイラの技術の魔法により、半永久的に使えるようになっている。
ユキオ達異世界人からしてみれば、こっちの方が小さいカメラよりすごい技術なのだが、ティエア住民にとってはレイラの技術は凄いというにはインパクトがない。
「で、こっちの写真機は少し大きいな。いや、我々の写真機よりはだいぶ小さいのだが……」
「はい。こっちは一眼レフカメラ。こっちはミラーレス一眼レフカメラですね。一眼レフはデジカメよりもっと本格的なカメラ。ミラーレスは一眼レフとコンパクトデジタルカメラのいいとこ取りした感じですね」
簡単に言うとミラーレス一眼レフはコンパクトデジタルカメラ(略してデジカメ)に近いシステムで一眼レフに負けず劣らずの性能を実現したものだそうだ。
基本的には一眼レフはプロ向けで、使えるレンズが多く、多機能、高性能であるが、本体に付けられたミラー構造のせいで重く、使うためのある程度の技術力も必須だ。
これから写真家としてプロを目指すつもりなら出し惜しみをせずに買うべきだろう。
一方のミラーレスはミラーを使った光学ファインダー(カメラの覗き穴のような部分)がない。基本的にデジカメと同じく液晶を使ったデジタル表記のみ。(一部ファインダーのようなものが付いているミラーレスがあるが、結局は映像を写しているだけでミラーは使ってない)
ただしその分扱いやすい。重量は圧倒的に軽く、女性でも簡単に使える。レンズの数は確かに少ないが、そもそもプロ以外でそこまで多くのレンズを使いこなすのは大変だし、普段ではなかなか使わないものばかりだ。
「……つまり、ご家族の写真を撮る程度ならミラーレスかデジカメの方がいいですね」
「そうではなく、絵画のようにプロのような写真を撮りたいなら一眼レフか……」
「もっと言えば…………プロになりたいなら一眼レフですね。正直にいうとミラーレスでもプロが使うとしても十分すぎるほどの性能がありますので、まずはミラーレスで鍛えるってのもいいかもしれませんね。今回のカメラのお試しはこの三種類を最初に選んでいただきます」
実はこの企画を計画したのは、あの常連の剣士だ。
ぶっちゃけた話をするとヤマムラ電機、売上最下位はカメラなのだ。
生活家電は直接的な生活の援助ができるため、そこそこ売上が出るのだが、カメラは現実世界での主な使われ方は娯楽がそのほとんどを占める。
だが、その楽しさを伝える方法がない。
一部自警団、連合軍等には証拠撮影という理由で売った事はあるが、今のところまともに売れたのはそれだけ。
だが、あの常連剣士は何の躊躇もなく買っていった。最初はほぼノリで買っただけだが、これがめちゃくちゃ楽しいそうな。今彼のパーティでは、誰が一番すごい写真を撮れるか競い合っているらしい。
そして、そんな彼に提案されたのが、このカメラの貸し出しだ。
「いやぁ、本当は妻に生活の役に立ちもしない、おもちゃなんて……って言われたんだが、こうやって聞くと、なるほど楽しいかもしれないな」
「私達の世界ではカメラは一家族に一台はある、みじかなものでした。その楽しさが伝われば嬉しいですね」
(楽しいー?)
