一人にしないから
私の言葉を合図に、騎士団のみんなが一斉にとんかつにかぶりつく。
そして――
「うめぇ!!」
「やばい、うまい!」
「なんだこれ!」
「サクッとしてジュワッとした……!」
「肉やわらけぇ……!」
「このソースもまじうまいぞ!」
「キャベツもシャキシャキでうめぇ……」
口々に上がる歓声。
「またっす……! またイサライ様のメシに驚かされたっす! 外側はザクザクッて感じで硬いのに、中から、こんなに肉汁が出るなんて意味わかんないっす! 楽しいっす!」
その中でもガレーズさんが一番大きな声を上げた。
いつも通りの糸目だから、表情からはわかりにくいけれど、その声音からは感動! としっかり伝わってくる。
だから、私はにんまりと笑って親指を上げた。
「――とんかつ最高」
これが勝利の宴! とんかつをご唱和ください!
『とんかつ、最高!!』
騎士団のみんなは私の言葉のあとに続いて、うぇーい!と盛り上がる。
「シーナ様、では私たちも」
「はい」
盛り上がるみんなを見ていると、ハストさんにステージを下りるように促される。
ステージを降りたところの机には、レリィ君とゼズグラッドさん、雫ちゃんが座って、食べるのを待ってくれていた。
「シーナさん、早く食べたい!」
「うん。熱いうちに食べちゃおう」
レリィ君が待ちきれない、と声を弾ませるので、素早く椅子に座り、机の上にあるとんかつを眺める。
きつね色がまぶしく、キャベツの黄緑色が映えて――
「シーナさん、どうやって食べたらいい?」
「レリィ君の好きに食べて大丈夫なんだけど……。そうだな、最初はソースをかけずに、この真ん中の一番おいしいところを最初に食べてみて」
「わかった!」
私の言葉を聞いて、レリィ君がとんかつを一切れフォークで取った。
食べやすいように包丁で切り分けてあった、ロース肉の真ん中。一番おいしい部分。
それを口に運べば――
「おいしいっ!」
レリィ君の頬は赤くなり、満面の笑みが浮かぶ。
「すっごく柔らかい! 僕、豚肉って固くて苦手だったんだ。でも、これは僕の思ってた豚肉と全然違う!」
「お肉は全部そうだけど、火を入れ過ぎると固くなっちゃうからね。固くないってことは火の通し方がちょうどよかったってことだね」
「うん! ちょうどいい!」
レリィ君の若葉色の目が輝く。
おいしい! と伝えてくれるその目が嬉しくて、私も笑顔になっちゃうよね。
「では、私もいただきます」
私の前に座るハストさんも。お肉の真ん中の部分を口に運ぶ。
そして――
「……うまい」
――いつものおいしいのしるし。
「このパンを細かく砕いたもので豚肉を包むことで、豚肉の水分が抜けすぎないようになっているのですね。とても柔らかく、中から染み出る脂に甘味があり、肉質もとてもいい」
「油で揚げるときに衣をつけることで、厚いお肉を低温であげてもうまみが逃げないんです」
さすがハストさん。
固くない=水分が抜けすぎていないということを瞬時に見抜き、黒豚のおいしさにも注目してくれている。
水色の目はずっときらきらしていて、私の心があたたかく包み込んでくれて――。
「次はソースをかけて食べてみてください」
「はい」
「うん!」
二人にお皿にとってあったソースを勧める。
ウスターソースとケチャップを混ぜたソースはとろっとしていて、中にはいりごまの粒。
二人はそれをとんかつにかけると、今度はロースの端をとって、パクッと口に入れた。
「これもすっごくおいしい!」
「このソースは少し甘めで、肉との相性がいいな」
「この粒も香ばしい感じがしておいしいね!」
「ああ」
二人がソースに感動してくれるので、にんまりと笑ってしまう。
でも、とんかつはこれで終わりじゃない。
「そうしたら、キャベツをどうぞ」
「わかった!」
お肉を飲みこんだレリィ君は私の言葉を受けて、キャベツをフォークに取る。
レリィ君の口にキャベツが入ると、シャキッと噛む音がした。
「わぁ……口の中がさっぱりした!」
「お肉の端はどうしても脂が多いから、キャベツを挟むとすっきりするんだ」
「うん! 脂っておいしいけど、脂っぽいとすぐにお腹いっぱいになっちゃうもんね。でも、こうやってキャベツを食べたら、ずっと食べられそう!」
そう。それがキャベツの力。
永遠にお肉を食べ続けられる。
「キャベツを切って添えただけでこんなに食べ進められるとは……。彩りだけじゃなく、考えられてこの野菜がついているのですね」
ハストさんがキャベツをフォークですくい、じっと目を凝らす。
ごはんの秘密を探ろうとする姿勢がハストさんらしい。……あと、かわいいと思う。
こっそりと心の中に作ったシロクマを撫でたあと、、机の上のとんかつに目を戻した。
「じゃあ、私も。いただきます」
「……いただきます」
私が手を合わせると、左隣に座っていた雫ちゃんも一緒に食前の挨拶をしてくれた。
フォークで取るのは、一番おいしい真ん中の部分。
ザクッとした感触のあとは、スッと身に刺さっていく。すでに断面からは肉汁があふれていて、こぼさないように急いで口に入れる。
すると、一気に口の中に香りが広がって――
「んー! おいしい……!」
ハーブを混ぜたパン粉からいい香りがしたあと、怒涛のように押し寄せるお肉…っ。お肉の味……っ!
