温泉卵のミルクカルボナーラ
まず、騎士団の建物に戻り、食糧庫からたまねぎ、ブロックベーコン、牛乳、粉チーズと、大量の乾麺を台所に持ち込んだ。
それから源泉に戻ると、温泉卵はあと少しというところだった。
なので、しっかりと見張りをしてくれていたふふんラッシュ……ゼズグラッドさんに、引き上げてくれるように頼んで、雫ちゃんと一緒に台所へ移動。
必要な材料と調理器具も液晶で交換完了し、調理開始!
「椎奈さん、この乾麺はなんですか?」
「あ、それは雫ちゃんが来る前に市場で買い出しに行ったときに手に入れたんだけど、要はパスタだよ」
「パスタ……スパゲッティとは違いますね」
「うん。日本で言うとフェットチーネかな」
雫ちゃんが大きなガラス瓶に入った乾麺を不思議そうに見る。
そう。市場で買ったパスタは平麺で6mmぐらい。
ソースが絡みやすくて、もちっとした食感がおいしいよね。
「じゃあ、茹でるためのお湯を沸かしていくね」
さっきポイント交換で手に入れたばかりの寸胴鍋をよいしょと両手で持ち上げる。
いやぁ、大きな流しっていいよね! 寸胴鍋の全体が入るから、斜めのまま水を入れたりしなくていい。感動。
「椎奈さん、手伝います」
「じゃあ、雫ちゃんにはたまねぎとベーコンを切ってもらおうかな」
「はい!」
大きな作業台に置かれた大きなまな板。
流しにはみ出さない。感動。雫ちゃんと並んでも邪魔にならない。感動。まな板を置いても、食材や調理器具を置けるスペースがある。感動。
「椎奈さん、たまねぎは皮を剥いたらいいですよね」
「うん。そうしたら薄切りにしてもらって、ブロックベーコンは1cmぐらいの角切りで」
「薄切り……角切り……」
「あ、やってみるね」
雫ちゃんが私の言葉に、えっと……と考えていたので、寸胴鍋をコンロに移したあと、雫ちゃんから包丁を受け取って、実際にやってみせる。
「たまねぎは半分に切って、断面を下に。そうしたら滑らないから。厚さは3mmぐらいだけど、ちょっとぐらい薄くても厚くても大丈夫」
「あ、それなら、できそうです」
「顔を近づけすぎたり、真上から覗いたりすると、すごく目が染みるから気を付けて」
「はい」
雫ちゃんに、はいと包丁を渡す。
すると、雫ちゃんは「猫の手……猫の手……」と言いながら、たまねぎを真剣な顔で切っていった。
……なにこれ、かわいい。
胸がきゅうってする……。感動。
「たまねぎ切れたら、また教えてね」
一生懸命な雫ちゃんに心を射抜かれながら、コンロの前へと立つ。
そして、コンロのスイッチを押して――
チチチチチッ
「あー……これ、この音……ガスの音だ……」
電熱線では聞こえなかったこの音。
もう、さっきから感動がすごい。
台所の進化と雫ちゃんのかわいさに、胸に感動が大挙してる……!
「椎奈さん……あの……」
ガスの炎を見て、一人でにやけていると、たまねぎを切る手を止めた雫ちゃんがおずおずと私を見上げる。
ん? と首を傾げると、雫ちゃんは言葉を探すようにしながら、ぽつぽつと呟いた。
「さっき、竜騎士の人……えっとゼズグラッドさんが、椎奈さんに『楽しんでんじゃねーか!』って言ってて……」
「うん」
「……あの、今も、その、すごく楽しそうだなって……思って……」
そっか。わかっちゃうか!
わかっちゃうよね!
「うん。だって雫ちゃんといるとすごく楽しいから!」
――二人でごはんを作っている今が最高に楽しい。
だから、笑顔で答えれば、雫ちゃんはちょっとだけ頬を赤くして、照れたようにはにかんだ。
そしてまた、たまねぎを切り始める。
さっきみたいに真剣に。でも、その口元はさっきよりも緩めて……。
とってもいい感じ。
雫ちゃんの心がどんどんほぐれているのが実感できる。
「椎奈さん、これはどうやったらいいですか?」
「これは、先に縦に切ってから、横に切ると簡単だよ」
「椎奈さん、分厚くなりすぎて……」
「大丈夫! こうやって二分割すれば、だいたい一緒」
そうして、わいわいと下ごしらえを進めていった。
たまねぎを切り終わり、ベーコンも同じように私が手本を見せたあとに、雫ちゃんが切っていく。
たまねぎとベーコンのほかに、にんにくもみじん切りにしてもらった。
私はその間に牛乳を量ったり、切り終わった材料を台所が出してくれたお皿に移動させたりと細々とした作業を。
「じゃあ雫ちゃん、下ごしらえも終わったから、ここからは火を使っていこう」
「はい」
「こっちのコンロでパスタを茹でるから、雫ちゃんにはもう一つのコンロでソースを作って欲しい」
「同時にやるんですか?」
「うん。パスタが茹で上がったときにソースができてて、そのまま絡めるようにしたいんだ」
そう。これこそが二口コンロの醍醐味!