レイラは首を傾げた。どうして写真を撮って楽しいのかわからない。
(楽しいってなにー? わからない)
そう思ってレイラはデジカメを手に取る。
「? ……レイラ?」
そして一枚、唖然としている彼らの写真を撮る。
「……面白いー?」
レイラにはわからない。どうして面白いのか。
「……以前お話した通り、今回のお試しにはこのレイラも参加させてもらいます。それで出張サポート料はタダ。よろしいですね」
「ああ、大丈夫だ」
実は今回のお試し企画、お客様である翼人の彼も協力者なのだ。
……翼人の古いしきたりのせいで壊れてしまった、レイラの心を癒す。それが本当の目的だ。
「あははーー! まてーーーー!!」
「うわっ!? お前いつのまにそんなに早くなったんだ!?」
空中には浮島を背景にして二人の子供の翼人達が飛び回っている。追いかけっこをしながら遊ぶ姿は小さな天使のようで幻想的かつ微笑ましい光景だった。
「うーん。うまくいかないな」
そんな息子と娘の写真を撮ろうと奮闘するが、なかなかうまくいかない。カメラの機種もミラーレスのなかでは優秀なEOS Kissというものだそうだ。そんな様子を見てユキオが覗き込む。
「ちょっと見せてください……ああ、補正がまだ弱いんですね。では設定を少し弄って……」
「ほう……」
一通り画面をタッチして設定をいじると、そのカメラを翼人に返す。
「これで少し手ブレ補正が強くなりましたよ。あとモードを高速連写モードにしました。動きが激しい被写体を撮るときは便利ですよ」
「わ、わかった。試してみよう」
試しに一枚写真を撮ると、連続したシャッター音が鳴り響き、ビックリして指を離す。
「な、なんかすごい音なったぞ!?」
「こうやって何枚もの写真を撮るんです。あとはこの中からいい写真を選べばいいんですよ」
ユキオが画面を操作して写真を見せると、まるでコマ送りのような連続した写真の中の一枚で指が止まる。
「おお……これはすごい」
––––––それは異世界でしか取れない天使の絵画のような一枚だった。
舞い散る花吹雪のような羽の中で、楽しげに手を伸ばす女の子の翼人。そのはるか上空でおどける少年の翼人。翻った翼が、またその美しさを際立たせた幻想的な一枚。
思わずユキオも息を飲んだ。このまま教会の額縁や美術展に飾られていても全くおかしくないほどの、まさにあらゆる画家が空想した天使の姿がそこにはあった。
「……す……素晴らしい!! も、もっといろんな物を撮ってみよう!!」
「…………」
––––––なぜ笑ってるの?
––––––わからない。
––––––なぜ、空を飛んでる子達は笑ってるの?
––––––笑うってどういう感情?
––––––わからない。
––––––わからないという感情はわかる。私の感情。でもわからない。
––––––私の世界にはわからないしかないから。だから何もわからない。
––––––みんなみんなわからない。家族ってなに?
––––––そんなの私の世界にはなかった……。存在しないものだった。
––––––ユキオと私は……家族?
––––––私の世界にないものがある? 家族はないから本当は存在しない?
––––––ユキオは存在しない?
––––––私は……存在しない?
––––––わからない。
––––––––––––わからない。
わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。
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「––––––何がそんなに楽しいのー?」
「? レイラ?」
そのレイラの顔は思わずゾッとしてしまいそうなほどの恐ろしさだった。
初めてみる怒りの顔。出会った頃の本能的な怒りではない。黒く、闇を抱えた嫉妬。
「どうしてー?」
「えっと……どうしてって……」
翼人の父親も困惑している。ただただオロオロとしているだけだ。
ユキオはせめて、妻の正直な気持ちを受け止めようと真っ直ぐに見据える。
「私はずっと楽しくなかったよー? 生まれてからずっと––––––。だけどなんでみんな楽しそうなのー?」
「レイラ……」
「わからない……わからない。わからない?????????????????????????????????」
「レイラっ!!」
レイラは、そのまま宛もなく飛び去ってしまう。
追いかけることも出来ず、ユキオはただただ、その後ろ姿を見つめる事しか出来なかった。
※今回キヤノンマーケティングジャパン株式会社様のミラーレス一眼レフカメラ「EOS kiss M」をモデルとして書かせて頂いておりますが、本作はキヤノン様ならびにその他家電メーカー様と一切の関係はございません。したがって、今作で紹介させて頂いた「EOS kiss M」はあくまで筆者のイメージであり、実際のものとは違う可能性がございますのでご注意ください。
実際の機能については各メーカー様ホームページ、各メーカー様お問い合わせ先、家電量販店等にご相談ください。




