イケメンシロクマ(つよい)
……おや? イケメンシロクマの様子が……!
輝きだしたイケメンシロクマを呆然と見る。
……進化が始まってしまったの?
そうして見ていると、Bボタン連打をした覚えはないが、光りはゆっくりと空気にとけ、消えて行った。
残ったイケメンシロクマはそのまま。とくに牙が伸びたり、羽が生えたり、爪が長くなったりはしていない。なんだ、そっか。
「ふむ」
光が消えた後、イケメンシロクマは不思議そうに自分の体を見渡し、手を開いたり軽く握ったりしている。
そして、私を見て、ゆっくりと話した。
「少し確かめたいことがあるのです。付き合っていただいてもかまいませんか?」
「はい。それはもちろん」
なにかを確信したようなイケメンシロクマが私の返事を待ち、扉に向かって歩き出す。
どうやら、王宮の敷地内にある騎士の訓練場へと行くようだ。
道中で、なにか起こってもあまり気にしないでほしいと言われ、騎士の詰所のような場所とグラウンドのようなものがある一画へと出る。
そこは騎士団の訓練場と言っても、思ったよりは大きくなくて、本部はまた別にあるらしい。
何人か騎士がいるが、とくに訓練をしているわけではなく、話したり遊んだりしているようだった。
「これはこれは! 元特務隊長殿ではありませんか!」
イケメンシロクマの後ろに立ち、きょろきょろと辺りを見渡していると、すごく大げさな感じで声をかけてくる一団がやってきた。
その先頭に立っている金髪のおかっぱがイケメンシロクマに向かって言ったらしい。
「こんなところまでわざわざどうされたのですか? ここは騎士の場所です。聖女様の護衛の任を解かれたあなたがここに来る必要はないのですよ?」
鼻にかかった声。あごを上げ、イケメンシロクマに優しく諭すその声は嘲笑を含んでいて……。
そんな金髪おかっぱの言葉に、周りにいたものも合わせて笑う。
「わざわざ北からいらっしゃって、令嬢のお守とは。聖女様もお喜びになるでしょうね」
そこまで言うと、金髪おかっぱはそれまでの優しい声音を捨て、ハッと鼻で笑った。
そして、イケメンシロクマを睨む。
「北の犬が。尻尾を丸めてとっとと小屋に帰れ」
……わぁ。悪意全開だな。まさに悪意のかたまり。
そして、ついでにいろいろと気になる情報も耳に入ってしまった。
イケメンシロクマの事情など一切知らなかったが、いろいろとあったようだ。
金髪おかっぱの話を総合すると、つまり、イケメンシロクマは元々は聖女様の護衛をするはずだったのだろう。
そのためにわざわざ『北』と呼ばれるところから来たが、なんらかのことが原因でその任は解かれてしまった。で、今は私の護衛をしている、と。そして、それはあんまり体裁のいい任務ではない、と。
更に、犬と呼んだ者に小屋へ帰れという文言を使うのは、この国では犬は一般的に外で飼育されており、小屋を与えているということだ。
うん。なるほどなるほど。
金髪おかっぱの明らかな挑発的な態度。
けれど、イケメンシロクマは涼しい顔でそれを聞き流している。
金髪おかっぱはそんな態度が気に食わなかったようで、イケメンシロクマに向けていた目を私へと変え、右口端をにやにやと引き上げた。
「そっちの令嬢も国に帰ったらどうだ? ああ、そうか帰れないんだったか」
そして響く嘲笑。
リーダー格っぽい金髪おかっぱの声に、周りの者がバカにしたように笑った。
……あ?
勝手に召喚したのはそっちだよね?
