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愛とは

 雫ちゃんと一緒に台所から帰ると、みんなはすでに準備万端で、今か今かとごはんを待っていた。

 私と雫ちゃんが台所に行ったのを見て、ハストさんがみんなを集めてくれていたらしい。

 みんなは地面に転がした丸太に座っていた。


 この丸太は朝からみんなが魔獣の森から切り出してきたもので、これから目隠しや脱衣所を作るための材料になる。

 丸太は生木のままでは使えない。

 乾燥させるのに時間がかかるし、丸太から材木に加工するのも大変だ。

 だけど、レリィ君がスキル『炎魔法』でいい感じに乾燥し、ハストさんがスキル『研磨』でいい感じに切り出す。

 すごい。二人がいれば、建築もお手の物。

 というわけで。


「みなさーん、手元にお皿と卵が行きましたか?」

「うっす!」

「いけまーす!」


 最初に作った五人分を、まずはガレーズさんが班長を務める、一班のみんなに食べてもらうことにした。

 パスタの真ん中に卵を割ってもらえば、そこにはちょうどいい半熟の温泉卵。

 ゼズグラッドさんはしっかりと卵の見張りをしていてくれたようだ。

 ぷるぷるの白身の中にはとろっとした黄身が隠れているはず。


「おー! 今日のメシも本当にうまそう!」

「うまそう!」

「なんだこれ!」

「この麺なら食ったことあるぞ! ひき肉のソースと食ったりするよな?」

「イサライ様! この料理がなにか教えて欲しいっす!」


 テーブルがないから、みんな左手にお皿、右手にフォーク。

 きらきらと目を輝かせたみんなが、私に次々と言葉をかける。

 私はそれににんまりと笑い返した。


「これはカルボナーラです」

『かるぼなーら』

「クリームソースの麺なんですが、上に温泉卵と粉チーズがかかっているので、ぜひ混ぜて食べてみてください」

「おー!俺は知ってるっす!イサライ様の料理には驚きと楽しみがあるんすよね!」


 私の説明にガレーズさんがフォークを持った左手で親指を立てる。

 だから私も親指を立てて答えた。


「混ぜ具合は一人一人のお好みです。自由自在に」

『自由自在に!』

「では、冷めないうちにどうぞ」

『うぇーい!!』


 一班のみんなが私の声を合図に歓声をあげる。

 そして、カルボナーラを口に入れた。


「うまい!」

「こんなうまい麺食ったことない!」

「卵を割ってよく混ぜたら、とろっとしてまじでうまいぞ!」

「今日もまじで驚いた!」

「楽しいしな!!」


 夢中で食べながら、みんながそれぞれ感想を言い合ったり、食べ方を見せ合ったり。

 その楽しそうな様子が本当にうれしい。

 だから、思わずにやついてしまうと、ガレーズさんがじっと私を見ていて――


「俺、イサライ様のメシをずっと食いたい……」


 ポツリと零れた言葉に、みんなも同調して声を上げる。


「俺も!」

「俺だって!」

「俺だって!」

「俺だって!!!」


 盛り上がる「俺も」コール。

 その目線はなぜかハストさんに集まり――


「副団長! どうなんすか!」

「ちゃんとやってんすか!!」

「押して!」

「押しまくって!」

「抱き締めて離さないで!」


 異様な熱気。

 でも、それを消し飛ばす、突然に発生した一陣の風。

 うーん……風というか、暴風?


「黙れ」


 そう。ここは北極。シロクマの生息地。


「副団長、ちょっと!」

「今、食ってる!食ってるっす!」

「丸太ぶち当たったら、死ぬ!」


 うん。ハストさんがね。ベンチにしてた丸太を持ち上げて投げたよね。

 すごいよね。丸太って矢みたいなスピードで飛ぶんだね。新しい物理法則を見たって感じだよね。

 いやぁ、今日も2-E組とハス八せんせぇは仲良しだなぁ。


「副団長、食べてないからイライラしてんだ……っ!」

「それ! イサライ様! 早く! 早く作ってきてください!」

「イサライ様! 微笑んでないで!」

「俺たちを助けられるのはイサライ様のメシだけです!」

「おねがいしまっす!」


 まったりしていた私に一班のみんなからのヘルプコール。

 え、私?


