第十話「ドライヤー」
「そうなのよねー。この世界に来てから髪の毛乾かすのが本当に大変で大変で……」
ドライヤーと言えば主に髪を乾かすための道具だ。特に、髪を伸ばしている人にとってはあるだけでかなり楽になる道具なのだが……。
「むー?」
ドライヤーを物欲しそうに眺める料理人を、レイラは不思議そうに見つめる。
「? どうしたの? レイラちゃん」
「レイラ……それ嫌い」
「? ドライヤーが?」
不思議なものだ。レイラも料理人とは負けないくらいの長髪。しかも家電屋さんだったら使っていそうなものだが……そんなことを思っていると、ユキオが口を挟む。
「あはは……レイラの過去は以前お話ししましたよね? そのせいか水浴びをした後も乾かさずにほったらかしちゃうんです」
「乾かす必要ないー? だって……熱いんだもんー?」
「……こんな感じでして……なんとかタオルで拭いてるんですが」
そう言い訳するユキオに、女として料理人が怒りをあらわにする。
「ちょっと、それはレイラちゃんが悪いんじゃないわ。女性はもっと大切に扱いなさい」
「え? そ、そうなんですか?」
やれやれとばかりに料理人は解説する。
「レイラちゃんは多分頭皮が弱いのよ。だからずっと温風に当ててると熱く感じちゃうの」
「う……そ、そうなのかな」
「ユキオさんは男性だから、さほど影響もないのかもしれないけど、女の子は頭皮も髪も繊細なんだから、もっと優しくしないと……そうね……ドライヤーならナノケアなんかがいいんじゃないかな?」
「なのけあ?」
と、家電量販店店長を差し置いて料理人が家電を解説しだす。
「ナノケアのモードの中に冷風と温風の中間見たいのがあって、えっと……スカイプモードだったかな?」
何故だか会話出来そうなモードだが、当然そんな名前のモードではない。
「スカルプモードですね」
「あ、そうそれ! それなら、それならそんなに熱くないと思うわ」
ちょうど展示されている商品はコードが刺さっていたので試しにスカルプモードを起動する。
「……熱くない」
「通常のドライヤーの温度は120℃から140℃。その半分の熱量のモードで頭皮に潤いを持たせたまま乾かすことができる。……なるほど、この手がありましたね」
「男の人って髪に対してガサツだからねぇ……乾けばいいと思って温風ガンガン当てちゃうから」
「う……面目無い」
「これならそんなに熱くないし。何より頭皮へのダメージもない。そのかわり温風よりちょっと乾くのが遅いけど、自然に乾かすよりはずっとマシだわ」
「……ありがとうー? それにしてもユキオ……店長なのに知らなかったのー?」
「うぐっ……」
とはいえ、そもそもユキオが務めていたのもたった一年間だ。いくら五年間異世界で家電量販をしているとはいえ、そのほとんどは異世界人向けで一からの説明で、深い知識がつくわけでもない。特に女性向け家電について知識が疎いのも仕方のない。
家電量販店店員は、おおよそ知識は広く浅いものだ。たまにデタラメなほど詳しいマニアはいるもののそれは例外である。
とはいえ、それを口にしてしまっては、ただの言い訳。ユキオは素直に力不足を認めた。
「まだまだ修行が足りませんなぁ、店長どの」
「面目無いです……」
「じゃあ、練習! ナノケアのほかのいいところは?」
「は、はい!?」
「ユキオー? ファイトー?」
急に振られた練習問題に戸惑いつつも、コホンと一呼吸置いて答える。
「えっと……ナノケアシリーズ最大の特徴はやっぱりマイナスイオン、ナノイーですね。マイナスイオン系で有名なのはプラズマクラスターのほうですが、ナノイーはプラズマクラスターより水分量が多いことが特徴です」
「えっ? そ、そうだったの? ……みんな一緒だと思ってた」
流石にそこまでは、料理人も知らなかったようだ。なんとか名誉挽回できそうで少し胸をなでおろす。
「どちらがいいというのは難しいですが、個人的にはドライヤーはナノケアの方がおススメですかね。髪に浸透する水分量が違うので綺麗にまとまります」
ちなみにマイナスイオンには静電気の抑制の効果もある。髪の毛が長い人には特にナノケアは重宝するだろう。
また、プラズマクラスタードライヤーの方がいいパターンもあるので、その辺りは店員に相談しながら決めるといいだろう。
