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みんながいるから

 魔獣の森の中心部から、砦に向かって移動していく。

 ガレーズさんたちと一緒に進み、現れた魔獣に包丁を向ければ、次々と魔獣は変化をし――


「わぎゅう」


 和牛。この黒い毛とちょこっと生えた角。円やかな黒い瞳は間違いなく和牛。


「えぞじか」


 エゾ鹿。本州にいる鹿より大きい体。これはもうエゾ鹿。


「まがも」


 真鴨。合鴨じゃないと思う。もうわかんないけど、真鴨。


「イサライ様といると、笑えるぐらい肉ができるっすね!」

「……あとで捕まえてもらっていいですか」

「もちろんっす! うまいメシ食いてぇ!」

「だな!」


 盛り上がるみんなにさりげなくお願いをして。

 今はとりあえず、砦の近くの森へ移動することが第一なので、動物に戻したそれらは置いていく。

 そして、砦に近づけば、そこには団員が集まっていた。

 レリィ君とも合流し、みんなで魔獣討伐!


「各班で交代で休憩をとれるようにしろ。怪我をしたものや、武器をやられたものはすぐに砦に下がれ」

『うっす!』

「空中の敵はレリィが受け持つから、お前らは地上だけ、魔獣の森方面だけを気にすればいい」

『うっす!』

「レリィ、いけるな」

「はい!」


 ハストさんの指示の元、それぞれがしっかりと役目をこなしていく。

 ごはんの力でパワーアップしたみんなは強い。

 休息と補給をし、目の前だけに集中できるため、こちらがかなり有利だ。

 けれど、気づけば辺りは暗くなっていき――


「……夕方から夜は集中力が切れやすい。大丈夫か?」

「っす! 一応、四班戦って、一班が休めるように組んだんすけど、さすがに疲れもあるっす」

「精神的疲労だな」

「せめてもう少し人員があれば、長時間の休憩をとれるのでいいんすけど……」


 ハストさんの言葉にガレーズさんが返す。

 ガレーズさんは魔獣の攻撃を避けながら、ちょっと厳しいっすね、と言葉をこぼした。


「それに……イサライ様、大丈夫っすか?」

「へ、あ、はい」


 包丁を構えて、周りを見渡している私へと突然話題が移る。

 なんとか立っているものの、実は今にも座り込みそうな私は、反応がちょっと遅れてしまった。


「シーナ様。やはり休憩を」


 今までも何度も休憩を取るように勧められているが、それは断ってきた。

 私がいなくなってしまっては魔獣を呼び寄せることができなくなってしまうからだ。

 でも、自分でも体力の限界は感じていて――


「みなさんみたいに動き回ってるわけじゃないけど、疲れますね……」

「ここが最前線っすから、ずっと気を張ってるんすよ」

「シーナ様自身は食べても強くなるわけではないし、元気にもならない。一番つらい状況なのはシーナ様です。――レリィ!」


 ハストさんが一番手前の魔獣の首を落としたあと、私に近づきながら、上空のレリィ君を呼ぶ。

 レリィ君はすぐに私の元に降りてきた。


「シーナ様に休憩を」


 ハストさんがそう言って、肩からマントを外す。

 そして、私を包むと、そのままレリィ君へと巻きつけていった。


「でも、私がいなくなったら……」

「シーナ様が呼び寄せた魔獣はこちらに向かっているでしょう。休憩中は肉料理のことは考えないようにしていただけば、魔獣はこの地点を目指すでしょう」

「……はい」

「シーナ様の力がどれぐらいの時間、効果があるのかはわかりません。なので、シーナ様が離れた後は少しずつ中心部に向かい、初期の陣形に戻します」


 だから、心配ない、とハストさんは頷く。

 けれど、それはハストさんたちが囮になる、ということで……。


「ガレーズ! 一班はいけるな?」

「うっす! 今、休憩明けなんでめっちゃ元気っすよ!」

『おー!』


 さっき休憩から帰ってきたばかりの一班のみんなは中心部へ行くことに、文句も言わず、返事をする。

 確かに元気そうではある。

 でも――


「私だけじゃなくて……。ハストさんも休憩してないですよね」


 そう。ハストさんもずっと出撃しっぱなしだ。

 レリィ君もそうだったけど、こうして私といけば休憩ができるんだと思う。

 だから、心配で……。


「私は問題ありません」


 そんな私の頬にハストさんがそっと手を寄せる。


「――あなたの料理を食べると、無敵だから」


 やわらかく細まる水色の目。

 私はその目に吸い込まれそうで――


「ハストさ――」


 伸ばした手と呟いた言葉。

 そして、それをかき消す――


「はっはっはっ!! 大丈夫かイサライ・シーナ!」


 高笑い。


「……っ! この声は――」

「私が来たからには安心だ!!」


 聞こえた方角を見上げれば、空から自慢の金茶の髪をなびかせながら、降りてくる人がいる。

 後ろには泣きそうな顔でひぃひぃ言っているK Biheiブラザーズのみんな。


「ちょっと降りる場所高すぎじゃないですか!?」

「これ、着地できますか!?」

「俺、ドラゴンから飛び降りるとか初体験すぎて……っ!!」


 あっという間に降りてきたみんなは、それでもなんとかズシャァッと言いながら、着地した。

 あ、二人ぐらい痛そうな降り方してる……。


「――待たせたな!」


 ふふんと胸を張って。

 腕を組んで、偉そうなその態度。

 ……変わらない。全然変わらない。