「シーナさん。僕もおなかすいちゃった」

「あ、レリィ君。そうだよね」

「あの……椎奈さん。このままだと丸太が全部投げられそうで……」

「そうだね、うん。よし、じゃあ、雫ちゃん行こうか」


 雫ちゃんの手を握って。

 気持ちを込めて。


「『台所召喚』!」


 台所へと行き、雫ちゃんと同じ作業をして、二回目は六人分のカルボナーラを作ってきた。

 帰ってみたら。いたるところに丸太が刺さっていたが、死人はでていなかった。よかった。


「お待たせしました。では、ハストさんとレリィ君もどうぞ」

「とてもおいしそうです」

「うん、本当に! それにこの卵がなんだか不思議」

「これは温泉卵って言って、ちょうどいい温度で火を通すとこんな感じでぷるぷるになるんだ。ゼズグラッドさんが作ってくれてね」

「へぇ! ゼズさんが」

「……別に見てただけだ」


 さっきからギンッと私を睨みつけているゼズグラッドさんがけっと吐き捨てながら答える。

 私の一挙手一投足を見逃すまいとしているようだ。

 うん……私が今からギャブッシュにすることを知っているからね……。


「雫ちゃんも食べてね。温かいうちにしっかり混ぜるともったりとするから」

「はい」

「ハストさんとレリィ君、ゼズグラッドさんも温かいうちにどうぞ。……私はギャブッシュに伝えることがあるので」

「では、そちらは私が持っておきます」


 決意を込めた瞳をしていると、ハストさんがお盆に乗っていた私の分のお皿を預かってくれる。

 なので、私はギャブッシュの分だけを持って、一度深呼吸をした。

 そして、ギャブッシュの元へと向かって――


「……ギャブッシュ。これ、なにかわかる?」

「シャーシャー?」


 私の決意を込めた眼差しにもギャブッシュはただきゅるんとしたかわいらしい目を返してくれる。

 だから、決めたはずの気持ちが揺らいで……。

 でも、ぎゅっと唇を噛んだ後、そっとカルボナーラを差し出した。


「これ……さっき、温泉に浸けた卵だよ。ギャブッシュが卵を温めようって言ってくれたけど、私は卵は食べたくなっちゃうんだ……」

「シャー?」


 真実を。

 告げる。


「――私は卵は産めない」


 胎生なんだ。


「……くそっ」


 背後でゼズグラッドさんの悔しそうな声が聞こえる。

 私の胸もズキリと痛んだ。

 でも、ギャブッシュの金色の目は優しく私を見つめていて――


「シャーシャー? ガオ」

「……混ぜるの?」

「ガオ!」


 ギャブッシュの言葉はわからない。

 でも、なんとなくギャブッシュがカルボナーラを混ぜて、と言っているような気がした。

 なので、卵を割ってしっかりと混ぜる。

 白身の間から流れ出た黄身が輝いて、白かったソースを瞬く間に黄色に変えていく。

 よく混ぜれば温かいパスタに卵と粉チーズが絡み、ソースがもったりとした。


「ギャブッシュ、混ざったよ」

「ンガオ」


 ギャブッシュはうれしそうに目を細めると、カルボナーラをぺろんと一口で食べて――


「ンガーァアー!」


 ――『おーいしーい!』のしるし。


「ギャブッシュ……がっかりしてない?」

「ガオンガオ。ガオンーガ」

「目の前で卵を茹でたり、ごはんにしたんだよ?」

「ガオ。ガオガーガオガガ」


 ごはんを食べてきらきらと輝くギャブッシュは私にただただ言葉を返してくれる。

 きゅるんとした目は相変わらずかわいい。

 でも、なにを伝えてくれているのかは、曖昧にしかわからない。

 『いいんだよ』と。

 そういう雰囲気なのはわかるんだけど……。


「……おい、お前」


 そうしてギャブッシュと見つめ合っていると、お皿をレリィ君に預けたゼズグラッドさんが私たちの元へと歩いてきた。

 その目はすでに濡れていて――

 

「ドラゴンの言葉がわかるのはスキル『竜騎士』を持っているやつだけだ。それが俺たちの絆なんだ……だから、俺は今までギャブッシュの言葉を俺の言葉に変えていた」


 ゼズグラッドさんがだーだー泣きながら私を見つめる。


「でも、今、ギャブッシュはお前にどうしても伝えたい言葉がある。だから、これから俺が話すのはギャブッシュの言葉そのままだ」


 ゼズグラッドさんはギャブッシュの隣に立った。

 そこは私とギャブッシュの目線の外で邪魔にならない位置。

 どうやら通訳をしてくれるようで――


「聞け」


 ゼズグラッドさんはそう言うと、できるだけ感情を排除したような声で呟いた。


『君に伝えたいことがあるんだ』


 ……これがギャブッシュの話したいこと。

 ガオガオという鳴き声のあとにゼズグラッドさんは言葉を続けた。

 ゼズグラッドさんから発せられているが、その口調がギャブッシュなんだろうとわかる。


『君が卵を産めないことぐらい、はじめて会ったときからわかっている』

「ギャブッシュ……」

『君とオレは種族が違う。……それになにか問題があるか?』


 見上げればそこには優しい金色の目。

 すべてを包み込んでくれる、そんな瞳。


『こうして一生懸命な君が、オレのために考えてくれる。それがとても幸せだって思うよ。君を愛しく思う。笑ってくれるとうれしい』


 その目がそっと細くなって――


『愛ってそういうことだろう?』


 あ、あ、あ、あ……


「「ギャブッシュー!!!」」

『うおぉぉおお!!』


 今まで通訳をしていたはずのゼズグラッドさんはそこまで言うと感極まり、ギャブッシュに抱き付いた。

 ついでに私も同時に感極まって、ギャブッシュに抱き付いた。

 さらに団員のみんなも話を聞いていたようで、ギャブッシュに抱き付いた。


「せんぱぁぁい!」

「かっこいいっす!」

「おとこっす!」

「泣かせますぅ!」

「抱きしめて離さないで!」


 どうやらみんな食べ終わったようで、体がきらきらと輝いている。

 輝く団員と抱き付かれるドラゴン。


「うおっ!」

「しっぽ!」

「しっぽがきた!!」


 謎の光景はギャブッシュがみんなをしっぽでめんどくさそうに振り払ったところで終わった。


「ンガオ?」


 私は振り払われることはなく、そっと右手で抱きかかえられる。

 そして、ギャブッシュは首を傾げて、ほら、と促した。

 そこにあるのはハストさんとレリィ君が持っているカルボナーラのお皿。

 『食べておいで』と。

 そうだね……! そういうことなんだね、ギャブッシュ……!!