ザクッとした衣に包まれたきめ細かい肉質のロース。柔らかくてジューシー!
「おいしい、です」
私が感嘆の声を上げれば、隣でも雫ちゃんが声を上げる。
お肉を飲みこんだ雫ちゃんの頬が緩まり、浮かんだ表情はとろけそうな笑顔!
「とんかつ、おいしいね」
「はい!」
二人で笑い合えば、世界はきらきらと光る。
――これぞ、お肉の力。
「くそっ……今日も……うまいっ……」
雫ちゃんと笑い合っていると、私の斜向かい、雫ちゃんの正面に座っていたゼズグラッドさんから、うぐぐと声が聞こえてきた。
「肉がうまい……っ……。ギャブッシュ……。ギャブッシュにも……くそっ」
ガツガツと食べていたゼズグラッドさんが、手を置き、ギンッと私を睨む。
そして、おい! と声を上げた。
「これ! ギャブッシュにはあるのか?」
「ギャブッシュに、ですか?」
「そうだ。ギャブッシュは食堂には入れないから、外で待ってるだろ! ……たぶん、この料理を食いたいと思う。だから……」
金色の目がギャブッシュを思って、そわそわとしている。
ゼズグラッドさんは、私がギャブッシュに食べ物を作ることには賛成していないと思っていた。
だから、こういう風に言われるのは初めてだ。
でも、とんかつがあまりにおいしいから、ギャブッシュにもあげたくなったのだろう。
わかる。おいしいものを分かち合いたい。わかる。
「あとで玉子とじにして、ギャブッシュに持って行こうかな、と」
とんかつは揚げたてがおいしいが、ギャブッシュに持って行くころには冷めてしまう。
なので、玉子とじにしてギャブッシュに届けようかと思っていた。
「あ、スラスターさんにも」
うん。一応ね。スラスターさんにもね。
今も彼は特務隊の人たちを抑えてくれているので。
「兄さんのためにシーナさんが手をかけるなんて、もったいないよ」
「そうだな。あいつにはいらないな」
そんな私の提案にレリィ君とハストさんが素早く首を振る。
……スラスターさん。
「でも、シーナさんが気になるようなら、教えてくれれば僕が作るよ!」
「あ、それはいいね。そうだね。その方が喜びそうだしね」
確実に。
レリィ君の手作りとか。見ただけで過呼吸になるんじゃないか。
「じゃあ、昼食が終わったら私はギャブッシュに作るから、レリィ君はスラスターさんに作ってくれる?」
「うん!」
よし、これで解決。
ゼズグラッドさんはギャブッシュを分かち合えるし、スラスターさんは最高のご褒美を手に入れたし、幸せしかない。
うんうん、と頷いて、とんかつを口に運ぶ。おいしい。
「……そういえば、ギャブッシュがお前と飛びたいって言ってたぞ」
「え」
今、おいしいがどっかに飛んで行ったかも。
「あ……そうなんですか……。でもちょっとギャブッシュに乗るのは……」
つらいかも。いろいろ。
「椎奈さん、ギャブッシュに乗ったことあるんですか?」
私が遠い目になっていると、雫ちゃんが首を傾げている。
そっか。雫ちゃんは騎乗モードのギャブッシュを見たことがないのか。
「ギャブッシュは背中にカゴみたいなのをつけたら、何人か乗れるんだけど、私もそれに乗ったんだ。北の騎士団へは空を飛んだほうが早いからって」
「そうなんですね」
「でも、すっごく酔うからね……ちょっともう二度と、絶対乗りたくないかなって」
酔う+大惨事って感じだったからね。
一生乗らないかなって。
「ゼズグラッドさんから言ってもらっていいですか? ごはんいっぱい作るから、空は飛べないよって」