「アッシュさん!」


 名前を呼べば、アッシュさんは頬を赤くして、私を見た。


「ふんっ! お前がどうしてもって呼んだと聞いてな! まあ、それなら私が行ってやらないこともないからな!」

「はい。ありがとうございます」


 懐かしい高笑いとふんっという言葉に、思わず笑顔が漏れてしまう。

 レリィ君にマントで巻き付けられているという、よくわからない私の状況。

 そんな私を見て、アッシュさんは笑うことはなく、金茶の目でまっすぐに私を見た。


「……お前が魔獣を呼べることは聞いた。その様子だとずっとここにいたんだろう」


 そして、大丈夫だ、と力強く頷いた。


「私がお前の代わりになる」

「アッシュさんが?」

「ああ。私のスキルは――『共鳴』だ」

「きょうめい」


 え。音と音が振動するやつ?

 うまくやるとワイングラスが割れるやつ?


「お前に会うまでは、ちょっと歌が上手い程度で、なんてことないスキルだった。が、お前の料理を食べるとスキルの能力が上がるだろう? この前の王宮での魔獣との戦いでわかったんだが――」


 アッシュさんがふふんと胸を張る。


「――鳴き真似がうまくなった」

「なきまね」

「魔獣の鳴き真似ができる」

「まじゅうのなきまね」


 HAで笑うだけじゃなかったんだね……。

 鳴き真似ができるなんて……。


「お前は休憩しろ! ずっとは無理だが、お前が休憩する間ぐらいは魔獣を惹きつけられる!」

「……はいっ!」


 だから早く行け、とアッシュさんは背を向ける。

 ハストさんも、そんなアッシュさんを見て、私から離れた。

 そして、横に並んで……。


「さあ、鳴いてもらいましょう」

「木の棒を向けるな! お前に言われなくてもやる!」


 すると、アッシュさんから不思議な音が出た。

 それは到底人間が出せるような音じゃない。低い重低音にかすかに混じる高音。

 たぶん周波数とかがきっちりとあって、その通りに出して初めてこんな音が出るんだろう。

 鳴きマネと言われて、え、と思ったが、たしかに、これはスキルじゃないと難しいかもしれない。


「おい! 早く倒せ! これは狙われやすくなるんだ!」

「なるほど」


 アッシュさんがダッシュで逃げていき、それを魔獣が追いかけていく。

 ハストさんはそれに、ふむ、と頷くと、思いっきり丸太を投げた。


「おおおいいい!!!! 当たる! 私に当たる!」

「避けてください。そして、そのまま中心部に向かって下さい」

「くそっ! くそっ! 北の犬は全然、躾がなっていない!!」


 走っていくアッシュさんとハストさん。

 ガレーズさんとK Biheiブラザーズは今後の動きを確認したみたいで、ガレーズさん率いる一班と、K Biheiブラザーズの五人がハストさんたちについていく。

 残りは砦のほうへ行くみたいだ。


「じゃあ、シーナさん! 飛ぶよ!」

「うん!」


 そうして、レリィ君に連れられて、休憩したのは三十分ぐらい。

 もっとたくさん休憩しても大丈夫だったのだが、気が急いて、ゆっくりできなかったのだ。

 だから、前線に戻って、みんなと一緒に戦った。


 アッシュさんたちが来て、たぶん二時間ぐらい。

 辺りはすっかり暗くなって、ハストさんが木を切って、レリィ君が火をつけてくれた即席の松明が燃えている。


 そこには逃げ回るアッシュさんと、そこに的確に丸太を投げ飛ばすハストさん。

 ガレーズさんたちはしっかり避けながら、一斉に斬りかかって魔獣を倒し、K Biheiブラザーズのみんなは攻撃を避けながら、アッシュさんを応援していた。

 レリィ君は空を飛んで、火を放っていて、ギャブッシュとゼズグラッドさんは結界の端から魔獣が出ていないか警戒して、ときどき遠くから攻撃をしてくれる。


 ――体はヘトヘト。


 でも、みんながいるから、頑張れる。

 魔獣との戦いなのに、ときどき笑っちゃうぐらいだ。


「私、ごはん作ってきます」


 だから、もうひと踏ん張り。


「シーナ様……。そんな状態でスキルを使うのは危険か、と」

「シーナさん、スキルを使うのは、疲れちゃうんだよ。今からしっかり寝て、明日の朝でもいいんじゃないかな」

「そうだぞ、イサライ・シーナ!」


 台所でごはんを作ってくると告げると、みんなが一斉に顔を曇らせる。

 これまで深く考えたことはなかったけれど、スキルだって、なんの対価もなしに使っているわけではないんだろう。

 もしかしたら、疲れ切った状態で『台所召喚』を使うのは危ないのかもしれない。

 でも、そろそろ、みんなに配ったスコーンの力が切れてしまうのだ。

 だから、やっぱりこれはやりきらない、と。


「もう少し、がんばらせてください」


 にんまり笑えば、みんな心配そうな顔をして――


 ……でも、止めない。


 私がやりたいっていうことをやらせてくれる。

 だから、私は心を込めて。


「『台所召――』」


 唱えよう、と思った。

 でも、その言葉は途中で止まる。

 代わりに出たのは、ほぅという感嘆の息だった。


「……きれい」


 ――きらきらと輝く水色の光。


 地面からどんどんと光が湧き出して、集まっていく。

 ずっとあった悪寒があっという間に消えていく。

 

 ――それはこれまで見たどんな景色よりも、美しかった。

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