「じゃあ、食べてくるね」

「ガオ」


 ギャブッシュに告げれば、抱きかかえられていた体をそっと地面に下ろされる。

 ギャブッシュは満足そうに頷いてくれた。


「ギャブッシュ……ギャブッシュ……」


 ゼズグラッドさんも振り払われることはなかったようで、ただただ泣いている。

 そんなゼズグラッドさんもギャブッシュに促されたようだ。

 私はハストさん、ゼズグラッドさんはレリィ君からお皿を受け取る。

 雫ちゃんも食べずに待ってくれていたようで、私が隣に座ると二人でいただきます、と手を合わせた。

 そして、みんなで食べ始めて――


「うまい」

「とってもおいしい!」

「くそっ……くそっ……なんで、いつも……くそっ……うまい」

「おいしい、です」


 それぞれの言葉で「おいしい」を言葉にしてくれる。

 ハストさんは味わいながら食べてくれ、レリィ君は若葉色の目をきらきらと輝かせて。

 ゼズグラッドさんは泣きながらガツガツと食べて、雫ちゃんはゆっくりとでもずっと口を動かしてくれている。


「これは先日シーナ様が作ってくださったパングラタンと材料はほぼ同じですが、また違った味がしますね」

「はい。前回は牛乳を小麦粉でとろみをつけていましたが、今回は卵で各自でとろみを調整できるようにしました。あ、あとにんにくが入っていますね」

「なるほど。卵を割ると黄身が流れ出て、この黄色とにんにくの香りがとても食欲をそそるんですね」

「シーナさん! 僕はこのミルクのソースがすごく好き!」

「よかった。このソースはね、雫ちゃんが作ってくれたんだよ」

「聖女様が?」

「うん」


 私の言葉を受けて、みんなの視線が雫ちゃんへと向く。

 雫ちゃんは口の中のものを飲みこむとおずおずと口を開いた。


「あの、椎奈さんみたいにうまくできなくて……」

「そんなことないよ! とってもおいしい!」

「はい。しっかりと炒められたたまねぎの甘みとベーコンの塩気がとてもいい」

「あ、たまねぎとベーコンを切ったのも雫ちゃんです。二人で作るとおいしさが五倍?」

「……千倍だろ」


 そう。なんせおいしい!


「雫ちゃん、とってもおいしいね」

「……はい」

「作ったもので、みんなが笑ってくれるとうれしいよね」

「は、い」


 雫ちゃんはちょっとだけはにかんで。

 そんな自分を落ち着けるように、ふっと息を吐いた。


「そういえば、シーナさんはギャブッシュに話をしようと思ったの?」


 あ、とレリィ君が声を上げて、私を見る。

 ハストさんとレリィ君は忙しくしていて、私が温泉卵を作ろうと思った流れを見ていないので、疑問に思ったのだろう。

 だから、要約した話を伝えていく。


「うん。ギャブッシュにね、『一緒に温めよう』って言われて……。温泉が巣作り? なんだってゼズグラッドさんに言われて、ちゃんと向き合わないと、と思ったんだ」


 胎生だよって伝えて、ギャブッシュにこれ以上の期待を持たせてはいけないって。

 でも、それは私の思い込みで、ギャブッシュはそんなのわかった上で私と一緒にいたいと思ってくれてたんだ……。


「そっか……ギャブッシュはさ、きっともっとシーナさんのことを好きになったよね」

「え」

「種族なんて問題ない。一生懸命なシーナさんがギャブッシュのことを考えると幸せになるって言ってたよね」

「あ」


 言ってた。

 ギャブッシュの気持ちには応えられないんだって伝えようと思ってたけど、ギャブッシュは逆にそれを喜んでくれて――


「僕、ちょっとギャブッシュが羨ましくなっちゃった……」


 自分のした行動にちょっと遠い目になる。

 目的は達成されていない…? いや、しかし……。


 すると、食べ終わったらしいレリィ君が私の隣までやってきてしゃがみ込み、きゅっと左腕を掴んだ。

 きらきらと輝くレリィ君。

 そのマシュマロほっぺは赤く色づいている。

 そして、うっとりとした表情をしていて――


「シーナさんって――」


 まずい。来る。

 あれが来るぞ。


「みんなに見られながら、愛し合うのが好きなんだね」


 語弊。

活動報告に温泉卵のミルクカルボナーラの写真をupしました

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