そりゃ、私を呼んだわけではないだろうが、巻き込んだ側にだって責任はある。
帰れなくしたのは、そっちじゃないのか。
……いらっとするな。
めちゃくちゃいらっとする。
心のマッチがサッと擦られ、黒い煙が立ちのぼる。
けれど、その煙は大きくなることはなく、隣から感じる冷気であっという間に消火された。
「……この方を貶めるのはやめてもらおうか」
低い低い声。うなるようなその声に空気がびりびりと震えた。
……寒い。なにここ、北極なの。
圧倒的威圧感。これを殺気と呼ぶんでしょうか……。
まともにそれを浴びれば、こわくて体が固まってしまいそう。
そのイケメンシロクマの殺気を吹雪のごとく浴びた金髪おかっぱはうぐっとうめく。
……あ、後ろで二人倒れた。
「……っ、なんなんだよ、その態度は!」
「申し訳ありません。犬ですので。わかりやすく教えて頂けますか」
殺気から逃れるように大声を出す金髪おかっぱに対し、イケメンシロクマはあくまで無表情。
明らかにイケメンシロクマの雰囲気に飲まれているが、それでも金髪おかっぱは精いっぱい嫌味に笑った。
「ああ! しつけてやるよ!」
「それはありがたい」
イサライ様はここでお待ちを。
そう言って、イケメンシロクマが集団の中へと入っていく。
すると、そんなイケメンシロクマに向かって、木の棒が投げつけられた。
「いいか、これは訓練だ。訓練なのだからそれで十分だろう」
「ええ、かまいません」
金髪おかっぱの声にイケメンシロクマは鷹揚に頷き、木の棒を構える。
そして、警戒するようにイケメンシロクマを囲んでいた人たちは、腰に携えていた剣を抜き、構えた。
つまり、木の棒対真剣。一対十。うん。わかりやすく卑怯!
「伏せを教えてやれ!」
イケメンシロクマを囲む人たちの少し後ろから金髪おかっぱが指示を出す。
いや、お前は行かないのかよ。
しかし、私の心のツッコミを言う人はおらず、イケメンシロクマに向かって行く。
そして、イケメンシロクマはそんな彼らに対し、木の棒を振り上げて――
「うぐぁっ」
「ぎゃぁ」
「ぐぇっ」
――振り下ろした途端、全員が倒れた。
……え?
いやいや。いやいや?
あまりの展開に理解が追いつかない。
ありのまま、起こったことを言うと。
イケメンシロクマが素振りをすると、周りの人が勝手に倒れた。
……うん。何を言ってるかわからないね。
なんとなくイケメンシロクマのほうが強そうだなっていうのは、最初からわかってた。
イケメンシロクマの態度とか、あの殺気とか、木の棒でも余裕そうな表情とかで。
でも、こう一人一人打ち据えて行くのかなって。まさか素振りしただけで、周りの人が全員昏倒するとは思わないよね。意味が分かんないよね。
なんで素振りしただけで、みんな倒れちゃったの? 気で殺す的なことなの? 覇気的なあれなの?
「ひぃっ」
死屍累々。その真ん中に一人立つイケメンシロクマ。
最後に残った金髪おかっぱは、その水色の目で見られた瞬間、情けなくも悲鳴を上げた。
「さあ、しつけて下さい」
イケメンシロクマが金髪おかっぱに向かって、こいこいと左手の人差し指で挑発をする。
すると、金髪おかっぱは顔を青くしたまま、それでもイケメンシロクマに向かって行った。
「くそっぉおおお!」
きっと自分の恐怖を消すためだろう。
叫びながら、イケメンシロクマに向かって、剣を下ろす。
イケメンシロクマは今度はそれをしっかりと木の棒で受け止めた。すると、ガキィンと金属のぶつかる音がして――
「ひぃぃいい」
金髪おかっぱが尻もちをついた。
その手に持っていたはずの剣は真っ二つ。ちょうど木の棒が当たったところでスパッと切れている。……え。切れてるっぽい。え。折れてるんじゃないの? え。
「どうやら、粗悪品の剣だったようですね。出入りの武器商人を変えたほうがいいのでは?」
イケメンシロクマが低い声で話す。
それに対し、金髪おかっぱは、家宝の剣が、家宝の剣がと繰り返し、呟いていた。
「今日は手合わせをしていただきありがとうございました。また新しい剣を手に入れたら、お知らせください。いつでも鑑定いたしますから」
どこまでも無表情にイケメンシロクマは話を終わらせ、金髪おかっぱに背を向けた。
しっているか シロクマは きのぼうでけんをきる