私からも言うけど、私の言葉が通じるわけではないしね。
ここは『竜騎士』スキルを持つ、ゼズグラッドさんにお任せだ。
ゼズグラッドさんは、そんな私にけっと返しただけだったけど……信じる。もう二度と空は飛ばないと信じる。
「雫ちゃんは馬車で来たんだよね?」
というわけで、話題を変えるために、雫ちゃんへと話を振る。
騎士団で迎えたときは馬車に乗ってたもんね・
「はい。一週間ぐらいかかりました」
「一週間か……ここに滞在してるより、長いね」
やっぱり馬車だとそれぐらいかかるんだなぁ……。
雫ちゃんがここに来て三日ぐらい。
いろいろあったから、たくさんの時間を過ごした気がしていたけど、一緒にいた時間はまだほんのちょっとだ。
なるほど、と頷くと、雫ちゃんは持っていたフォークを机に置いた。
「……椎奈さん」
真剣な黒い瞳。
その瞳は、最初に出会ったときのように揺れていなくて――
「私――王宮へ帰ります」
視線はまっすぐ。
その言葉に、私は口に入れていたとんかつをごくん、と飲みこんだ。
「……本当は椎奈さんとずっといたい、です。でも、魔獣がどんなものか、実際にどんな人が戦っているかわかりました。……このままじゃ危ないって。そう思いました」
「……うん」
「だから、私も……できることはやろうと思います」
……わかってた。ずっと一緒にはいられない。
でも、まだ出会ったばかりなのに……。
「椎奈さんに会いたかった。……会っていろいろ話したかった。……椎奈さんはそんな私を受け入れてくれて……」
雫ちゃんが胸の前で手を握る。
私には似合わないかわいいワンピースの胸元にぐっとしわが入った。
「……今でもやっぱり。なんで私なんだって思います。怒りも恨みも……あります……。……それでも」
胸の前の手は少し震えているように見える。
でも、私を見上げる視線は一つもブレなかった。
「――椎奈さんがかっこいいって思ったから」
そして、雫ちゃんは強い目で微笑んだ。
「……私もかっこよくなりたいって思ったから」
なれるかはわからないですけど……。
そう小さく付け加えて。
「雫ちゃん……」
……なんて言えばいいんだろう。
『がんばって』、『応援してるよ』。そうやって前向きに手を振る?
『無理しないで』、『そんなことしなくてもいいよ』。そうやって逃げ道を作って手を引っ張る?
どっちが正解かわからない。どっちが雫ちゃんのためになるのかわからない。
だから――
「――私は雫ちゃんと一緒にいるから」
どっちを言っても無責任な気がして……。だから、どちらも言わなかった。
代わりに、震えていた雫ちゃんの手を握る。
右手も左手も。両手を掴んで、胸の前でぎゅっと包み込んだ。
「雫ちゃんがなにかを成し遂げても。できなくても。……どんな雫ちゃんでも」
私に会いたいって思ってくれた。
そして、こうして会いに来てくれた。
楽しいことをしようって言って――まだ全然。全然足りない。
もっともっと楽しいことはいっぱいあるんだよ。
「雫ちゃんにうれしいことがあれば、会いに行くから」
一緒に喜んで――
「雫ちゃんに悲しいことがあれば、助けに行くから」
一緒に笑って――
「雫ちゃんを一人にしないから」
――もう二度と。
――ひとりぼっちだと思う日が来ないように。
「……ありがとう、ございます」
私の言葉に雫ちゃんの眉が下がった。
今にも壊れそうで……泣き出しそうで……。
それでも――
決意を込めた黒い瞳から、涙はこぼれなかった。






