犯人は……私!
質問があったのですが、玉子焼きからの話は小説二巻の書き下ろしである雫視点と絡めて書いております。
書籍での雫の気持ちなどはこちらにも引き継がれておりますので、合わせて楽しんでいただければ幸いです。
「困った……」
私は自室のソファに腰かけ、ふぅと息を吐いた。
部屋にいるのはハストさん、レリィ君、ゼズグラッドさんにスラスターさん。
雫ちゃんは一人になりたい、ということで、塔の部屋に送って行ったのだ。
あれから、何度も謝る雫ちゃんに声をかけて、落ち着かせることはできたと思う。
その中で雫ちゃんが謝っている理由も聞こうとしたんだけど、それは教えてくれなかった。
……こうなると、どうするべきか少し迷う。
言い出し辛くて戸惑っているなら、聞き出す方法はある。
ちゃんと話をして、安心してもらう。
そうして、私に話しても大丈夫なんだって信頼してもらえばいいからだ。
でも、今回は違う。
雫ちゃんは私を信頼していないわけじゃない。
決めてしまったんだと思う。
……私には言わないって。
秘密にしておきたいって。
そうなると、私ができることは――
「なかなか難しい……」
きっと、雫ちゃんは私に話したくないんだろう。
だから、無理に聞き出すこともできなくて……。
「失敗しましたね」
そんな私を見て、ドアのそばに立っていたスラスターさんが鼻で笑った。
「だれも彼もが貴方のやり方で救われるわけではない」
ざまあみろドブネズミ! と。
全体の雰囲気で語っている。
「まあ、それはそうですよね」
その発言に頷く。
スラスターさんは私に対して辛辣だが、的外れな発言はしないので、言ってることはもっともだと思う。
うん。だから、それはいい。
でもさ、今はメンバーがさ……。
私、今、北極にいるの。極寒。
ソファの後ろから冷気がやってきてるよね。
しかもそれだけじゃなくて、私の隣に座ったレリィ君から感じる空気もすごい。
「兄さん?」
「なんだい? 私の子ウサギ……!」
そんなレリィ君に気づかないのか、『兄さん?』と呼ばれたスラスターさんは一気に顔を崩れさせた。
だらしなく、はぁはぁと息をしている。気持ちが悪い。
すると、レリィ君は右人差し指で床を示して――
「這いつくばって許しを乞え」
あ、ゴミ。ゴミを見る目……!
「貴方の尊厳を傷つけました。謝罪します」
そして、2秒で謝罪。
今回は跪くを通り越して、床に這っている。俯せで床に転がっている。
なにこれこわい。
「シーナさん、背中をぎゅって踏んづけていいよ」
私が心底、引いていると、レリィ君は若葉色の目できらきらと私を見上げた。
そして、どうぞ、と促してくれる。
いや、私は女王様になるつもりはない。
決して。
だから、動かないでいると、ハストさんが私にそっとなにかを手渡してきて――
「シーナ様、これをお使いください」
いや、これ剣。
ハストさんがいつも腰に佩いてる剣。
太くて重いやつ……!
