食べると強くなる
「耳障りな音を聞かせてしまい申し訳ありません」
私の元へと歩み寄ったイケメンシロクマはそう言うと、では参りましょうと騎士の詰所へと入って行く。
そこにいた騎士たちはたった今起こり、今なお倒れたまま放置されているその惨状を目の当たりにして、頬を引きつらせていた。
「こちらがイサライ様です。これから王宮の中を歩くこともあるかと思い、お連れしました」
「あ、ああ」
「イサライ様、こちらが主に王宮の警備を担当されている警備隊長殿です」
「はじめまして」
「あ、あ」
「イサライ様のことは警備にあたる騎士によく伝えておいてください。決して軽んじるような真似をしないよう、イサライ様の行動を尊重するようにと」
「わかっ、た」
警備隊長という六十代ぐらいの人を紹介され、無難に挨拶をする。
でも、なんだかその声が震えていた。
……まぁ仕方がない。私の隣にいるイケメンシロクマがすごい目でその人を見下ろしているからな。
目の奥が優しい……なんて思ったけど、今は全然優しさなんかない。北極。かなり北極。
そうして、引きつる騎士たちとの挨拶を終え、また部屋に戻ってくる。
なんだかすごい光景を見たことと、知らない人ばかりだったことに疲れて、ふぅーと息を吐きながらソファに座ると、すかさずイケメンシロクマは私の前で片膝をついた。
「騎士たちが失礼なことを言いました」
申し訳ありません、と騎士が胸に手を当てて頭を下げる。
あ、この姿、ついさっきも見たな……。
でも、イケメンシロクマが謝るようなことじゃない。
だから私はそれに急いで首を振った。
「いえ、謝らないでください。確かにあの言葉にいらっとはしました。けれど、こてんぱんにしてくれたんで、今はスッとしていますし」
そう。今、胸の中に黒い感情はない。
きっと、イケメンシロクマが驚くほどの早業でボッコボコにしてくれたおかげだ。
「すごく強かったです。強すぎて私には理解が及ばない感じでしたけど」
うん。なんでみんな素振りで倒れたんだろ。
なんで木の棒で剣が切れるんだろ。
謎しかない。
「そうです。さきほどはそれを確認したくて、騎士の元へ行ったのです。イサライ様の作ってくれた食事を食べた後、急激に体に力が湧き上がるのを感じました。体の中心から熱があふれるような」
イケメンシロクマは顔を上げ、水色の目で私を見る。
水色の目は騎士の詰所にいた時とは違い、もうこわくない。
「これまではイサライ様が外出される機会はほぼありませんでした。ですが、これからはいろいろと出向きたいところもあるかと。ですから、騎士に顔を通しておけば、イサライ様も行動しやすくなり、騎士たちもマジメに警備をすると思ったのですが……」
イケメンシロクマの語尾が濁る。
なるほど。イケメンシロクマは自分の体の変化を知るために誰かと手合わせがしたかった。
そして、王宮を警備している騎士たちに私の顔を知ってもらうために、一緒に行くことにしたのだ。それが私のためになると思って。
「まさかイサライ様にまで口さがないことを言うなど……。同じ騎士として恥ずかしい限りです」
そして、今、それを後悔しているのだろう。
私を連れて行かず、一人で行けば良かった、と。
……本当に優しいな。
少しだけ下がった眉尻。
だから、水色の目に大丈夫だよと笑いかけた。
「いえいえ、私はついて行ってよかったですよ。すごくかっこいい姿も見れましたし」
「……そ、う、ですか」
「はい。たくさんの人がいたのに、まさか一振りで全員倒すなんて思ってもみませんでした」
「あれは私も不思議でした。体の中心からあふれ出る熱を素振りと共に外へ放出してみれば、昏倒したので」
すごかったです、と感想を伝えると、イケメンシロクマはちょっとだけその目を泳がせた。
けれど、すぐにまた冷静な顔に戻り、ふむ、と考えるようにうなずいた。
「え。 あの現象ってもしかしてはじめてですか?」
「はい。普段の私であれば、一人に対して一振りは必要ですね」
いや、普段でも一人に一振りでいいのか。
「それに、木の棒で剣を折ることはできますが、今回は折るというよりも、切るというほうが正しいような感触でした」
「あ、やっぱりあれって切れてたんですね」
すごいな、と無責任に感嘆する。
さすがイケメンシロクマ。さすシロ。
けれど、そんな風に他人事だと思っている私にイケメンシロクマは低い声で告げた。
「どうやらイサライ様の作る料理には不思議な力があるようです」
「不思議な力、ですか」
私の言葉に、イケメンシロクマはゆっくりと頷く。
「食べると強くなる」
「たべるとつよくなる」
それ、なんていうほうれん草の缶詰。もしくはきらきら輝く超星。
「どれぐらい効果が続くのかはわかりません。ただ明らかに身体能力が上がり、気を放出するようなものも使えるようになっています」
「……えっと、普通は料理を食べてもそんな風にはならないってことですよね」
「はい。人に能力を与えるようなスキルはほとんどありません。イサライ様の料理はその人の持つ力を大きくする力があるのではないかと」
イケメンシロクマは一度そこで言葉を途切れさせた。
そして……。
「イサライ様」
イケメンシロクマが鋭くも優しい水色の目で私を見る。
……はいはい!
なんかこの展開、ちょっと前に体験した気がします!
「このことは内密にしたほうがよろしいかと」
ですよね!