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質問への答えは

『嫌な予感』


 ハストさんのその言葉があったのはいつぶりだろう。

 それは王都の市場に買い出しに行こうとしていたとき。

 馬車を止めたハストさんが、急に王城に取って返して……。その後すぐに空には魔獣が……。


「っハストさん、魔獣ですか!?」

「今はわかりません。私は早急に砦に戻ります。ここには団員を呼びますので、着替えが済んだら、安全な場所へ避難してください」

「わかりました。気をつけてください」

「では」


 ハストさんの言葉を最後に辺りは静けさが訪れる。

 ほかほかの温泉もゆったりした空気もなにも変わらないように思うけれど、ハストさんの勘は信じられる。

 だから、雫ちゃんと繋いでいた手はそのままに、よしっと立ち上がった。


「雫ちゃん。いきなりだけど温泉から上がって、着替えよう」

「は、い」


 私に引っ張られるようにして立ち上がった雫ちゃんが不安そう。


「椎奈さん……魔獣って、結界で閉じ込められてるはずの……」

「うん。……この前、王宮に鳥型の魔獣が来たのって見た?」

「いえ……私はそのとき、すぐに逃げるように言われて……。よくわからないところ……たぶんシェルターみたいなところがあって、そこにしばらくいただけなんです」

「そっか。じゃあちょっと不安だと思うけど、全然大丈夫。ハストさんは強いし、レリィ君の炎もすごいんだ。団員のみんなもいるし、雫ちゃんには特務隊のみなさんがいる。なにも心配いらないよ」

「……はい」


 そうやって安心してもらえるよう言葉を続けながら、タオルで体を拭き、急いで服を着る。

 雫ちゃんも私に合わせるように、素早く着替えてくれた。

 すると、タイミング良く、声がかけられて――

 

「イサライ様ー! 聖女様ー! いますかー!」

「ガレーズさん! います! 今から出ます!」

「うぃっす!」


 どうやらハストさんの代わりにガレーズさんが来てくれたようだ。

 ちょうど着替え終わっていたところだったので、脱衣室の外へ出ると、ガレーズさんと一班のみんなが待ってくれていた。


「わざわざすみませんっ」

「いいっすいいっす! とりあえず俺たちがお二人を特務隊のところまで案内しますので、そこからは特務隊と一緒にここを離れて欲しいっす。まだなんかあったわけじゃないんすが、副団長の勘は絶対なんで」


 ガレーズさんはいつも通りの糸目で笑っているような雰囲気だが、ハストさんの言葉をしっかり受け止めているようで、どこか緊張感がある。

 みんなも周りを警戒しており、私たちを無事に特務隊のところまで連れていけるよう、特に魔獣の森に注意を向けているようだった。

 でも、私はそんなガレーズさんの言葉に首を振った。


「あの、それなんですが、雫ちゃんはそうするとして、私はみなさんと一緒にいてもいいですか?」

「俺たちと、です?」


 ガレーズさんが不思議そうに首を傾げる。

 なので、私はそれに力強く頷いた。


「はい。昼に食べてもらったように私のごはんにはみなさんの力を強くしたり元気にしたりする効果があるんです。ハストさんやレリィ君、ガレーズさんたち一班のみなさんには食べてもらいましたが、他の団員にも食べてもらえれば、と」

「なるほど……! それはめっちゃ嬉しいっす! みんななにが出るんだろうってちょっとビビってるところもあるんで、イサライ様がついてるってわかれば百人力っす」

「だなっ! 昼からめっちゃ調子いいし!」

「他のヤツらも食べたほうがいいっていうのは賛成」

「でも、危なくねーか?」


 私の言葉にみんなは一度は賛成をして……でも、やっぱり危ないのでは? と難色を示し始める。

 なので、私は急いで言葉を続けた。


「あ、私の心配なら大丈夫です。台所に行けば絶対安心なので。料理を作ってみなさんに渡した後は、しっかり警戒します」

「ああー……確かにそれなら安心は安心?」

「それに俺たちもいるしな!」

「しっかり守ればいいだろ」

「副団長にもイサライ様の意思を尊重したって言えば、わかってもらえるだろうし……」


 一班のみんなが、うんうん、と話し合う。

 すると、ガレーズさんが、よし決まり! と声を上げた。


「じゃあ、イサライ様のことは俺たちが守って、料理を作ってもらうってことで!」

『おう!』

「それにイサライ様にも副団長の男前なところ見て欲しいんすよね。戦ってる副団長、まじで人間やめてるところにしびれると思うんで」


 ……うん。それは見たことあるから知ってるけどね。


「じゃあ、二手に分かれて、片方は聖女様を特務隊まで連れていくってことで」

『おう!』


 これでなんとか私も役に立てそう。

 なので、雫ちゃんに、一班のみんなと行くように言おうと思ったんだけど……。


「一つ聞かせて下さい」


 雫ちゃんが私の手を取る。

 その黒い瞳がじっと私を見つめて――


「椎奈さんが……。椎奈さんがこの世界のために、そんなにがんばる必要がありますか」


 まっすぐな言葉。

 それは弱音でも批判でもない。

 ただ、確認したい、と。

 そんな声音。


「……勝手に召喚されて。家族と引き離されて。仕事もなにもかもなくして。……それなのに、そんなにがんばる必要ってありますか」


 静かに問われるそれは、きっと雫ちゃんが何度も自分に問いかけたことなんだろう。

 そして、雫ちゃんはその問いに、きっと――


「……がんばる必要はないかもね」


 ――なんで私が、って。

 ――私ががんばる必要ないって。


 ……そう、答えてたんだよね。


「雫ちゃん。私はただ深く考えてないだけなんだと思う」


 だって、考えてもさ。

 どうしようもない現実しか待っていないから。


「今ここに私がいて。ごはん作ったら、それがすごい力を持ってて。それを使えば助けられる人がいる。たぶん、それしか見えてない」


 ……雫ちゃんにいい答えを返してあげられない。

 がんばる必要がある、意味があるって励ましてあげられない。

 でも――


「……そんな自分でいいかなって思う」


 ――楽しく生きたい。


 それには、周りの人が笑ってくれてたほうがいいかなって。

 それぐらいしか考えていない私でいいと思うから。


「だから、行ってくるね」


 全然かっこよくない。

 でも、雫ちゃんは私の言葉を聞いて、一度唇を噛んだあと、はい、と頷いた。


「じゃあ、みなさん雫ちゃんをお願いします。雫ちゃん、あとでね!」

「はい。必ず。……絶対に無事でいてください」

「うん! 任せて!」


 心配そうな雫ちゃんに笑顔で手を振る。

 そして、いつものあの言葉を。


「『台所召喚』!」

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