「ハストさん、これを使うとは?」
「はい。背中に一突きでよろしいかと」
よろしくない。
護衛騎士が止めを要求してくる。
私の部屋がまたしても凄惨な現場にされそうになっている。
しかも、今回の犯人は私。たぶん気持ち悪さから。
こわい。
「いえ、大丈夫です」
心を無にした私はハストさんに剣を押し返す。
ほら、まだ一撃で屠るコツを掴んでないしね、うん。
「シーナさんがやらないなら僕がやっとくね」
レリィ君は明るくそう言うと、スラスターさんの背中をぎゅっぎゅっと踏みつけた。
もちろんスラスターさんは喜んでいる。
心が引き潮。
「……俺はそう思わねえぞ」
そうしていると、窓のそばにいたゼズグラッドさんがボソリとつぶやいた。
その金色の目はいつも通り不機嫌そうに私を見ていて――
「俺は失敗だったって思わねぇ。お前がやったことも、言ったことも、間違ってねぇと思う」
ゼズグラッドさんはそこまで言うと、ふいと窓の外に視線を移した。
「王宮でのシズクはもっと表情がなかった。……あんな風に泣くことなんてなかった。それは悪い意味で、だ。今は、だから、その……泣けるようになっただけ良かったって……」
後半はあまりにもぼそぼそ呟いているから、ちょっと聞き取りにくい。
でも、その言葉はしっかりと私に届いて――
「べつに! お前をフォローしてるとか! そんなんじゃねぇからな!!」
最後はまたいつも通りに声を荒げて、けっと吐き捨てた。
ゼズグラッドさんの言葉を受けて、私は雫ちゃんの姿を思い出してみる。
私に向かって、「助けて」と手を伸ばした雫ちゃん。
シロクマ鍋焼きうどんがおいしかったって笑ってくれた雫ちゃん。
「私は、妹ですか?」と不安げに見上げてきた雫ちゃん。
そして、「ごめんなさい」と謝る雫ちゃん。
それは心が動いているからで――
「それはそうですね。王宮でのシズク様は感情というものがあるのか疑問でした。私が見る限り、貴方といるときは感情が豊かです」
這いつくばりながらもスラスターさんが冷静に状況を伝えてくれる。
王宮での雫ちゃんの様子はわからないけれど、一緒にいたゼズグラッドさんとスラスターさんが言うのなら、そうなんだろう。
「……そうですね。まだ途中ですもんね」
やっと出会えたところだから。
「雫ちゃんはスキルについて、まだ怖いのかな、と思いました。だから、今はこの世界に慣れることを優先したほうがいいんじゃないかって」
私はスキルを使うことでこの世界に馴染んできた。
だから、雫ちゃんがスキルを使えたら、雫ちゃんにとっていいと思ったのだ。
でも、雫ちゃんはまだ自分の状況に心がついてきていないのかもしれない。
「結界がどうなるかわからないのに、こんなことを言ってるのは状況がわかっていないのかもしれないんですけど……」
玉子焼きを食べたあとの雫ちゃんは、スキルを使うことができそうだった。
だから、励まして、言い聞かせて、スキルを使うように説得したほうがいいんだと思う。
雫ちゃんがスキルを使えれば、壊れそうな結界は元に戻り、この国は安泰。雫ちゃんも聖女としての地位を確立し、うまくやっていけるのかもしれない。
でも――
「……あんなに苦しんでいる雫ちゃんの不安をそのままにしたくない」
勝手に異世界に召喚されて、雫ちゃんが泣いているなんて……。
そんなの、あんまりだ。
「雫ちゃんを大切にしたい」
私がそう言うと、ソファの後ろにいたハストさんが私の前へと移動した。
そして、這いつくばっていたスラスターさんを足で退け、そっと跪く。
「シーナ様の心のままに」
優しい水色の目が私を見つめてくれる。
私のワガママを受け止めてくれる。
「魔獣のことは本当ならばこの国の人間で処理をしなければならないことです。それをシーナ様や聖女様を巻き込んだのです。もし、結界が壊れたとして、それは聖女様のせいではなく、ましてやシーナ様に責任があるはずがありません」
「うん。シーナさんは全然気にしなくていいことだから! もし、結界が壊れたら、僕が全部燃やすから! 森も魔獣も!」
「そうだな。すべて屠ればいい」
ハストさんの言葉にレリィ君も続けた。
二人が大丈夫だって安心させてくれる。
だから、私はただ雫ちゃんのことだけを考えることができて――
「それじゃあ、楽しいことがしたいです」
今日は泣いていたその涙が止まるような。
「雫ちゃんの笑顔がもっと見れるような」
――そんな素敵なこと。
なにかありますかね? とハストさんの水色の目を見る。
すると、その目はやわらかく細まった。
「それなら、一つ案が出ています」
ハストさんが提案したこと。
それは――
「温泉を作ろう、と」
――温泉!?