一口じゃできない同時作業。感動。
というわけで、私は沸騰したお湯にパスタを投入していく。
現在、温泉作りには騎士団の一班の五名とハストさん、レリィ君、ゼズグラッドさん、ギャブッシュ、私、雫ちゃんの十一人が参加中だ。
一気に作れたらいいんだけど、今の台所では半分ずつ作るほうが効率もいいし、失敗もないだろう。
というわけで、最初に投入したパスタは五人分。
「じゃあフライパンにオリーブオイルを入れて、みじんぎりにしたにんにくを入れるね。私はどんどん材料を入れるから、雫ちゃんは混ぜてね」
「はい!」
フライパンからはにんにくのいい香りが広がり、そこにたまねぎとベーコンを入れれば、ジュジュッと音を立てる。
そこに塩で軽く味をつけ、炒めていった。
「椎奈さん、すごくお腹がすく匂いです……」
「うん、わかる」
にんにくとたまねぎとベーコンって、これはもう凶器。
「あ、炒まったみたいだから、牛乳と生クリーム入れるね」
脂が溶け出したベーコンと半透明にしんなりしたたまねぎ。
そこに量っておいた牛乳とポイント交換した生クリームを入れていく。
「クリームパスタですか?」
「うん。ここの牛乳はおいしいし、みんなが食べ慣れてる味がいいかなって」
そう。今回作るのはクリーム系のパスタ。フェットチーネにぴったり。
ソースには生クリームをたっぷり使うと濃厚でおいしい。
でも、今回は牛乳を多めにして、生クリームを少なくした。ただ、牛乳だけだとシャバシャバになってしまうので、生クリームは必須。今回は3:1で。
「あとはくつくつと一煮立ちでできあがり……あ、パスタもいい感じ」
フライパンを雫ちゃんにまかせて、寸胴鍋を見れば、パスタもちょうどいい頃合い。
なので、一煮立ちしたソースにパスタを移して、火を入れながら混ぜていく。
パスタがソースとよく絡み、とってもおいしそうだ。
出来栄えに惚れ惚れしていると、調理台が白く光って――
「わ、え……お皿、ですか?」
「びっくりするよね。この台所、ごはんができるとお皿を出してくれるんだ」
「すごい、です」
「うん。私もいつもそう思ってる」
スパダリだよね。
「じゃあ、盛っていくね」
驚いてパチパチと瞬く雫ちゃんからフライパンを引き継ぎ、用意されたお皿に入れていく。
今回用意してくれたのは五枚のパスタ皿と、それを載せたお盆が二枚。
つまり、雫ちゃんと私でそれぞれ持っていけばオッケーという……。……好き。
「あ、雫ちゃん、雫ちゃんにはまだ最後の仕上げをして欲しい」
「仕上げですか?」
「うん。粉チーズと黒こしょうをたっぷりおねがいします」
雫ちゃんに声をかけながら、とりあえずパスタを一人分盛る。
そこに用意しておいた粉チーズをたっぷりとかけ、さらに黒こしょうをゴリゴリと削った。
「こんな感じで、しっかり多めに」
「わかりました」
私がお皿にパスタを盛ると、雫ちゃんが粉チーズと黒こしょうで仕上げをしていってくれる。
そうしてできあがったごはんを雫ちゃんと二人で眺めた。
「うん。おいしそう」
白いパスタ皿の上に黄色いフェットチーネと真っ白なスープ。
ほかほかと湯気を上げるそれにはたっぷりの粉チーズがかかり、こしょうの粒が映えている。
ばっちりだね!
「クリームパスタってもっと手間がかかると思ってました……」
できあがったそれを見て、私がうんうんと頷いていると、雫ちゃんがほぅと息を吐く。
その頬は興奮からか、ほんのり赤い。
「……とっても、おいしそうです」
ふわふわと笑う雫ちゃん。
私はそんな雫ちゃんに、にんまりと笑いかけた。
「雫ちゃん、これだけで終わりじゃないんだよ」
「えっ」
「これに、温泉卵を割り入れて、粉チーズと一緒に混ぜれば、カルボナーラになるんだ」
そう。これはクリームパスタだけど、それだけで終わりじゃない。
卵を入れたカルボナーラになるのだ。
本来のカルボナーラはフライパンでクリームとチーズと卵を混ぜて、もったりとしたソースを作るんだけど、今回はそれを各自の皿で行ってもらう。
もったりしたのが好きならいっぱい混ぜて、さらっと食べたかったら、あまり混ぜずに食べる。
自由自在にお好みで!
「じゃあ、雫ちゃんはそっちのお皿が二つ入ったお盆を持ってもらっていいかな?」
「っはい!」
「私はこっちを持って……」
雫ちゃんとちょこんと手を繋いで。
――温泉卵のミルクカルボナーラ。
「『できあがり』!」