「ちなみに料理人さんは前の世界ではナノケアを?」
「ええ、家電量販の人にゴリ押しされてね……まぁものすごく良かったからいいけど」
「ああ……推しの強い店員いますからねぇ……僕はなるべくお客様の御希望に沿うようにしてますが」
悪質な場合は、買うものが決定した客を強引に説得して別の商品に変えてくるパターンもあるそうだ。もちろん、これはかなり悪質なパターンではあるが……。
「なんでこう無理やり別の商品を買わせようとするのかなぁ……儲けなんて対して変わらないだろうに」
「それがそうでもないんですよね。大抵そういうパターンの場合は粗利……つまり利益が段違いで高い場合ですから」
もちろん利益だけを考えているわけではない。家電屋さんが進める商品は本当に素晴らしい商品であることは間違いない。ただどうせ買ってもらうならお客様も満足しつつ、こちらも利益になるものを売りたいというだけだ。
そこを極端に勘違いした一部の店員がゴリ押しするわけだが……まぁしつこい場合は丁重に断ろう。
「家電屋さんも大変なんだねぇ……」
「場合によっちゃマイナス利益なんてのも存在しますからね……他店競合とか展示品とかは特に……」
絶望感に満ちた、その男の瞳に光はなかった。
「う……それはそれは……」
「その上で「もっと安くならないの?」とか普通にありましたからね……もう無理って言っても信じてもらえず……ほとんど脅しに近いクレームも……あはは」
「そ、それ以上は闇が深そうだからもういいわ……」
「お気遣いありがとうございます……」
「じゃあ、ちょっと奮発してナノケアのハイエンドモデルで」
「はい! お買い上げありがとうございます!!」
料理人が帰った後、さっそくレイラにナノケアを使ったところ、さほど熱く感じないようで満足している。
……というか。
「むーーーーーーーーーーーーー?」
ドライヤーの風を、ずっと自分の顔に向けて唸るレイラ。
「……ど、どうした?」
「熱くならないなー? って思ってー?」
こういった美容家電を筆頭に家電選びは実際に使ってみて、どういうものがいいかを考えるのが一番だ。
その上で、店員にその家電に対して困ったことを相談するのが、一番肌に合った家電との出会いの近道なのかもしれない。
そういう意味では、料理人さんの意見は本当に参考になった。
まだまだ修行が足りないなぁ……そう思いながら、営業メモを記録していく。
「……レイラ、ちょっといいか?」
「なにー? ユキオー?」
「俺は明日レジーナに向かう。新しい営業の試験モデルを作りにな」
「レジーナ?」
……翼人……いやレイラがその地名に疑問符をつけるのがたまらなく切なくなり、震える瞼をそっと伏せる。今のレイラの疑問符は本当にわからない時のものだった。
「ああ。君が生まれた国。レジーナ……君もくるかい?」
レイラはコクリとうなづく。
……実は今回のレジーナ出張にはある目的があった。レイラはどうしてもコミュニケーション能力に難がある。
それも今までの経験を考えれば仕方のないものがある。だからレイラの過去の元凶であるレジーナで、そのコミュニケーション問題を解決したいというわけだ。
(……明日は大変な一日になりそうだな)
一方その頃……。
「はぁ……やっぱドライヤーは必要だわ」
料理人の少女の髪は長い。本来ならドライヤーは必須だが、優先度を低く考えてしまった。
鏡を前にして髪の毛をいじったり、くるくる回ったりしてみる。しっかり乾いた上にまとまりがある髪に仕上がった。
「……あいつ、気付くかな…………ってさすがに気付くわけないか」
サラサラになった髪を揺らしながら、ちょっぴりの期待とともに愛する人のところへ向かう。
彼女達は、このティエアという世界に大きな影響をもたらすことになるのだが、それはまた別のお話……。
※今回パナソニック株式会社様のヘアドライヤー「ナノケア」をモデルとして書かせて頂いておりますが、本作はパナソニック様ならびにその他家電メーカー様と一切の関係はございません。したがって、今作で紹介させて頂いた「ナノケア」はあくまで筆者のイメージであり、実際のものとは違う可能性がございますのでご注意ください。
実際の機能については各メーカー様ホームページ、各メーカー様お問い合わせ先、家電量販店等にご相談ください。




